第14話 襲撃者

 本日二回目の更新です。




 話は一月ほど前にさかのぼる。


 異変を監視の者から聞いた戦士たちが、森に向った日。


 集落の外から甲高い音が聞こえた。

 草むらで寝ころんでいたクラシシは、何だろうと視線を向けた。

 門を守護していたエツーが崩れ落ちるのが目に入っのだ。


『侵入者だ。西から来ている。三、四、いやもっとだ! 襲われた!』

 声帯を震わせることで、風に乗せて届ける魔法が集落の中を駆け抜けていく。


 普段は使うことのない緊急の合図に、一瞬何のことかわからなかったクラシシは、兄から聞かされたことを必死で思い出していた。

 兄は一族でも有数の勇者だ。

 そして、クラシシに取って兄は絶対で誇りでもあった。

 今日も出かける前に兄から「留守の間はお前が頼りだ。皆を頼むぞ」と声を掛けられてた。

「やばい! まずは巫女を守らないと!」

 集落が襲われたのなら、真っ先に巫女の安全を確保しなければならない。

 兄から硬く厳命されていた。

 それを思い出したクラシシは飛び起きた。


「戦士は巫女を守れ! 戦えないものは長老の所へ!」

 声を掛けながら必死で走る。

「クラシシ。何が襲ってきてる?」

「わからない。門の所でエツーがやられた。多分矢か何かだと思う」

 戦士の一人のマーテルが合流してきた。やつも巫女の所に向うらしい。

「裏から行くぞ! 巫女はこの時間なら泉のはずだ」

 マーテルはそう言うと逃げようとしてる女から弓を借りていた

 続々とゲル(家屋)から逃げ出してくる連中に避難の指示を出して、クラシシも手近なゲルから槍を拝借した。

 何人かを集落の防衛に残したクラシシたちは駆け抜けていった。


 いま集落に残る若手の中ではクラシシが一番の使い手だった。兄には劣るが、若いながらも槍を使わせれば飛竜をも追い返すことが出来た。

 手練れの戦士が不在なのは痛いけれど、クラシシは自分なら巫女を守れると思う。いや守らねばならないと思った。


「気を付けろ!」

 不穏な気配を感じて前を行けば、見知った戦士と黒づくめ五人が見えた。そして使役されているのか森狼の魔獣が牙をむく。


「加勢する!」

「クラシシ! 助かった、巫女がこの先にいるんだ。お前らは助けに行ってくれ!」

 巫女の護衛のゾロポはそう言うと剣を振るって相手に切りつける。

「マーテル! 俺は先に行く! ちぃぃっ! 邪魔だ、どけっ!」」

 クラシシは前を防ごうとした黒ずくめの男を切り伏せると囲みを通り抜けた。



 泉のまわりには荷物が散乱していた。

 普段、巫女につけられている護衛は三人。その一人が蹲っていた。

「大丈夫か!」

 大けがをしているようで荒い呼吸をしていた。

「す、すまん。巫女様を頼む」

 胸元の血の具合から見て助からない事を悟った。

「任せろ」

 答えたクラシシは辺りを見渡す。

 泉は岩場で囲まれている。トントンと飛び跳ねて抜けると、黒ずくめの男が泉の向こうで巫女に迫っていた。


「さて、済まないがその女を渡してもらおうか」

 男は手にした禍々しい黒い杖を突き出して言った。

「ふざけるな! 巫女様は渡せん!」

 声を張り上げて剣を構えるデットヤ。かなりの剣の使い手で以前、森狼に襲われた時も一人で二十は撃退していた。

 そのデットヤが血だらけで背にした巫女を庇っている。

 魔法でやられたのか? 剣士のデットヤでは魔法使いの相手は不利だ。

 そう思ったクラシシは、とっさに魔力を集めると、左手の中に火の塊を作り出した。

「うぉおおおぉぉ!」

 やるしかない。腹の底から気合の声をだして火の塊をぶつけた瞬間切りかかる。

「ちぃっ! まだいたのか!」

 男はそう叫ぶと黒い杖を振り回し火の塊を弾き飛ばす。


 辺りに飛び散る火の粉に構わず、クラシシは剣を振り切った。


「デットヤ! 巫女を連れて早く逃げろ!」

 クラシシは嫌な予感が降り切れなかった。そこで先に巫女を逃がすことだけを考えた。

「させると思うか!」

 叫ぶと男は杖を向けてきた。

 魔法! 見えないが圧を感じたクラシシはとっさに避けた。そこに背後から魔獣が襲い掛かってくる。

 構えていない状態で、二メートル程の牙を剥いた森狼が襲ってくるのは恐怖だ。クラシシは必死で槍を叩きつけて距離を取る。

 そこに男の火魔法が飛んできた。

 クラシシは息を飲む。無意識に身体に魔力をまとって盾を作った。

 躱せない。左手で叩き落とした。

 体は無事だが魔法がかすった腕がしびれていた。

 クラシシは熱さを感じる間もなく迫る森狼から逃げるので精一杯だった。

「ちくしょう」

 この男はクラシシよりも格上だった。そのことに悔しさを滲ませながら手段を探る。


 森狼と男の魔法にクラシシは次第に追い詰められていく。

 絶望的な戦いに、せめて片方だけならと思いながら、クラシシは槍を握りしめた。


     


 ルアイは、マコール族の槍を躱しながら心の中で舌打ちしていた。

 予定では誘い出された戦士の留守を狙って、楽な仕事になるはずだった。

 戦う力など無い、非力な巫女をさらうだけの話だ。

 それが蓋を開けてみれば、若い手練れの戦士が残っていたのだ。

「厄介なっ!」

 闇の黒丈を振りかざして、槍を構えたマコール族に炎を放つ。

 闇魔法を使うルアイは、炎など得意では無かった。心の隙をついて絶望させるような、からめ手を好んで使っていたのだ。だが、闇の魔法をかけるには隙が無い。いまは辛うじて森狼をけしかけ、槍使いを押しているだけだった。

 一瞬引くかと考えた。だが頭を振って諦めた。

 今回の依頼は禁忌の森から幻獣を、出来れば生きたまま確保することだった。

 立ち入りを制限された王領から盗み出すのだ。見つかれば死罪確定。正気なら考えもしない悪事だった。

 だが、ルアイには断る選択肢は与えられなかった。


 闇魔法師として、それなりの冒険者をしていたルアイが、悪事に手を染めたのは初めての事では無い。

 仲間に誘われた依頼でヘタを打ったのがきっかけで、それが貴族相手だったのが運の尽きだった。

 それ以来、言われるままに使われていた。


『禁忌の森にはマコール族しか入れない』

 これを裏の連中から聞き出すだけで、手間も金もかかっていた。資金は底をつき、さっそうルアイには逃げ道はなかった。


「グワァア!」

 マコール族の槍に森狼が倒されていく。

 撤退かと諦めかけたルアイの目に希望が灯る。


「アメデ! かまわんやれ!」

 相棒のアメデが目に入った。アメデは狡猾で抜け目がない。いまもマコール族の後ろから隙を伺っていた。

 アメデには魔道具を預けていた。

 一度しか使えない貴重なもので、ここで使うには惜しいがチャンスは今しかなかった。


「クソガキめ! 覚悟しやがれ!」

 アメデの手から投げられた魔道具は闇の煙を吐き出す。


「あ、あああああ!」

 マコール族の槍使いの身体を闇の煙が包み込む。

「はははっ! ルアイ、やったぞ!」

「上出来だ! アメデ、巫女を探せ!」


 だが、巫女の姿は無かった。

 戦っている間に逃げ出したのだろう? 辺りを探し回るも見つからない。

「おい! ルアイ。そろそろヤバいんじゃないのか?」

 確かに、荒らしまわっている冒険者には、マコール族の戦士が来る前に行方をくらませと言っていた。時間的に戻ってきてもおかしくはない。

 だが……。巫女を手に入れなければ無駄足になる。


 その時、何かが泉の中で光を放っているのを見つけた。

「何だ? 光ったぞ」

「ん、ルアイ。ただの石ころじゃねえか」

「いや、巫女が大事そうに持っていたのを見た。これは何かあるぞ」



     ****


 戻った戦士たちが集落の異変に気付き、泉で倒れていたクラシシを見つけた。巫女も無事だったが、聖なる石は奪われていた。


 そして、その後のクラシシは道を違えていく。

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