第12話 草原の戦士

 マルコが追いかけている二人の冒険者は警戒するそぶりも見せず、ブドウ畑の脇を歩いていた。

 醸造所に続くこの道は、頻繁に商人たちが行き交っていく。結構な混雑で、そのためか人とほぼ変わらない速度でのんびりと進む。


 これなら見失う心配は無さそうだ。ちょうど商隊で見かけた荷馬車が走っていた。これ幸いと思ったマルコは「乗せてくれ」と荷台に飛び込んだ。

 坂道を上る荷馬車は歩く二人の後ろを付いてゆっくりと進んだ。


     


 マルコに跡を付けられているとも知らず、二人の冒険者は醸造所を通り過ぎ奥に消えた。


 マルコは御者に礼を告げると、荷だし作業をしていた下男に訪ねる。

「この先は何かあるのか?」

「ん? 向こうは川に続く道だ。途中に炭焼き小屋があるぐらいで、特に何にもないなぁ」

 気の良さそうな男は忙しそうにしながら丁寧に教えてくれた。


「炭焼き小屋は使ってないのか?」

「お客さん。炭焼きは冬仕事だ。春になったら用は無いから誰もいねえさ」

「そうか、それもそうだな。ありがとう、済まなかったな忙しいところ」

 懐から銀貨を出して手に握らせた。

「おっと、悪いな。大丈夫さ、炭焼き小屋の場所はよく聞かれるからな」

「ほう、商人が興味を持つとは思えないが、ここの炭は儲かるのか?」

 興味を持ったフリをしてさらに聞く。

「ははは、聞いてくるのは冒険者だ。休憩に使えるか? なんて聞かれても俺には返事できないわな」

 旦那に聞いてくれと答えたという。


 銀貨を手に、ホクホク顔で下男の男が離れていくと、マルコは炭焼き小屋に行ってみることにした。



     


 醸造所の裏手から山に続く道をマルコは慎重に音を立てずに登っていった。途中何度か足跡を見つけて、それが最近の物だけではない事を確認した。

 靴の跡から見て木こりのものだとは思えなかった。木こりたちは先の割れた独特の靴を履くからだ。

 かなりの数の痕跡を確かめながらマルコはさらに進んでいった。


 炭焼き小屋は山の中腹に見えた。

 マルコは周りの気配を探った。そして見張りが居ないことを確かめると懐から魔道具を取り出す。

 取り出した腕輪はコソ泥が良く使う闇の魔法が込められている。禁制品だが効果は知れたもので、ちょっとだけ認識しづらくなる、そんなところだ。

 以前、盗賊のねぐらに踏み込んだ特に手に入れて、便利そうだからと貰ったものだ。


 魔石に魔力を注ぎ込むとマルコの周りは薄暗くなった。闇の衣に包まれたマルコは、それに満足すると静かに近づいていった。



     


 小屋の中では複数の冒険者たちが集まっていた。

 その中のルアイと呼ばれる男は冒険者たちを眺め怪訝な顔を浮かべている。

「まだ連絡はないが、期限が迫っている。装備を整えたら川の向こうへ渡るぞ」

 そう言うと何人かの若い冒険者に食料を集めてくるように指示を出した。


「あのガキ、裏切ったのじゃ無いだろな?」

 相棒のアメデが不機嫌な声で言うが、ルアイは疑念を笑って流す。

「大丈夫だ。マコール族は嘘を吐かないからな。それに、奴の欲しがるものは俺たちの手にあるんだ。それを捨てて逃げるわけねえ」

「でもよう、あんな石っころに何の価値があるんだ? 銅貨の一枚でも売れないぜ」

「神聖な神様らしいぞ、お前が持ってたら、ご利益があるかもな」

「いらねえよ」

「どうせ最後はぶち殺すんだ。返す必要もないし、どうせならアメデ、お前が貰っておけ」

 アメデは盛んに愚痴るが、ルアイはおどけた様子でなだめた。

「まあ、幻獣が手に入れば高く売れるんだ。それを考えたら、あの石っころは俺たちに立派なご利益をもたらすって事だわな」


 それを小屋の外から聞いていたマルコは、そっと後ずさり森の中に消えていった。




     


 ストームは草原をひた走る。黒鬼馬に取って草原はテリトリーのような物だ。

 何処までも風のように走って行く。

「気持ち良い?」

『ああ、最高だな』

 ストームは気持ちよさそうに嘶いた。

 アレスは普段から精霊の気配に敏感だ。息をするのと同じ感覚で精霊を感じるのだ。

 それは全方位の探索のようなもので、精霊が触れた人や物の気配を知ることが出来た。

 それなのに、全く分からなかった。

「ちょっと止まって」

 ストームを止めてアレスはジッと草原の向こうを見ていたら、相手もこちらに気づいているようだった。

『敵意はない。……だが』

「うん、精霊が怖がってないから大丈夫だと思う」

『傍に行ってみるか?』

 ストームはアレスを気遣ってくれる。

 しばらくこちらを伺っていた相手は動き出した。

 向こうから近づいてくるようだ。


 大柄な体格の男は、歴戦の強者の風格を表していた。褐色の肌に金のたてがみのような髪をしていた。

「ここで何をしている」

 声に魔力が乗っているような不思議な声色だった。

『アレス! 気を付けろ! 魔法を使っているぞ』

 ストームの警告にとっさに身構えた。

 それを見た相手は手を広げた。

「すまん、人は言霊を使わないのだったな」

 そして頭を下げた。

「私の名は『アウェレーシュライ』という」

「えっ? アウレ……ええと、何て言ったの?」

 男は目を大きく見開くと本当に驚いたように見えた。

「そうか、今のが聞こえたか。名前はアウレで良い。正しくは人には聞こえないし、発音もできない」

 そう言って白い歯を見せ笑った。


 アウレは自分の事を草原の民と名乗った。

「マコール族と名乗るべきなのだが、いまは名乗りを許されてないのだ」

 マコール族はアイスロードを通って町まで来ていた遊牧民たちだ。

 百年前の戦で集落の周りが穢れたので、今はこちらに立ち入ることは無いという。

「穢れ?」

 アレスは不思議に思ったが、ストームは頷いた。

『善なるものが、たくさん命を失ったのだろう』

 マコール族が連れているヤギは神聖な血を持つ神からの贈り物だったそうだ。

「多分、妖精種だね」

『ああ、そうだろう』

「我々でも決められたとき以外は殺すことは出来ないのだ。どんなに飢えていたとしてもだ」

 妖精が他の生き物と交わって子を生すことは多い。マコール族のヤギもそうなのだろうと思った。家畜ならほとんどの場合は聖なるものとあがめられる。

 それがヴァイルセン帝国の兵士に襲われ殺されたのだ。穢れたと忌避するのも当たり前だろう。


「でも、穢れてるなら近寄ったらダメじゃないの?」

 アレスの素朴な疑問に草原の戦士は答えた。


「弟が禁忌を犯したのだ。私はそれを止めなければならないのだ」


 そして、その目は悲しみに包まれていた。



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