3. 異世界ほのぼの日記 111~120


-111 光の癒し-


王宮での料理教室という大仕事がやっと終わったと油断していた光は、全部食べ終わったはずのカレーの匂いが何故かまだしているという事実を受け入れる事が出来ずにいた。そこで周囲を見回すと奥にあるおくどさんに乗っている大鍋一杯のカレールーがぐつぐつと煮えている。


光「どんだけ食べる気なの?」


 そう疑問に思う光をよそに王国軍の軍人達が鍋のカレーに食らいつき、大鍋のカレーは一気になくなってしまった。皆未だ空腹だと言わんばかりにお腹をさすっていて、まるで炊き出しに食らいつくホームレスみたいな様子だった。

 光も協力してお代わりを数回作ったので先程までの食事が無かったかのように空腹になってしまっている。


光「帰りに何か食べようかな、でも久々にあそこに行きたい。明日はパン屋の仕事もあるし取り敢えず一息つこうか。」


 王宮を後にした光はある店に向かった、実はこの世界に来てから結構なスパンで世話になっている店があったのだ。特にゆっくりとした「一人時間」を大切に過ごしたい時に。

 街中の西側寄りにあるにも関わらず決して目立つ事が無く、しかしいつも良い匂いを漂わせるその店は人化した上位飛竜(ワイバーン)の夫婦が経営する静かで店内からの景色が自慢の一つである珈琲屋だ。左に伸びる店内に入ると手前にはカウンター、そして奥にテーブル席が各々数席。また屋外に数席あるテラス席の目の前には川が流れ、ゆったりとした景色が広がる。

 コーヒーは1杯1杯サイフォンで淹れており、マスターが刷毛でお湯とコーヒー豆を混ぜるとふんわりと良い香りが漂う。

 その香りが好きで、光はいつもカウンター席に座っていた。席は必ず窓側、左から2番目。ただ最近は店外での商売や支店の経営が上々な所為か、マスターより奥さんがコーヒーを淹れる事が多い。どちらが淹れたにしろ変わらず美味しいので光はいつも満足した顔をして店を出ている。


マスター「光さん、いらっしゃいませ。」


 もうすっかり顔馴染になってしまっている、ただその事が本当に嬉しかった。なぜならこの店は落ち着きと本来の自分の姿を取り戻す唯一の場所だからだ。ここに来ると必ずと言って良いほどいい意味でのため息をつく。

ずっと光を見てきたせいか、夫婦は表情を見るだけで光の気分を読み取る事が出来る様になっていた。


奥さん「いらっしゃいませ、お疲れの様ですね。良かったらお話聞きますよ。」


 たまたまなのだが、客は光一人だったのでゆっくりと過ごせた。サイフォンの容器やコーヒーカップを磨きながら奥さんが光の様子を伺う。


光「そうですね・・・、何となくですけど今までで一番と言える程の大仕事を終えた気分でして。」

奥さん「「お風呂山」の時以上にですか?」


 夫婦は「お風呂山」で光が警察に協力して走った事を知っている、結局犯人と間違って捕まえてしまったのは林田警部の息子でハーフ・ドワーフの林田利通警部補だったのだが。


光「確かにあの時は大変でしたね、この世界でもまさか昔の様にあの車で走り屋をするとは思っていませんでしたもん。」


 因みに、マスター夫婦は光が転生者だという事、そしてカフェラッテの事を知っている。それが故にこの2人には素直に何でも話せるのだ。


奥さん「差し支えなければですが、どんな大仕事だったんですか?」

光「実は・・・。」


 光は王宮で今日あった事を全て話した、それを聞いて奥さんは凄く驚いた表情をしている。


奥さん「以前から王族も変わった方々ばかりだとは思っていましたが、まさかそこまでとはね。光さん大変だったでしょう。」

光「私は普段作っている物を作っただけなんですが。」

奥さん「でも王宮でご教授する位でしょ、それ程光栄な事は無いですよ。」

光「ですかね・・・。」


 奥さんはいつも褒めてくれるのでこの時啜ったコーヒーは一層美味かった様だ。


-112 唐揚げと嫁の威力-


 マスター拘りのゆったりとした雰囲気にぴったりのBGMに耳を傾けながら、冷めない内にと思いつつゆっくりとコーヒーを楽しむ光。今日はいつもと違った気分にもなり始めていた。

 またいつもの様に光の表情を読み取った奥さんがメニューを手渡し、空になりかけていたグラスに水を追加する。冷え冷えの水で口をリセットしながら熟考した光が口を開いた瞬間マスターが一言。


マスター「唐揚げですか?」

光「な・・・、何で分かったんですか?」


 怖くなってくる程ではないが、マスターはいつも光が言おうとしている事が分かってしまうのでいつも驚かされる。試しに他のお客さんでもいつもこうなのかと奥さんに聞いてみた。


奥さん「いや、光さんだけですね。」


 自分では気づいてないだけで実は表情から気持ちが駄々洩れしているのではないかと光は少し顔を赤らめた。

 そして恥ずかしがりながら注文をする。


光「唐揚げ・・・、お願いします。」


 光のこの言葉を待っていたかのように注文した瞬間、奥の調理場から油で唐揚げを揚げる音が聞こえてきた。よく見てみると白飯とサラダがもう既にセットされている。

 私が他の物を注文したらどうするつもりだったのだろうと疑問に思いつつ、良い香りにつられ空腹になって来た光は内心ワクワクしながら唐揚げを待った。

 数分後、カラッと揚がった唐揚げが乗ったセットが光のもとに運ばれた。


奥さん「お待たせしました、唐揚げです。」


 その後耳打ちで笑顔の奥さんにおまけしておきましたからと言われた光の表情は少しニヤついていた。

 幼少の頃から野菜から食べる様にと母・渚に教育されて来たので最初の1口としてサラダに箸を延ばした。酸味のあるドレッシングとサクサクのクルトンが食欲を湧かせ、シャキシャキのレタスが一層美味く感じた。

 そして意気込みながらメインの唐揚げに移る、息で冷ます事無く敢えて熱々のまま口に入れると溢れる肉汁が光を感動させた。

 勿論白米がどんどん進んでいく、さっぱりと楽しめる様にどうやらポン酢ベースのソースがかかっているらしく、それが光にとって何よりも嬉しかった。

 ビールがあったら絶対頼んでいるわと思わせるその味の虜になっていたので、いつの間にか白飯が無くなっていた。

 唐揚げ1個でご飯1杯を平らげたのは人生で初めてだったので少し焦りの表情を見せつつも、恐る恐る聞いてみる事にした。


光「すみません・・・、お・・・。」

マスター「お代わりですか?」


 勝ち誇った様な表情を見せながら光の気持ちを代弁したマスター、よっぽど自身の唐揚げの味に自信があった様だ。


マスター「大仕事を終えてお腹空いてたんでしょ、今日は特別です。お代わり自由でどうぞ。」


 お代わりを持って来た奥さんがその言葉を聞いて口をパクパクさせている、それに併せて首を横に振っているのでどうやらそこまで白飯を炊いていないと見える。

 それを読み取ったマスターが急いで米を研ぎ、土鍋で炊飯し始めた。


マスター「5合炊きましたから安心して下さいね。」

奥さん「そ・・・、それ、あたしらの晩御飯の分・・・。」


 目の前が真っ暗になった奥さんは顔が赤くなり、その場に倒れてしまった。何故かマスターは落ち着いている。


光「私、何かしちゃいましたかね。」

マスター「大丈夫ですよ、いつもの事ですから。」


 その言葉を聞いた瞬間、奥さんが起き上がりマスターを睨みつけた。頬をヒクヒクさせながら責任を取るようにと表情で伝えている。それを見たマスターは目線を逸らして目の前の仕事に戻った。


-113 唐揚げへの欲望-


 光は唐揚げセットを完食して店を出る事にした、グラスに入ったお冷を飲み干し会計へと移った。代金を支払い自動ドアを抜け街へと出る。新鮮な外の空気を胸いっぱいに吸い込んだ光に夫婦が声をかけた。


2人「ありがとうございます、またお越しくださいませ。」


 別に用事がある訳では無いのだが家路を急ぎ家の敷地へと入ると、家に入らず裏庭に行き地下へと降りて大型冷蔵庫までダッシュした。勢いそのままに冷蔵庫を開けると缶ビールに手を伸ばし一気に煽った。先程の唐揚げの味を思い出すだけでビールが進んでいく。まるでダクトの下で白飯だけを食うホームレスの様だった事に気づくと、一応光本人しか入る事がない地下だったのだが思わず周囲に人がいないかを確認してしまった。

 その後、余韻に浸りながら一言呟く。


光「唐揚げ・・・、食べたい。美味しくビール・・・、呑みたい・・・。」


 目の前の冷蔵庫には缶ビールはたっぷりあるのだが、唐揚げの材料は全く入っていない。深呼吸して冷静さを取り戻し、家の中の冷蔵庫を確認する。昨日の残りのカレールーが入ったタッパーは目の前に映ったが、こちらの冷蔵庫にも唐揚げに出来る様な肉類は全く入っていない。


光「少しの我慢・・・、少しだけだから。」


 家から『瞬間移動』して先日お世話になったお肉屋さんへと向かい、店に入ろうとしたがまさかの行列に捕まってしまった。

 店先に「本日全商品3割引き」ののぼりが出ている。どうやら月に1回だけ開催される特売日らしく、これはチャンスだと皆がこぞってやって来ていた。

 その行列の中に見覚えのある男性の人影を見かけた、料理上手の人影。ただ唐揚げとビールの事で頭がいっぱいになっていたせいか、誰か思い出せない。


男性「光?こんな所で何やってんの?というか何かぼぉー・・・っとしてない?」

光「ビール・・・、ビール・・・、今すぐビールが吞みたい・・・。」


 すると店内から良い匂いがし始めた、光の鼻を刺激する匂い。今何よりも欲しい物の匂い、目を閉じると光にとって神々しくあるその姿が浮かぶ。


光「唐揚げ・・・。」


 匂いにつられ涎が出てきたので恥ずかしくなり顔を赤らめた男性は慌ててポケットティッシュを取り出した。それを見て行列に並ぶ皆がくすくすと笑っている。


男性「とにかく光、目を覚ませ!!俺の事分かるか?!」

光「男の人の声・・・、この声・・・。大好きなこの声は・・・、ナル!!ナルリス!!」


 そう、顔を赤らめながら先程から光の目を覚まそうと必死になっていたのは光の彼氏であるヴァンパイアのナルリスだった。

 目の前にいるのが料理上手のナルリスだと分かるとすぐに涙目で要求した。


光「ナル!!唐揚げ食べたい!!唐揚げでビール呑みたい!!唐揚げ作って!!」


 大きなお仕事を終えた後なので、重めの疲労感と料理上手の彼氏に会えた嬉しさ、そして少しのほろ酔い気分から欲望が丸出しになっている。まるでわがままな子供だ。


ナルリス「分かった、今夜はステーキを焼いてサプライズのお疲れ様会をしようと思っていたんだけどご希望通り唐揚げにしよう。」


 まだ肉を買っていなくて良かったと一瞬目線を逸らすナルリス、取り敢えずお騒がせしましたと周囲に頭を下げると行列に並びなおした。

 やっと順番が来たと思いながら店の中へと足を踏み入れる2人、先程の匂いの素となっていた唐揚げはもう無くなりかけている。

 店主が店の奥から出て来て空になりかけた唐揚げのガラスケースを見てレジを打ちながらいつものチャラさ混じりの笑顔を見せ始めている。


店主「ありがとうございやした、今日のセールも成功だ・・・、った・・・、な・・・。」


 店主は無くなりかけている唐揚げを眺め涙する光の顔を見るなり表情を蒼白させた。


店主「よ・・・、吉村様!!恐れ入りますが、今日はご予約頂けていないので和牛の枝肉をご用意出来ていないので・・・。」

光「唐揚げ・・・、もう無いんですか?!」


-114 恋人の幸せ-


店主「唐揚げ・・・、ですか?」


光の口から放たれた言葉が意外過ぎて開いた口が塞がらない主人は同行していたナルリスの方を向いた。


ナルリス「すみません・・・、本人はどうしても唐揚げを肴にビールが呑みたかったらしくそこの空になりかけたガラスケースを見て愕然としているみたいでして。」

店主「そうですか・・・、それは大変申し訳ございません。今すぐ作りますのでお待ち頂けますか?」


 店主が急ぎ足で店の奥の調理場へ行くと、奥から油で沢山の肉を揚げる音がし始めた。音の大きさからかなりの量だと見受けできる。光の感情を汲み取った店主が小皿と箸、そして缶ビールを持って奥から出てきた。


店主「先程のお詫びと言っては何ですが、こちらをお召し上がり頂きながらもう少々お待ち頂けますでしょうか。こちらの缶ビールは私からの先日のお礼です。」


 缶ビールを受け取ると小皿に乗った熱々の唐揚げを一口齧り勢いよく流し込んだ。少し落ち着きを見せたらしく涙ながらに唐揚げを楽しんでいる。勢いよく口に流れ込む肉汁が光の舌を喜ばせた。


店主「お待たせいたしました!!」


 その声の後、ガラスケースに大量の唐揚げが流れ込み始めた。その光景を見た瞬間、光が立ちあがる。


光「それ、全部下さい!!」

店主「吉村様・・・、今何と?」

光「だからそれ・・・、全部下さい!!」


 店主は手を止め、持っていた出来立ての唐揚げを全て紙袋に入れ始めた。ただ横でナルリスがずっと焦っている。


ナルリス「おいおい・・・、足らなかったら俺が揚げるって。」

光「ここのを全部買った上で帰ってからナルリスに追加を揚げて欲しいの!!」


 どうやら久方ぶりに光の「大食い」が発揮されようとしていた。家の冷蔵庫には缶ビールが大量にある、それを大好きなナルリスと存分に呑みたいと思っている光の感情を汲んだヴァンパイアは店にあった鶏もも肉を大量に買い込んだ。そして漬けダレの材料も併せて購入し、何とか恋人を納得させた。


店主「ははは・・・、また凄い量ですけど大丈夫ですか?」

ナルリス「本人・・・、大食いですから。」


 一先ず会計へと移る、店主のレジを打つ指がずっと震えていた。


店主「お待たせいたしました、合計86万4677円でございます。」


 店主は驚きを隠せない、何故なら唐揚げ含め鶏肉だけでこんな金額になったのは人生で初めてだったからだ。


店主達「ありがとうございました、またお越しくださいませ。」


 店を出た2人を店主がスタッフ全員を呼び出してお見送りした。2人は店主達から見えなくなるまで歩くと『瞬間移動』で光の家へと移動した。

 店で買い込んだ唐揚げを肴に最初の1杯を持ち乾杯する、そしてビール片手に続きの唐揚げの準備をし始めた。

 片栗粉や特製の漬けダレ、そして鶏肉をビニール袋に入れて揉み込んでいく。油を適温まで温めると鶏肉を入れて揚げ始めた。30分前に店で買った唐揚げがもう無くなりかけているからだ。


ナルリス「大食いが物凄く発揮されてる・・・。」


 良い香りが部屋中に漂う。その香りだけで缶ビールが進んだ。


光「幸せ・・・。」


 光は口の周りを油で光らせながらとても嬉しそうに唐揚げを頬張っていた。

 今までで一番の笑顔を見せ、目の前の恋人を喜ばせた。


-115 陽気に誘われて-


 過ごしやすいぽかぽかと暖かな陽気、いい意味で眠気を誘うこの気候が光は大好きだった。日本で言うと3月~4月のこの優しさの溢れる気候、桜の花びらが開き沢山の人々を優しく迎える花見の時期。四季を全く実感しないネフェテルサでもこの気候に出逢えて嬉しく思っていた。

 光は日本にいた頃からこの時期必ず行っていた事があった。唐揚げの油で口を光らせながら思い出に浸るためにスマホのフォトアプリを起動して写真を出しナルリスに見せることにした。


ナルリス「こんな花道を歩きながら美味しくビールが呑みたいって?」


 日本にいた頃、光の自宅から歩いて5分もしない距離に遊歩道沿いに咲き誇る桜がとても綺麗な公園があった。光は毎年の開花予測と休日をチェックして時には有休を取得してでもその公園に出かけ、ビール片手に歩きながら桜を愛でていた。

 幾度表情を変える桜の花や木々の姿を残そうと毎年必ず写真を撮り、フォトアプリに残している。その膨大と言える量の桜の写真をナルリスに見せていた。


光「この世界で出来る場所無いかな?」


 キラキラと目を輝かせる光の期待に応えようとナルリスは思いつく限りのスポットを雑誌を見せながら提示した。どれも日本での写真に劣る事の無い綺麗さを誇っている。どうやらこの国でもきれいな桜が楽しめる様だ。

 テレビのニュースなどでネフェテルサでの開花予測を調べてみると、1番早くて2日後。光のパン屋の仕事も丁度休みで嬉しさの余り飛び上がっている。その表情を見てナルリスは安心した。当日は雑誌にも載っていた近所の遊歩道を歩く事にしてその日は眠る事にした。

 翌日、その日は1日パン屋の仕事があったので表情に出ない様に必死になっていたが明らかに思考が駄々洩れになってしまっていたらしく、キェルダに何かしらを汲み取られていた。


キェルダ「あんた・・・、ニヤついてるけど何かあった?」

光「いやぁー、別にー。いつも通りですよ。」


 明日が楽しみすぎて仕事中ずっと顔が赤い、しかし仕事はしっかりしているから文句は言えないので店長のラリーは開店中の間そっとしておく事にした。そして売れ残りのパンを回収し、閉店準備をし始めた時に聞いてみる事に。


ラリー「どうした光ちゃん、明日の休みにナルリスとデートでもするのかい?」

光「デートだなんて店長ったらもぉー!!」


 嬉しさの余り店長の肩を軽く叩く光、しかし力の調整が上手くいってなかったせいかラリーは少し痛がっていた。

 翌日、そう2人で遊歩道を歩く当日。ナルリスが徒歩で光を迎えに行き、散歩感覚で現地へと向かって行った。中心街から少し離れた所にある現地へと着くと、遊歩道の脇に飲み物を売る屋台等が数か所設置されていた。そこではソフトドリンクは勿論、光が大好きなアルコール、そして肴にぴったりの食べ物も販売されている。

 当然の様に缶ビールを購入した2人は南北に伸びる遊歩道へと歩いて行った。満開の桜が程よく優しいそよ風に乗って揺れている。美しい桜のトンネルを歩いていると儚く散っていく花びらが光達の目を一層楽しませた。所々で写真を撮りながらゆっくりと歩を進ませながら缶ビールを開け乾杯する2人、限りなく白に近い薄桃色の花びらが甘く香りキンキンに冷えたビールを美味しくさせる。


光「はぁー・・・、美味しい・・・。」


 光は『アイテムボックス』から今朝家で揚げていた鳥の唐揚げの入ったタッパーを取り出して1口、そしてビールを1口。


ナルリス「それいいな、俺も何か作って来るんだった。」

光「じゃあはい、この前のお礼。」


 光が熱々でカラリと揚がった唐揚げをナルリスの口に放り込むと、恋人は口をハフハフと開閉して冷ましてそこにビールを流し込む。


ナルリス「至福だな・・・。」

光「ちょっとナル、これ。」


 1人の人間として普通の生活を堂々と送るがやはりナルリスはヴァンパイア、少し尖った八重歯に肉片が刺さってしまっている。光がスマホのインカメラでそれを伝え、ナルリスは顔を赤らめた。舞い散る桜の花みたいに表情がとても赤かった。

 それは「酔い」なのか、それとも。


-116 桜とそよ風が連れてきた故人-


 光はビール片手に幼少の思い出に浸っていた、桜は若くして亡くなってしまった母・渚との数少ない思い出の花だ。

 今いる遊歩道と同様に、家のすぐ近くに桜の花が綺麗に見えるスポットのあった場所に住んでいた頃の光の小さな手を引いてゆっくりと歩く渚の姿は、美しく優しい印象で光の目に焼き付いていた。とても巷で「赤鬼」と呼ばれていた走り屋に思えない。

 桜の花を眺める度に光は母の穏やかだった顔や温かかった手を思い出して涙を流した。


ナルリス「優しい・・・、お母さんだったんだな。」

光「うん、桜を見る度いつも思うの。一度でも良いから母に会って一緒にお酒を呑めたらなって。何かね、桜の花の1つ1つが母の温かみを思い出させてくれてこの時だけ何となく子供の頃の気持ちに戻れる気がするんだ。」


 ナルリスは知らぬ間に光が右手に持つ酒が缶ビールから紙コップに入った日本酒に変わっている事に気づいた。表情が先程以上に赤くなっている事も、そして涙もろくなっている事も納得がいく。


光「多分、母は今の私の姿を見ても私に気付く事は無いだろうけど会えたら声を掛けたい。産んでくれてありがとうって感謝の言葉を言いながら日本酒を注ぎたいな。」


 その時、ふんわりとした風により散った桜の花びらが1枚光の日本酒の表面に乗った。風に身を任せゆらゆらと揺れながら浮かんでいる。


光「会えたらな・・・、会いたいな・・・。後で仏壇にこの日本酒をお供えしよう。」


 いつの間に、そしてどこから仕入れたのか分からないが左手に一升瓶を持っている。酔ったせいか幻聴らしき女性の声がし始めた。


女性「光、大きくなったね。」

光「えっ・・・?」


 光は涙ながらに声の方に振り向いた、しかしこちらを向く女性の姿は全くない。その代わりに桜の花びらがそよ風に乗り頬をかすめた。

 ナルリスが目を丸くして光の方を見ている。


ナルリス「何かあった?」

光「いや・・・、何でも無い。ごめん。」


 どうやら今の声はナルリスに聞こえてなかったらしい、やはり今の声はただの幻聴だったのだろうか。


女性「光・・・、こっち。注いでくれる?」


 振り向くと光に紙コップを差し出す女性が1人、どうやらほろ酔いらしく表情が赤くなっている。


光「気のせいかな・・・、悪酔いしたかも。隣にお母さんに似た人がいるんだけど。」


 光の隣でナルリスがガタガタと震えている。


ナルリス「いや光・・・、似た人じゃなくてお母さん本人だよ。」

渚「早く注いで頂戴、仏壇になんか備えなくて良いからさ。娘(あんた)とお酒を呑むのがあっちの世界に住んでた頃からの夢だったの。」


 光は渚らしき人物の持っていた紙コップに日本酒を注ぎ始めた、桜の花びらが彩りを添える。光は未だ疑っているのだが、目の前にいるのは母・赤江 渚本人だ。


渚「あんた、酒選び上手いね。こんなに美味い日本酒初めて呑んだよ。ほら、突っ立ってないであんたも呑みな。それと隣の彼氏さんを紹介しておくれ。」


 道沿いにあるベンチに座り3人で桜を愛でながら日本酒を呑む、今更ながらだがどうしてこの世界に渚がいるのだろうか。


渚「実は私ね、あの事故の直前に運転席からこの世界に飛ばされちゃってね。曲がり切れずというより曲がろうとしたら景色が一瞬で変わっちゃってね。あたしゃ車で日本の峠を攻めていたつもりがいつの間にかダンラルタ王国の峠を攻めていた事になっていてね、その証拠にほら。よい・・・、しょっ・・・、と。おっと!!」


 渚は愛車のエボⅢをアイテムボックスから取り出し驚かせた、光が日本にいた頃のままの姿で目の前にあのエボⅢが佇んでいる。光はやっと目の前の事実を受け入れだした。


-117 不自然な事象-


ナルリスは渚がアイテムボックスから出した愛車・エボⅢを見て驚きを隠せずにいた。この世界では大抵の者が珠洲田製の軽自動車に乗っていて、乗用車を持っているのは都市圏に住む金持ちや貴族が殆どだ。


ナルリス「光・・・、貴族様だったの?」


 こう聞きたくなるのも無理は無い、しかし光はごく普通の一般市民だ。ただ神様の力により全財産の金額がとんでもなくなっているが。その事が冒険者ギルドで発覚してから光は決して言わないでおこうと誓っていた。ただ普段地下倉庫にしまっているカフェラッテを含めて愛車が2台ある時点で怪しまれても仕方ない。

 一先ず話題を変えようと渚に質問をぶつけた。


光「母さんは今どこに住んでいるの?」


 かなり久々に、しかもこの異世界で亡くなったはずの母親との再会は本当に感動的で願わくば一緒に住めないかと思っていた。


渚「今ね・・・、ネフェテルサ王国って所の団地かなぁ。」

ナルリス「団地に住んでる方がお持ちのお車には思えないのですが。」

渚「やっぱりそういう理由なのかな。何処も止める所がなくてね、いつも『アイテムボックス』に入れてんのよ。つい最近の事だけど今住んでる所に引っ越す時に大家さんに言って駐車場を確保してもらおうとしたら何故か入居自体を拒否されかけちゃったけど、そういう訳だったのね。」


 違う、そういう訳では無い。後で分かった事なのだが大家にとったら皆軽しか乗らないのでその分の駐車場しか用意出来てなかった為に、渚のエボⅢが大きすぎて困惑してしまったのだ。きっと駐車しようとしたら白線からかなりはみ出てしまう。別に入居を拒否した訳では無いらしく、ただの言い間違いだった。


光「団地なんてあったっけ?」

ナルリス「確か・・・、お風呂山の手前だった様な。」

渚「そうそう、だから今みたいな風呂なしアパートでも問題なし。」


 光は決して聞き逃さなかった、自分の母親が風呂なしアパートに住んでるって?自分は神様に貰った財産で一軒家を購入、それに対して親は風呂なしアパート暮らし・・・。何となく気になる事を聞いてみた。


光「母さん・・・、家賃いくらの所なの?」

渚「月3万8千円だったかな、八百屋の給料って安くてね。あんたはどこで働いている訳?」

光「パン屋さん・・・、かな。」


 真実を伝えその場を治めた。実はこの世界では冒険者ギルドに登録しているかどうかで給料が変わる職場が多いらしく、渚の勤める八百屋もその一つだった。

 そこで光はある提案をしてみる事にした。


光「母さん・・・、良かったらウチに住まない?それと冒険者ギルドに登録はしてる?」

渚「普通に働いて暮らすだけなのに何で冒険者ギルドに登録する必要があるんだい?」


 やはりかと思う光の横で給与に関する事情をナルリスから説明を受け、渋々納得した渚は先程から気になっている事を聞いた。


渚「あんた・・・、そんなに良い生活しているのかい?それとさっきから隣にいる人は誰だい?まさか・・・。」

光「一応・・・、一軒家持ってて・・・。後隣にいるのはナルリス、御察しの通り私の彼氏。」

ナルリス「只今ご紹介に預かりました、ヴァンパイアのナルリスです。」

渚「ヴァン・・・パイ・・・ア・・・、面白いじゃないか。流石異世界だね、改めてあたしゃ赤江 渚。娘の光がいつもお世話になっております。」


 改めて3人で乾杯しようかと渚が缶ビールを回していると、ドサッと荷物を落とす音がした。その方向に振り向くとこちらをずっと驚愕の眼差しで見ている男性がいる、ネフェテルサ王国警察の林田警部だ。


林田「あ・・・、あ・・・、貴女は・・・、まさか・・・。」

渚「新人警官の林田ちゃんじゃん、久しぶりじゃない。元気にしてたぁ?」

光「母さん・・・、林田さん、今警部さん・・・。」


光は耳打ちでそう聞いた渚は数分ほどその場に立ちすくしていた。

よく考えたら光ももう大人だし、自分も年を取る訳・・・、ん?


-118 違和感と事情-


今思えば的な話なのだが、光や渚は転生してからあまり年を取った実感が湧いていない事に気づいた。何となくだが自分達だけ時間が止まっている様な。今会ったばかりの林田警部も久々に会うのに何の変化も感じない。


林田「私もこの世界に転生してからしばらくして知ったのですが、どうやら転生者は年を取らなくなっているみたいです。本来なら今頃私も白髪の爺さんですから。」


 言われてみれば確かに林田は光とこの世界で初めて出会った時と変わらず黒髪の立派な50代の紳士の姿をずっとキープしている。


渚「確かにそうだね、今頃私ゃ腰の曲がった婆さんになっていてもおかしくないもんね。」

林田「渚さん・・・、それは言い過ぎでしょ。」

渚「ジョークジョーク。」


 渚のお陰でその場が和んだ所で、光は気になっていた事が2つあったので渚に聞いてみることにした。1つは個人的な事だが、もう1つは重要な事できっと林田も気になっているはずだからだ。


光「そういえば母さん、普段使っていた眼鏡どうしたの?」

渚「ああ、言ってなかったかい?あれ伊達メガネだったんだよ。自分が「赤鬼」だってバレたくなかったからね。この世界では隠す必要がなくなったからずっとこのままでいるのさ。」


 そう、久々に会った母親は「赤鬼」としてエボⅢに乗っていた時と変わらない姿でずっといるのだ。会社員と走り屋の2つの顔の両立は意外に難しかったらしい。

 そしてもう1つ、林田も気になっていたであろう質問をぶつけた。


光「ねぇ・・・、父さんはこの世界に来ているの?」

渚「残念だけどこっちの世界に来てから見かけてないねぇ。私も八百屋の仕事が休みの時に探してはいるんだがね。」

林田「渚さん・・・、ご主人はやはり阿久津さんだったのでしょうか。」

渚「うん、確かにこの子の父親は当時走り屋のリーダーをしていた阿久津だよ。でも事情があってこの子にはずっと「吉村」って名乗らせていたんだ。」

光「母さん・・・、どうして私は「赤江」でも「阿久津」でもなく「吉村」なの?」


 渚は頬に手を当てながら近くのベンチに座ろうと提案した後、重い口を開いた。


渚「知っていたと思うけど私のお母さん、つまりあんたのおばあちゃんの旧姓が「吉村」だったんだよ。実は当時「阿久津」も「赤江」も代々広域暴力団の家系で世間では余り良いイメージでは無かったんだ。あたしも父さんも実家から離れて暮らしたりして世間の目を避けていたのさ。せめてあたしらの娘、つまりあんたには辛い思いをさせたくなかったんで「吉村」と名乗らせていたんだよ。」

光「そうだったんだ・・・。」


 ホッとする光の隣で空気を察した渚が切り出した。


渚「何辛気臭い顔してんだい、折角の花見だよ。皆で呑もうじゃないか、ほら林田ちゃんも!!」

林田「は、はい。頂きます。」


 光は久々に再会した母親との花見を存分に楽しむ事にした、ただ1つ気になっていた事がまだあったが。


光「母さん、今日は誰かと来ているんじゃないの?その人母さんをずっと待っているかも知れないよ。」

渚「ああ大丈夫さ、今日は1人でぶらっと来ただけなんでね。何となくここに来ると光に会える気がしただけなんだ。まさか本当に会えるとはね。ほら、再会を祝して吞もうじゃないか。」


 改めて配った缶ビールで乾杯すると皆今までの事などどうでも良くなった様子で呑み始めた、酒が入ると一気にその場が明るくなった様な気がしたのだ。


光「そう言えば母さんが死・・・、いやこっちの世界に来た時に林田さんは日本で警察署長をしていたんですよね。」

渚「そうだったね、ただ私からしたら今もそうだけどまだ青いままな感じがするから新人だよ。」

林田「もう、こっちでもですか?勘弁してくださいよー。」


 皆明るい雰囲気を肴に酒が進んでいった。


-119 渚の新居-


その場の雰囲気と場の流れに身を任せ、光は先程答えを聞けなかった質問を渚に再度ぶつけた。まさかこんな奇跡が起こるとは、きっともう一生ないだろう。


光「ねぇ、母さん。さっきは上手くスルーされたけどやっぱりウチに住まない?」

渚「良いのかい?あんたの家、エボⅢ置けんの?」


 流石に愛車をずっと『アイテムボックス』の中に入れておくのはもうウンザリだそうなのだ。学生の頃からずっと憧れていてやっとの思いで買った自慢の愛車、やっぱり太陽の下で眺めていたい。その上、別に無制限なので気にしてはいないがかなり容量を使う。そして正直に言うと『アイテムボックス』内で物を探すのに少し邪魔となっている。


光「エボⅢの駐車場位余裕で用意するから。それに毎晩銭湯に行ってたらそりゃお金かかるよ、ウチにも露天風呂作っているから背中位流させて。」

渚「そうかい・・・?じゃあ、お世話になろうかね。」

林田「そうと決まれば皆で引っ越しの手伝いしますよ。」


 渚は少し申し訳なさそうな表情をしていた、理由は本人の部屋に入るとすぐに発覚した。光が『瞬間移動』を渚に『付与』すると、渚は使い慣れていたかのようにすぐにその場にいた全員を連れて行った。


渚「い・・・、いらっしゃい・・・。」


 以前言っていた通り部屋は風呂なし、6畳1ルーム。トイレと洗面台と簡易的なキッチンが設置されていたその部屋には、テレビと小さなテーブルに何故かウォーターベッド置かれている。ベッドはピンク色で真ん中に大きく「我愛你(I Love You)」と書かれている見た側が確実に恥ずかしくなる物で、光は正直家に持ち込みたくなかったが渚のお気に入りなので許すことにした。


渚「だから手伝って貰う程じゃないって言ったの。」


頭を掻きながら渚は顔を赤らめ恥ずかしそうにしていた、そして林田とナルリスに聞こえない位の小声で少し笑いながら何かを耳打ちした。

それを聞いた瞬間に光は先程の渚以上に顔を赤らめ3つ隣の部屋に響く位の大声で叫んだ。


光「お母さん!!これ、持ち込み禁止!!!!」

林田「渚さん・・・、娘さんによっぽどな事を言ったんですね。」

ナルリス「敢えて聞かないでおきます。」


 光は涙を流しながら答えた。


光「絶対聞かないで下さい・・・。」


さて、光一行は気を取り直して挨拶を兼ねて大家の所に許可を得に行った。引っ越す事が出来る様になると早速『アイテムボックス』に恥ずかしいベッドを含めた家具を納め、光の『瞬間移動』で家へと向かった。光の家を見て渚は感心している。


渚「ほぉー・・・、一軒家じゃないかい・・・。」

光「だから一緒に住もうと言ったんじゃん。」


 一先ず、渚がうずうずしていたので庭に白線を引いてエボⅢを置く場所を指定すると『アイテムボックス』から愛車を地響きと共に取り出して駐車作業に取り掛かった。

 久々にエンジンキーを回したからか興奮した表情で数回空ぶかしをして、ギアをバックに入れると車を動かした。聞こえた音からずっと半クラッチをしている様だ。

 その時、光はある事に気付いた。


光「母さん・・・、それまさかガソリン車じゃないの?」

渚「そうなんだよ、この世界ハイオクどころかガソリンスタンド(ガソスタ)が無くて困ってんの。」

光「石油がある訳ないじゃん・・・、母さんここ異世界だよ。すぐに呼ばないといけないのは誰よりも珠洲田さんらしいね・・・、はぁ・・・。」


 大きくため息をつく光の顔を見るとすぐに林田が応えた。


林田「光さん、安心して下さい。」

珠洲田「もう、いますよ。」


 一時流行った有名な全裸ネタの様なタイミングで出てきたので光は顔が少し引きつかせながら数回鼻で笑った、この世界は色んな意味でも便利に出来ているらしい。


-120 神の加護-


 珠洲田は顔見せを終えるとすぐに渚の車を見回し始めた。ただ初めて見るにしてはやけに詳しそうに軍手をした両手で所々をいじりながら、そして何処か懐かしそうに見ている。


珠洲田「このエボⅢって確か・・・。ここが・・・、うん。やっぱりか。」

光「この車をご存知なんですか?」

珠洲田「いや実はね、あっちの世界にいた時なんですが三菱の修理工場やチューンアップパーツの店で働いてた事がありましてね。その時色々いじったエボⅢに似ているんですよ。」


 光が珠洲田の様子をしばらくの間見ていたら、お茶を飲みに行き戻って来た渚が思い出したかのように話しかけた。


渚「あれ?もしかして、あんたスーさんかい?三菱にいていつもこのエボⅢのチューニングを頼んでいた、ほらあたしだよ。渚。」

珠洲田「な・・・ぎ・・・、あんたなっちょか。やっぱり見覚えのあるエボⅢだと思ったんだよ。」

渚「いや、全然変わらないね、スーさん。あんただったら何でも頼める気がするよ。」


 どうやら2人は小学生時代からの幼馴染らしく、ずっと登下校は一緒だったという。高校はお互い別々だったのだが、渚がエボⅢを購入し「赤鬼」として散々乗り回した結果、ガソリンタンクに小さくだが穴が開いたりトランスミッションとギアボックスが故障した事をきっかけに修理工場で再会して今に至ったという。因みに渚は珠洲田の初恋の人だったそうだ、エボⅢに乗る姿に惚れていたらしい。


珠洲田「事故で亡くなったって聞いたよ、でも元気そうで何よりだ。」

渚「実は事故る寸前にこの世界のダンラルタっていう王国の峠にこの車ごと転生してきたらしいのさ。峠から峠だったもんだから最初は全然気づかなかったんだけどいつの間にかね。後からクォーツって神様に向こうの世界での事を聞いてやっと実感が湧いたって訳。どうやらその神様がこっちの言語を脳に入れ込んで、そのついでにこの車も運んできてくれたらしいのさ。」

珠洲田「あらまぁ・・・、それにしても元気そうで何よりだ。よし、懐かしの車をこっちの物として作り替えるか。久々だな、こいつのキーを回すのは。」


 珠洲田は昔懐かしい幼馴染の愛車のエンジンを起動して、自らの店に持っていこうとするとすぐに異変に気付いた。あの頃とは音が全く違って聞こえて来るらしい。


珠洲田「あれ・・・?何か音が違うな・・・。」

渚「実はね・・・、さっき言った神様に「これが外れてたみたいだぞ」ってこれを渡されてね。」


 渚はクォーツに渡された部品をネジや部品を手渡した、因みに今はクォーツの魔力により一時的に動く状態になっているそうだ。その為、週に1度お供えの品々を色々と要求されるらしい。

 珠洲田は渚に手渡された部品を見るとすぐに天に向けて祈りを捧げた。


珠洲田「このパーツを拾って頂きありがとうございます。クォーツ神様、心より感謝致します。」


 すると天の声が2人の耳に響き出した、神の神託というやつだろうか。


声「良いぞ良いぞ、俺も救い甲斐があったってもんだね。」

渚「もしかしてクォーツ神様ですか?」


 すると天から明るい光に包まれた女性がゆっくりと降りてきた。


クォーツ「そうだ。久々だな、人間。私だ、クォーツ・ラルーだ。」

珠洲田「ラルー様・・・、という事は「一柱の神」と呼ばれる古龍様ですか?!」

クォーツ「まぁ、そんなとこだ。そのエボⅢには一時的にだが私の大いなる加護を付与してある。珠洲田とやら、修理等頼めるか?」

珠洲田「ありがたき幸せにございます、是非私めにお任せ下さいませ。」


 一先ず加護により動くようになっているエボⅢのキーを回し、珠洲田は自らの店に動かして行った。助手席に初恋の人、そして後部座席に「一柱の神」を乗せているのでかなり緊張しながらだが落ち着いてギアをセカンドに入れ、半クラッチにして発進させた。ゆっくりとしたギアチェンジにより穏やかに走って行くエボⅢの中で渚はずっと眠気を我慢していた。

 珠洲田は店に到着すると2人を降ろしバックで工場に搬入していった。修理等の作業の間に空腹だというクォーツを連れ珠洲田に紹介してもらった飲食店に連れて行った。そこは自慢のハンバーグが美味らしく、注文を受けてから店主が1つ1つ手ごねするという。

 店に着いた時は他の客は1人だけでゆっくりとした時間が流れていた。

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