第三話 初授業と神子の役目

 あれから一段落着いたのか、壊された扉は申し訳程度に補強をされている。

 ラグナはマヤとゾーイを椅子に座らせると、魔工具ティーセットを用意しマヤに振る舞う。

 つまらなそうに、周りを見渡していたマヤだったが、ティーセットを目にした途端すごい勢いでラグナの手を掴んだ。


「こ、これは……。 君! いや、ラグナ様。 これをどこで!」

「あ、あの、お父様が5歳のプレゼントにとくださったもので……」

「なんと! オリバー様も粋なことをする! 魔工具と言っても多岐にわたるが、相反する2つ以上の属性をここまで綺麗にルーン文字に抑え込み作られたものはそうないよ、うん。 それに何よりこの素材、ユーグ山脈でしか取れない魔鉱石! ん〜、さすが純度が高い!」


 目を爛々と輝かせながら、ティーセットを色んな角度で何度も何度も見て回る。 


(前にもロイに言われたけど、やっぱりこれは珍しくて高価な代物なんだな)


 と、ラグナはマヤの姿を見ながらそう思った。


「マヤ様」

「いや、これは失礼。 実に良い魔工具だったので」


 ゾーイに釘を差され、頭かきながら紅茶を一気に飲みほす。

 その後マヤは、どこからか持ってきた折りたたみ魔工ボードを出し、チョークでデカデカと『マヤ』と書き記す。

 これまたどこから持ってきたのかわからない、教卓に両手を強く叩いた。


「ん”っ、先程は失礼しました。 改めまして、あたしの名前はマヤ! 平民出身だから名字とかはないから、好きなだけマヤ先生って読んでくれたま、へ!」


 言い切るとともに、ゾーイは取り出した不思議な魔工具で風を起こし、彼女の白衣を羽ばたかせる。


「おっと、ゾーイが持ってる道具が気になりますか」

「あ、はい。 見たことのないものだったので」

「うんうん、そうでしょう、そうでしょう。 気になりますよね」


 鼻高々にニヤけて見せるマヤ。 心なしか鼻も長く鋭利になっている。


「それは、街でよく出回っているのですか?」

「これは、マヤ様が作ったオリジナル魔工具なのです」


 その言葉を聞いて、ラグナは驚いた。 まだ、魔工学についてあまり学んだことはないが、魔工具を一から一人で作れる者がいると聞いたことがなかったからだ。


「それは、私の15作品目の試作機『ぶんぶん丸2nd』でぇーす!」

「なんで2ndなんですか?」

「よくぞ良いことを聞いてくれました! いやー、お恥ずかしながら、ぶんぶん丸初号機は風力調整を入れ忘れ、突風しか出せない仕様にしてしまったんですよ!」


 と、あっけらかんに笑い、『ぶんぶん丸2nd』の風に、金に輝く紙吹雪を投げるゾーイ。 これからこの光景が続くのだと、ラグナは悟った。

 ひとしきり笑い舞い終えると、魔工ボードに記した名前を消し、人形の絵をかき始めた。 書き終えるとラグナに向き直り、チョークで魔工ボードを叩く。


「ラグナ様、突然ですが質問です。 マナとはどこから生まれるでしょう」

「生き物のあらゆる思いが栄養素となり、世界樹の根に吸収され、産まれます」

「正解!」


 とにこやかにいうマヤ。 そんなとこなど、この国に住まうものは誰しもが世界の成り立ちとともに再三読み聞かせられた常識なのだ。

 ラグナはそのことと魔工ボードに書いてある人形がなんの関係があるのか分からずにいたのだ。


「マナというのは生き物の特に幸せの思いによって純度の高いマナを生成します。 そして、マナの濃度つまり、マナが多いほどその場所は肥沃し自然豊かに成るのです。

 では、この魔工具『ぶんぶん丸2nd』はどのようにして動いているのでしょうか?」


 ラグナに問いかけるマヤ。 だが、ラグナは要領を得た回答を持ち合わせておらず、首を振った。


「すみません。 わかりません」


 その言葉を聞き、笑顔で大きくうなずいた。


「うんうん、謝らなくて大丈夫ですよ。 わからないことをわからないと言えるのは素晴らしいことなのですから。」


 そう言うと、マヤはゾーイから『ぶんぶん丸2nd』を受け取る。

 それを、教卓の上に置き、先程までゾーイが握っていた部分を見せる。


「これ、見えますか」

「はい、小さな文字が見えます。 ルーン文字でしたっけ?」

「はい、その通りです。 この文字はルーン文字と言って、んーと、簡単に言うとマナを特定のものに変換し効率的に流すためのスイッチみたいなものなのです!」


 ラグナはマヤの言ってることがわかるようなわからないようなと言った表情で、首を傾けながらうなずく。


「えーと、詳しく言いますと。 私達生き物には何かしらのマナを操る力を持っていて、それがここ」


 そう言うと、おへその少し下の辺りを丸く塗りつぶした。


「おへその下の、丹田ってところにある「魔臓器核」、多くは魔核って省略されるんだけど、ここの質によって使いやすいマナや容量が変わるんですよ。 要はさっきのルーン文字の人体版って感じです。 ただ、さっきも言ったように人には差異があるのですよ。 そこで、このルーン文字がその変換作業を補助し、空間に存在するマナたちの力も自動的に借りて、簡素化して出せるようになるってわけなのですよ。 まー、要は便利グッズってわけです!」


 とまたあっけらかんと笑うマヤ。


(変な人だけど、すごい人だな)


 今言われたことを咀嚼するように、机に予め開いておいた手帳に羽ペンで整理しながら書き記す。 その姿を頬杖を付きながら、微笑ましく見守るマヤ。


「ラグナ様は真面目なんですね」

「そんなことないですよ。 ただ、僕は一刻も早く神子としてふさわしい人にならなければいけないので。 といっても、まだ実感はないですけど」


 ラグナは、恥ずかしながら頬かき微笑を浮かべる。 マヤはそんな健気な姿を見つめながら、先程ラグナが持ってきたティーセットで自身のカップに紅茶を入れる。


「ラグナ様、もう一つ質問です。 マナによる基礎的四大適正魔法の種類ってわかりますか」

「えっと、火、水。 それと風と土です」

「正解です。 では、私が今持ってるこのお湯を沸かす魔工具には、一体どの魔法が使われているでしょうか?」

「火と水です」

「うーん、惜しいです。 火と水と風です。 ですが、さすがラグナ様ほぼ正解ですよ」


 そう言うと、次は空いてる枠を使い火、風、土、水の順番で円形に書く。


「えー、火は水と、水は土と、土は風と、風は火と相性が悪いのです。 ですが、必ずしも混じり合わないわけではありません。 この魔工具、魔法の中には相性の悪いものもありますが、うまく共存し、支え合っています。 つまりは塩梅なのです」


 そう言うと、魔工ボードを上下に半回転させ、裏側に絵を書き始めた。 そこには、一番上に世界樹と大地『アースガルズ』を書き、そこから根をはるように、一層目に天使の国『ヴァナヘイム』、エルフの国『アールヴヘイム』、第二層目にダークエルフの国『スヴァルトアールヴヘイム』、ドワーフの国『ニザヴェッリル』、鬼の国『ヨトゥンヘイム』、人間の国『ミドガル』、そして三層に氷の国『ニヴルヘイム』、四層に死者の国『ヘルヘイム』を書いた。


(ブレメ神話でよく見た世界樹の全体図だ)


 見覚えのある絵に親近感を覚えながらも、先程の話から一気に内容が変わったことに疑問を覚えている。


「ラグナ様はブレメ神話をよく読むようですから、もちろん知ってると思いますが、こちらは『世界樹の全体図』です」

「先生、なんで僕がブレメ神話をよく読むとわかったのですか」


 マヤはそういわれると、ブレメ神話が置かれている本棚に指を差した。


「一つ目は、これほど本がある中で一番取りやすい位置においてあるからです。 二つ目は、他の本は微量ながらもホコリを被ってるようですが、あの本だけはかかっていなかったからです」


 そういうと、ラグナを見てマヤはウィンクをした。 改めてこの人はすごい人だとラグナは目を丸くしてマヤを見つめていた。


「話を戻しますと、この全体図を見ていると分かる通り、この世界樹がこれら世界を支えています。 そして、少し前にも言いましたが、マナとは生き物の思いが栄養素となり世界樹に取り込まれできたものです。 でもその思いの中には負の感情、いやーな、どろどろ、ねばねば、ねちょねちょな思いだってあるわけです。 そんな思いも栄養にはなるのですが、限りなく、毒素に近い、マナとは反対のものになるのです。 それを流し込むのが、ここ、一番下の層にある『ヘルヘイム』です。 まーこれも語弊恐れず簡単に言いますと、うんこです」


「似たような文面をブレメ神話でも見たことがあります。 『生と死、産むは地。 吐き出すは奥深く闇の闊歩せし、生をも飲込む地なり』」


 ラグナはお父様の顔より見たブレメ神話の文面を一言一句、空で言えるほど覚えていたのである。


「一言一句覚えているとは、流石ですねラグナ様」


 その言葉に少し照れくさく微笑む。


「まあ、何が言いたいかというと、この世界各々にさっきのような複数の要素が喧嘩し支え合いながら均衡を保ち、存在しているわけです。 我々人間だって、ある意味ではこの全体図を構成するマナの一つのようなものなのです」


 その言葉を聞き、改めて世界地図を見ると、自身がどれほどちっさな存在なのかと不思議な気持ちになった。


「ただ、そんな色んな要素を一つにまとめ、この世界を大きな柱として支えてる異質な存在があるんです。 それが、世界樹なのです」


 そう言うと、マヤは眼鏡に少し触れラグナに向き直る。


「ラグナ様、神子とはいつ、どのような理由によって産まれるのかご存知ですか」

「この世界が危機に見舞われた際に、救世主として産まれます」

「うーん、及第点ですかね。 あたらずもとおからず。 えー、神子とはこの世界が、まあ何かしらの理由。 先程、ラグナ様がおっしゃったように、マナの枯渇や逆流、他の世界とのバランスが取れなくなったりなど、危機的状況陥った際に、世界樹の防衛システムとしてこの世界に産み落とされます。 その仕組まではまだわかってはいないのですが……。 そして、神子はその際に、世界樹のマナを身に宿し産まれるため、他とは違う魔法が使えると言われています。 それが、『生』の魔法です」


(生の魔法……僕に……)


 ラグナは、自身にそんな特別な力が備わっているのかと実感なさげに自身の両手を見る。 そうしている内に、フレメ神話で読んだ内容の中で救世主が行ったある力を思い出した。


「『彼の者、聖なる光にて大地に恵みを、人々に癒やしをもたらさん』」

「ほんとによく覚えてますね。 確かに『聖』の魔法とも言われています。 その言葉通り、この魔法は生きるものに癒やしを与えるのです。 例えば、怪我をしたものや、病を患ったものは基本、教会で祈りを受けるか、薬師に診てもらい、ジャスミン高原で取れる薬草などを患部に塗ったりすると思います。 でも、『生』の魔法を使えば、其の者の病や怪我を瞬時に治すことができるのですよ。 超常的でしょ」

「そんな事が本当に」

「できちゃうんです」


 ラグナはより一層自分の体が恐ろしく思えた。


「今までのものは歯車の一部を支える力だったのが、この力はそれらを全て補うほどの大きな力を持っているんです。 だから、普通に考えて、この力は人間が蓄え扱うことはできません。 いっぱいいっぱいになって体が耐えきれず霧散するでしょう」


 その言葉に、ラグナは少し動揺し椅子を後ろに引いた。 それを見て「申し訳ない」と苦笑いをして頭をかくマヤ。


「マヤ先生。 ではなぜ世界樹は耐えきれない力を人に持たせ産ませたのでしょうか」

「それは、この人間の住む世界を正常にマナが循環する状態に戻すため。 そして、神子は正常に戻ったマナとともに世界樹、 元ある場所に帰る。 つまり、……」


 言葉の途中でつばを飲むマヤ。 そして、今までより真剣な顔でラグナを見据え、重い口を開いた。


「神子は自身を犠牲に世界のバランスを保たせるために産まれた存在なのです」

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