林栗尾

彼は欲深い男だった。今年で40歳になるが昇進には歯止めがかかっている。自覚はしていたが信じたくなかった。


彼、林栗尾は頭が切れるわけでも、コネがあるわけでもない。凡人型の人間だった。努力をして試験をパスしたはいいものの同僚は秀才ばかり。夢にまで見た世界は林にとって苦痛でしかなかったのだ。


「林警視正 あなた宛の封筒です。それと、またあの探偵が来ていますよ。なんと、例の強盗殺人事件の犯人を見つけたらしいです」

「チッ、またあいつか。よくも上司が許可したもんだ。素人にプロが教えを乞うなんて惨めにも程がある」

「まったくです。それでは」

『藤清治』言わずと知れた名探偵だ。ぽっと出のやつに検挙率を上げてもらっているなど現場にとっては屈辱でしかないだろう。


それより、林を1番腹立たせていることは藤の態度であった。どこか自分を軽蔑しているような目が自尊心の高い林の心を苛立たせるのであった。


 夢にまで見た生活はこんなものだったのだろうか。ぽっと出の探偵に馬鹿にされながらこのまま警察官人生を終えるのだろうか。そんなことはこちらから願い下げだ。自分の人生は自分で切り開いてやる。探偵と名乗るような若造に頭を下げ続けるのはごめんだ。


 林は煙草に火をつける。やっと落ち着くことができた。個室の天井を見上げる。タバコで少し黄ばんだ天井がそこにはあった。前任者も俺のように絶望していたのだろうか。


そんなはずはない。同僚はもっと昇進している。自分が昇進できないのは部下に恵まれなかったからだ。どいつもこいつも無能で足を引っ張るだけの存在だ。


 そうだ、あんな奴らがいたからこそ俺のキャリアはめちゃくちゃになったのだ。

林は2本目の煙草に火をつける。

環境のせいにしてしまうのが彼の癖であった。


 林が警察キャリア組を選んだことには理由があった。それは警察が威厳のある職業だと思ったからだ。職業を聞かれても警察ならば胸を張れる。


それにキャリアは給料がいい。警部補や巡査部長なら安月給だが警視正なら800万は約束される。一千万には届かないが日本人の平均年収に比べれば良い方だろう。


 しかし、目指していたのは警視総監。警視正まで順調に進んできたところで急に頭打ちだ。もっと金が欲しい。地位が欲しい。林は欲望に満ちていた。


 「わざわざ、職場に送ってくるとは大事なことなのだろう。」

封筒の右上には『親展』と書かれている。

封筒を開けると手紙と地図が入っていた。

内容はゲームに参加すれば三億円をくれてやるというような怪しいものだ。


しかし、たかがゲームで3億稼げるならば願ったり叶ったり。それに自分は警察官なのだ。万が一事故が起こっても対処できる。

林は胸を躍らせた。

やっとこの世界から抜け出すことができる。

金さえ手に入ればこんな堅苦しい世界なんぞ抜け出してやる。

上司の顔色を窺って無能な捜査官を指導することにはもう飽きた。


金を手に入れて幸せに暮らすこと。本来の目標はそれだったはずだ。何も肩書を欲しているわけではないのだ。


金さえあれば、金さえあれば俺は自由だ。


林は3本目の煙草をつける。

ふーっと煙を吐く。

煙は2本目までの煙と違って長い間煙として形をとどめていた。まるで心の中を渦巻く霧のように。


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