第一話:恩讐に焦がされぬ善意【後編】

「主には迷惑をかけた故、尾を探していた理由わけ、過去に何があったか話そう、楽しい話では無いが聞いてくれると嬉しい……」


 困った様な笑顔で辛さを押し隠しながら、首を少しかたむける。

 そして、お狐様から語られた過去は、壮絶なものだった。


 今から千年以上前に訪れた、とある廃れた村を、その時の気まぐれで救った。

 その村に囚われ 拘束され道具の様に扱われたこと。

 満足な食事も取れず、瘦せこけたことで偶然拘束が外れ、力が振るえなくても、命からがら逃げられたこと。

 恩を仇で返した村へ、復讐しようとしていた。

 そんな所に現れた、"祓い屋"を名乗る、村人達に雇われた法師に抑えられ、

その際に尻尾を切られたのだと。

 尻尾は、村人達に目の前で燃やされ、そのまま封印された……と。


「それより後は、眠っておったゆえ、わからぬ。

じゃが、今から六十年ほど前に、封印が弱まった故か目が覚め、以降は力を取り戻すため、現世を彷徨っていたわけじゃ。

そんな時に、この場の噂を聞き、今に至ると言った所じゃ」


 語っている間、尻尾は垂れ下がり、狐火は萎み、話す顔には影が差していた 。


 酷く度し難い……でも千年以上も前となると、復讐はもう。


 お狐様の過去を聞いき、かける言葉が見つからないまま、無意識のまま険しい顔になる。

 それを察したのか、溜息交じりに上を向いて笑う。


「ワシも心根では理解しておる、力を取り戻した所で、復讐を誓った者共は、もうこの世におらん、子孫へ矛先を向けても、

其奴等そやつらに罪はない故、虚しいのみであろう……」


 向けられる哀しそうな笑顔には、何処か気の晴れた雰囲気が混じっていた。


本当に優しい方。

アレだけの事をされてもなお、子孫へ怨みを向けず復讐に身を焦がさない。

これほどの優しさを、村人達は仇で返すなんて。


 無理とわかっていても、怒りを覚えずには居られない。

 他人事ひとごと、しかしそれでも、村人達へ天罰が下っていて欲しい、

 と思ってしまうのも事実で、余計に胸が締め付けられる。


 それから暫く沈黙が続き、重たくなった空気を変えようと、お狐様が大きな溜息と共に話始める。


「はぁぁぁぁ!悩んだ所で是非もなかろう!!よろ店主てんしゅよ!改めて礼を言う、本当に助かった!」


 座卓を叩き、立ち上がる。

 お狐様は両手で腰を掴み、強がった笑顔を私へ向けると、暖かい空気が部屋を満たす。


「……!そう思って頂けたのでしたら、こちらとしても幸いです」


 お狐様の笑顔を見て一瞬、驚いた表情を浮かべる。

 巫女子の顔は、直ぐにほころび、思わず笑顔が零れた。

 手に持っていた人形を座卓へ置き、お狐様と同じく立ち上がる。


「うむ、此度こたび吉日きちじつじゃった!!近い内にワシが目覚めてから出来た知人を連れてこよう!」


「是非ともお待ちしておりますね」


 優しい空気が立ち込める中で、私達はよろの出入り口へ歩き出す。


「あっ!そう言えば、お一つよろしいでしょうか?」


 ずっと気になっていた事を思い出し、お狐様の後ろを歩きながら、問いかける。


「む?なんじゃ??何でも聞くと良い!!」


 後ろ姿からも伝わる、暖かい声色で、軽く笑いながらを進める。


「入店時にお持ちしていた、あの人形はどのような物なのですか?」


 意味もなく燃やしてしまう、とは思えず何か理由があるのでは?

 と巫女子の中で、引っかかっていた疑問を、投げかける。


「ん?人形??」


 しかし、いまいち思い出せないでいる様子で、首を傾げる。


「途中で燃やしてしまった物の事です」


 万物で"なくなって"しまった以上、記憶が残ってるか怪しいけど。

 こればかりは、まだ因果に反映されきってない事を、願うしかないわね。


「……????」


 全く覚えてなさそうな様子を見て、消えてしまったか、と肩を落とした時。


「ぁあー!!おうたおうた!燃やした人形!!すっかり忘れておった!……しかして、ワシは何故忘れておったのじゃ??」


 ついさっき、自身で起こした出来事を、何故忘れていたのかと、首を傾げる。


 まだ因果から消えきった訳ではなかったようで、かろうじて思い出したお狐様を見て、巫女子は安堵する。


「とう万物屋は、常に流れる因果の中に存在しています。

ここで"なくなった"モノは例外なく、

過去/現在/未来そして、その全ての分岐世界から、その存在自体がなくなってしまうのです。

付随する事象は別の、ナニカ、で補われますので、そのせいかと」


「なんと!そのようなことが、ん?しかし、ワシはまだ覚えておるぞ?」


 興味の引く話を聞いた故か、首を傾げたまま、尻尾の先端がくるくると、円を書くように揺れるのを見つつ、かいノ間から出る。


「即座に消える事もあれば、ゆっくりと消えて行く事もあります。

そこら辺は、物によりますので、

忘れかけていたのが、その証だと思っていただければ、よろしいかと」


 しかし、いつ完全に消えてもおかしくない状態である事に、変わりは無い。

 それを理解してか、お狐様は歩みを止めて振り返る。


「なれば!忘れぬ内に、主の問に答えておこう」


 振り向いたお狐様は、と目を合わせ、あやししげに笑うと、同時に周りの空気が少し冷たく感じ始める。


「あの人形は、ワシの魂を女子おなごに定着させるための、補助媒体。

端的に言えば、ワシが作った呪具じゃな」


呪具!それも神様に近しい存在が作ったモノ!


「ん?それを対価にして頂ければ、女性の存在を対価にする必要なかったのでは?」


私としては、存在を対価にしてもらえるのは、願ったり叶ったりだからいいけど。

呪具は呪具で、なくなってしまったのは、度し難い……。


 存在の価格値は、種類によっての差はある。

 しかし人間同士であれば浮浪者でも大富豪でも、支払うべき対価は同じとなるのだ。

 人間の存在は"現世に存在するモノ"の中では最高峰で、"基本"存在を対価に交換できないモノはない。


「彼女を対価とするのでしたら、お狐様の尻尾二本分には、なるはずですので」


 因みに神様の存在は、"対価に該当するモノ"の中では最高峰で、これ以上ない程の、価値を持つ。

 だが、対価としては最高峰ゆえに、それを購入出来るモノは、同じ神様の存在だけになってしまう。


「ぬぁ!その手がァァ!!」


 盲点だった!と言わんばかりに、頭を両手で抑え項垂うなだれる。


「いやしかし、その時は対価の事なぞ知らなかった故、是非もなかろう」


まぁ確かに、開口一番

「すべからく返せ」

だったし、知らなかったのは本当でしょう。


「とは言え、此奴こやつも、ワシのわがままで、生きながらえていたにすぎん。

どの道、逝くのなら、最後くらい役に立って逝けた方が、よかろう」


 巫女子の持つ人形を手に取り、穏やかに見つめ、思いに耽ける。

 目覚めてから六十年、力を取り戻す為に彷徨い続け、偶然出会った死にかけの女性。


「こやつとは、ある娘と出会い、復讐の気も薄れ始めていた頃に、出会ったのじゃ。

ワシに身体を貸した礼を言う、なんじも安らかに眠ると良い」


 一瞬、風の吹かない室内に、柔らかな風が吹く。


『ありがとう。お狐様……』


 同時に透き通る様な声が、微かに聞こる。

 お狐様は一瞬の驚きの後、心の底から嬉しそうに、穏やかな笑顔を、人形へ向ける。


 少しして、穏やかな笑みをを浮かべたまま、人形を巫女子へ返す。


「店主よ。此奴こやつを頼む、丁重に扱ってたもれ」


 そんなお狐様を見て、人形を優しく撫でる。

 すると、人形が仄かに暖かく感じ、巫女子は思わず微笑みを浮かべる。


「もちろんでございます。当店の商品となった以上、最大限の扱いをさせていただきます」


 そう言って巫女子は大きく息を吸い、仕切り直す。


「最後に、ここかくよろは、

二度目以降の際、この場所を、思い浮かべて頂ければ、再び訪れることが出来ますので、

また是非いらしてください」


 背を伸ばし、両足を揃え、自身の腰の前で手を添えるように重ね、

 毅然とした眼差しで、お狐様へ軽い会釈をする。


「うむ!なれば次回は、現世で出会ったもう一人の知人。

心優しき人間の娘と共に来るゆえ!その時は、よろしくしてたもれ!」


 残る恩讐の炎はあれど、満足された様子のお狐様は、これ以上ない笑顔を巫女子へ向け、万物屋を後にした。


「またのお越しをお待ちしております」


 ・・・ ・ ・




「とまぁ、お狐様との初対面は、こんな感じ」


その後の事は、柚香夏も知ってるでしょうし、なんなら、私より詳しいんじゃないかしら?


 手を叩き、明確に話を区切る。

 長い話を語り終えた巫女子は、一息着き顔を上げ、平然とした顔で、柚香夏の様子を伺う。


「コンちゃん……。巫女お姉様、その対価になった女性はまだあるんですか?」


 どこか思い詰めた顔で、始めはお腹の前まで、下がってた箒の柄を持つ手に、無意識に力が入り、胸の前まで上がっていた。


「大事に保管されてるわよ。今は無理だけど、今度見せてあげるわ」


 人形は、あるにはある。

 しかし現在は、因果の中に溶けており、取り出すには少々手間がかかってしまう。


私と師匠以外に、干渉できる存在が居ないし、全てにおいて、最も安全でほこりも被らないから、こと守りに関しては、絶壁と言っても過言では無いわ!

……胸の話じゃないわよ?絶対に壊れない壁って意味だからね?


「巫女お姉様ァ!!ァウグッ……。と、届かない」


 柚香夏は嬉しくなり、抱きつこうと飛び迫るが、勘定場カウンターが、それを阻止する。

 その所為せいで、少し後ろへ引いた巫女子と疫病神に届くことはなく、柚香夏の両手は空を切る。

 抱きつく事が出来ず、更には避けられた事で、ショボくれる姿を見て、少し申し訳なく思う、巫女子だった。


……なんか、ごめんなさい。

でも、急に来たら思わず、避けちゃわないかしら?

今度何か、気に入りそうな商品か、料理でも振舞ってあげよう。


 ぬいぐるみのように抱えられ、終始退屈そうにしている疫病神も、巫女子から離れたらどうなるのか、理解しているようで、大人しく座ったまま、いつものように、悪態を着く。


「ハッ!その使い狐も、利口過ぎて鳥肌が立つという物じゃ!ワシなら子孫だろうが、問答無用で悶え殺すんじゃgッ!!」


 止める間もなく、勘定場から身を乗り出したままの柚香夏は、疫病神の頭に手刀をお見舞し、勘定場カウンターから降りる。

 お狐様を嘲笑あざけわらわれた事が、我慢ならなかったのだろう。

 お互いの気持ちがわかる巫女子は、静かに溜息を吐き、今回は静観することにして、只々ただただ二人を見守る。

 当然だが、疫病神は負の神。悪の体現みたいな存在だ。


たとえ行いが度し難くても、産まれ持っての性質を変えろ、って言うのは無理な話。

それに、神と人との価値観や常識には、大きなズレが生じてしまうわ。

それなのに、人の道理をわからせようとするのは、廃人を相手に、言葉だけで意識を、人格を、元に戻す事と同義。

是非もないと割り切るしかない、は綺麗事が過ぎるわね。


「何をする!小娘!!」


 いきなりの事に腹を立てた疫病神は、叩かれた頭を押え、巫女子の膝の上で柚香夏を睨みつける。

 しかし柚香夏も、潤んだ目で今にも泣き出しそうに、頬を膨らませ疫病神を睨みつける。


「……ッ……!!!」


 今の気持ちを叫んだらきっと、耐えてる涙が流れてしまうのだろう。

 箒の柄を握る手の甲に、うっすらと血管が、浮いている。

 その姿を見た疫病神は、バツが悪そうに頭を下げた。


素直に謝るなんて珍しい……。

あの、悪性の塊みたいな疫病神が……。


 暫く沈黙が続き、酷く重たい空気に嫌気を指した巫女子は、わざと声を出して溜息を吐く。


「長々と話ちゃったわね。現世だと、もうすぐ夜九時過ぎるわよ」


 幾ら、因果の中に存在する場所と言えど、流れる時間が異なる、訳では無い。

 "全ての時間・全ての分岐世界"に"繋がっている"だけなのだ。


 既に夜、と言われた柚香夏の泣きそうだった顔は、次第に焦りへと変わって行く。


「きっ今日、お母さん帰ってくるんだったァ!!!」


どこか抜けてると言うか、なんと言うか……。

まぁでも、機嫌が治ったなら良しとするわ。


 あわあわと、箒を握りしめて、焦る柚香夏を見て、引き気味に呆れる疫病神。

 そんな二人を見て、微笑ましく思い巫女子は、柔らかな笑みを零す。


「掃除はいいから、早く帰りなさい」


 巫女子の一言で、ハッ!っと我に返り、

 ドタバタと、勘定場カウンターの傍に置いた、カバンを忙しなく取とると、

 器用に片手で前掛けを外す。


「ごめんなさい!お願いします」


 外した前掛けを、勘定場の上へ乱雑に置き、柚香夏はそのまま、流れる様に、


「疫ちゃん!巫女お姉様また明日!!」


と言って、足早に店から出ていった。


「はぁ……早く片付けて、夕食にしましょう」


 膝に乗った疫病神を、退けて立ち上がると、勘定場カウンターに置かれた、前掛けを取り畳む。

 巫女子から離れ、かいノ間へ向かおうとした疫病神を、呼び止め笑顔で箒を押し付ける。


「疫病神、あんたも、床掃きだけでいいから、手伝いなさい」


 しかし、持った箒を捨て「嫌じゃ」と、見下すように蔑む疫病神に、巫女子は穏やかな笑顔を向け脅す。


「美味しい物が食べたいでしょ?」


「ぬぁ!?そ、それは卑怯だぞ貴様ッ!!」


 意欲的に手伝うことはなく、料理に関しては、からっきしな疫病神。

 万物よろずに取っては、ただの穀潰しだ。

 巫女子に、力を封じられてる、と言うのもあり、故に基本、拒否権が存在しない。


「私は夕食作るから、その間に店を綺麗にしといてね」


 なおも続ける笑顔は、ひたすらに優しく、好印象を受けるが、酷く冷たく、目に光は灯っていない。

 疫病神は、全身を身震いさせ、物凄く不服そうに箒を拾い、ブツブツと文句を言いつつも、掃除を始める。


「なぜワシが……。神じゃぞ?神……じゃよな?ワシ……」


不安になってんじゃないわよ。

正真正銘、アナタは疫病の神、自信持ちなさいよ。


 掃除を始めた疫病神を背に、巫女子は掃除が終わったら、いつも通り生活界へ来るよう伝へ、

 料理を作りに、かいノ間にある階段を登り二階生活界へ向かう。


「さぁ!今日の夕食は、何にしようかしら?」



 こうして、万物屋の一日が、終わりを迎えた。

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