三章
第11話
*
ワレスが一号室に帰ると、たいへんなさわぎになっていた。
「きさまたち、コレをなんとかしろ!」
「ああ〜ん。そんなこと、おっしゃらないで」
ギデオンとロンドの声だ。扉の外に立っただけで、なかで何が起こっているのか想像がつく。
ワレスは深呼吸して、ドアをあけた。
思ったとおり、ロンドに抱きつかれて、ギデオンが四苦八苦している。いつも悩まされているイヤミな上官が、大型の蛭に吸いつかれて
「だ……第一分隊に目撃者なし。部屋をあけている者もあったため、のちほど今一度、調べさせ……」
あとは笑いをこらえるために、歯をくいしばる。
「おほほ。おんぶオバケ」
「離せ、この妖怪! なんでこんなに寒いんだ——ワレス小隊長! 笑ってないでなんとかしろ!」
さすがのギデオンもロンド相手では歯が立たない。ほとんど悲鳴のような声で命じられたので、やむをえない。ワレスとしてはもうちょっと、このままにしておきたい気分にかられたが、上官命令だ。
「中隊長殿に失礼だろう?」
背後からロンドの肩に手をかけると、コロンと外れた。そのまま、おんぶオバケが反転し、今度はワレスにへばりついてくる。
「ああーん。でも、やっぱり、ワレスさまが好きぃ……」
ギデオンはおぞましそうにロンドをにらみ、肩やら胸やら、抱きつかれたところをはたいている。
「小隊長。命令だ。二度と、ソレをおれの目の届く範囲につれだすな」
「ひ、ひどい……」
ロンドが泣きマネして、よりいっそうワレスにしがみついてくる。が、いつもの寒気がしないのは、なぜだろうか。
「なるべく気をくばります。が、コレは私の所有物ではありませんので、勝手に徘徊してしまうやもしれません。そのときは悪しからず」
「ワレスさま、もっとヒドイぃー!」
「それはそうだろう。おまえに関しては、誰もかばってやる余地がない」
しかし、ギデオンのなさけない姿を見られて、ワレスは満足した。ご褒美にロンドの背中をポンポンとたたいてやる。
(よしよし。よくやった。もしかして、中隊長に対するもっとも効果的な用心棒はロンドか)
考えつつ、上機嫌でたずねる。
「寒気がしないな。精気を吸っていないのか?」
「司書長に魔法使いの道をふみはずしますよと注意されましたので、さしひかえることにしました」
それにしては、ギデオンの嫌がりかたが尋常ではなかった。すると、ぼそりと、
「二回に一回に」
「……おまえというヤツは」
ギデオンは言うまでもなく、ハシェドもクルウもミレインでさえも逃げ腰だ。しかたなく、ワレスはロンドに抱きつかれたまま、冷たくなったバルバスのかたわらにひざをついた。
「死体を見たか? ロンド」
「ああ〜ん。ワレスさまのうなじを見てるほうが好きぃ」
「なぐるぞ?」
ロンドは口のなかでブツブツ言っている。ワレスに対する不平不満でもぼやいているかと思えば、そうではない。
《ええ〜い。封印!》
いつのまにか、ロンドの手にガラスの小瓶がにぎられている。神聖語の呪文(というより、かけ声)とともに、ふたをしたままの瓶のなかに赤い液体がわきあがる。色といい、粘りぐあいといい、血のようだ。
「見た? 見ました? わたくしの転送の術。ロンドくん、えらいっ。四級も目の前です。ほほっ」
ロンドは得意げだが、ワレスはほんとにオバケを背負わされている気分だ。
「きさま……魔法を使うとき、おれの精気を吸ったな?」
等身大の氷のかたまりを体内の一番あたたかいところに押しつけられたような、凄まじい寒気だった。いつものそれより、ずっとひどい。
「あら? そうでした? そんなつもりなかったんですけど……うーん。失敗、失敗。ま、こんなこともありますよ」
なぐられると思ったのか、そそくさとロンドは離れていく。
「血液ちゅうにふくまれる毒の成分を特定すればいいんですよね? では、さっそくに。さよーなーらー」
逃げ足はすばやい。
「クソッ。あいつ」
中隊長の不幸を笑ったしっぺ返しだろうか。
ギデオンはワレスの災難を笑う余裕などなく、まだ青い顔をしている。
「ワレス小隊長。あれはなんだ?」
「死体の血液を魔法で移しとったようです」
いちおう魔法の腕をあげているのはほんとらしい。
だが、ギデオンが聞いたのは、それではなかっただろう。ロンドの人間性への疑問だ。わかってはいたが、ギデオンへの最終兵器とわかったからには、そうそう情報を流してやるわけにはいかない。
ギデオンは苦虫をかみつぶしたような顔で嘆息する。
「まあいい。とりあえず、ようすはわかった。あとは報告書にまとめておけ」
「承知しました」
ギデオンが出ていき、入れ違いにユージイがラグナをつれてくる。
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