第10話 繊細な二人

 家に帰ってもう一度

「ごめん、お兄ちゃん」

そう言うと

「謝らなくていいんじゃないの?」

少し拗ねたように家の中に入って行く。まるで拗ね方が子供で、完璧な大人とは程遠いなと思った。

「そうだね……私、着替えて寝るから」

「どうぞー。俺、ゲームしてる」

 私は部屋へ逃げた。


 早く大人になりたかった。


 ならなければいけない状況に自分はいるんだと思ってしまった。


 これ以上お兄ちゃんには辛い思いをさせたくなかった。


 お兄ちゃんも同じ気持ちなのだろう。


 それはわかるけど……。


 お兄ちゃんはお父さんのことを好んではいないらしい。


 私はどうしようもないので、別に何かしようともしなかった。

 着替えて、ベットで音ゲーをプレイする。今、自分は何かに怒っているらしい。でも、この環境だから、風李さんとお兄ちゃんは体の関係なのであって、それが悪いわけではない……のに。

 私はそのまま寝てしまった。子どもらしく泣いてみたい気分だったが、涙も出なかった。


 起きた時間はそろそろ夕食の時間。外の空は雲がかかっていた。私はリビングに行くとお兄ちゃんは洗濯物を取り込んでいた。

「おはよ。俺も寝てた」

「うん。私夕食いらないからお兄ちゃんの分だけ作るね」

「あ、そしたら外で食べてくるから。茉裕は休んでな。さっきは言い過ぎた、ごめん」

「お兄ちゃんの方が大変だから」

私は『いいよ』と言って許せはしなかった。

 でも、お兄ちゃんが辛いのも分かる。

 辛さをお互いで分け合い、助け合うしかないのだろうに、今の私達はそれが中途半端で、風李さんが心のバランスの支えになっているように感じた。


 次の日、お兄ちゃんは朝早くから仕事に出かけた。私は宿題をやる気にはなれず、寝て一日を過ごした。

 冷房の冷たい風で目が覚めた。ぼんやりとした視界にはリビングの天井が見える。耳にはカチカチとゲーム機を動かす音が側で聞こえた。それが心地よく聞こえ、二度寝しそうになったが、負けじと目を擦り、目を開けて起き上がる。私はソファーで寝ていたらしい。ソファーの下には金髪のTシャツを着た風李さんがいた。私が起きたのに気付くとに気付くと

「おはよー」

と、陽気に言った。いつのまにか毛布がかけられている。

「なんか、すみません」

「気にするなー、茉裕ちゃんが寝てるの久しぶりに見たよ。なんか、寝言言ってたし」

「え、なんて言ってました?」

私は焦る。

「嘘嘘、そんな焦らなくていいよ。寝顔も可愛かったしね、これじゃお兄ちゃんが愛してるのも分かるよ」

「お兄ちゃんがなんか言ってたんですか?」

私はソファーに体育座りをする。

「えー、お兄ちゃんには言うなよ」

そう言って私の隣に座る。

「『落ち込んでいないか』そう言われた。昨日の面談のこと望から聞いたよ」

風李さんは軽く息を吸って

「二人とも繊細なんだよ。人より何倍もさ」

繊細……なのだろうか?キョトンとしていると

「さては自覚がないな〜。でも俺から見るとそうだし、どっちも同じぐらい心配」

風李さんは私の顔を見て微笑んだ。胸がチクリと音が鳴ったような気がした。私はそっと微笑み

「ありがとうございます。でも悪い先生じゃないですよ。ただ一般常識で見られると……ちょっと辛いですね」

「理解してもらいたかった?」

「んー、こういう家族もいますよーって。でも理解されてもなぁ……先生なんて」

『他人だし』でもその言葉は私の口から声として発することは出来なかった。

「先生……は」

向月先生が頭にチラつく。

「どうなんだろう……」

風李さんとは血が繋がっているわけではない。でも、側にいてほしいし、家族みたいに話す。

「分かんない」

『家族の形』が佐名家はしっかりとしていなかった。

「そっか……そうだよね」

しばらくの沈黙。それが今の私にとっては辛かった。風李さんは遠くを見ていた。私がしばらく風李さんを見ていると、風李が不意に私を横目で見る。私は目を逸らす。

「話が、変わっちゃうんだけどさ、ごめん。約束守れなかった」

再び風李さんを見る。私は毛布に包まる。顔は隠さなかった。

「……弟にバレた。自分が教えてる生徒の家族と体の関係を持っていること」

私は責める気もなかった。

「大丈夫です。私、知りたかったので」

「何を?」

「んー、バレたかそうではないか。スッキリしました。これで講師室を移動教室の度に覗く必要がなくなりました」

「……それでいいの?」

嗚呼、風李さんの言葉が辛い。私は何も言えない。どうすればいいのか

「それも……分かんないよね……。いいんだよ、分かんないことは分かんないで」

それを言い終わると音ゲーの話になった。私がランクを見せると

「なんか、思ったより進んでる」

「ハマって……」

「いいじゃんー」

風李さんは私に向けて笑った。私は歯を少し見せて笑った。すごいよ風李さん。本当に、言葉では表せられないけど。

 それから昼食を作った。風李さんも少し手伝ってくれた。二人で食べて、テレビをただ流ししたまま話し続けた。

 お兄ちゃんが大事な人って言った理由もわかる気がする。私も好き。なんの好きかは分からなくても、考えたくはなくても好き。

 夏休みは、お兄ちゃんと風李さんで二人で過ごしたいかと思って私が外に出ようと思っていたが、二人で出かけて行くことが多かったので、私は家にいた。私に断りを入れて泊まりで出かけることも多々あった。

 夏休みはみんな友達と遊んだり家族と旅行に行ったりするのだろう。

 私は友達と遊ぶ約束もしなかったし、家族の旅行は難しいような気がした。ただ、この期間は休養期間にしたかった。頑張った自分へのご褒美に。

 だから、外に出るのは買い物だったり、必要最低限のことだけ。

 夏休みに何処かに出かけたことと言ったら外食しにチェーン店のレストランに二回行ったこと、風李さんとお兄ちゃん達と一緒にケーキ屋やカフェに何度か連れて行ってもらったことぐらいだろうか。中でも、印象に残ったのは動物の可愛いカップケーキがあったカフェ。風李さんは顔を隠していた。後で、知り合いかどうか聞くと

「俺のチャンネル見てるって言ってた人」

「あーそうですか……」

楽しいことより大変なことの方が多いのかもしれないなと思った。

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