第22話 不安と恐怖

チリン…


ヒュッ!


部屋に響いた空気を切る音は尻尾が出したとは思えなかった。

その威力でぶつかった鈴は、やっぱり布団の中に沈んでいく。


「あ、また?!

なんだが猫ちゃんに雑にあしらわれてる感じがするよぉ…」

「にゃ。」


静奈が布団に腕を入れて鈴を探すのを眺める。

空気が重く感じるのは変わらないが、少しだけ気が紛れてきた。


「もしかしてだけど、鈴嫌い?」

「にゃ〜ん。」

「うぅ、わがんない…」


少しダミ声になってしまった静奈に罪悪感が湧き始めた。


(うーん、なんか体調が優れない…)


猫は猫で不調。


「あった!」


チリン、チリン…


鈴はスルーし、静奈の膝の上に乗り丸くなる。

寝不足のせいじゃないかと考え、少し眠る事にしたのだ。


「疲れた?」

「にゃ。」


(おやすみ…)


眠った猫を静奈は優しく撫でた。

これは猫が眠ってからしばらく後の事。


「……」zzz

「…あっ、足が…!

お、起きてくれないかな、かな?」


正座していた静奈は足が痺れている、マッサージしようにも猫が寝ていて出来ない。

痺れとの長い戦いが始まった。


ーーーーー


あの日、大きな大陸は1つだけとなったが小さな島はそこそこ存在している。


未だにどのようにして生まれるのかわからない異形。人の住む大陸で生まれる場合は聖人の作ったアラームで探知可能だが、海へ出ると一切わからない。


海で突然生まれる例は、決して少なくは無い。


近くに人間がいない場合異形は徘徊する、異形同士が出会うとグループを形成し集団で行動するようになる。


1体や2体ならば問題ないが、10体など集団を形成した場合に備え、大陸の近くにある小島では監視塔が作られ異形が生まれていないかを確認している。


「そろそろ俺達の期間も終了だな。」

「もうそんなに経つのか。」

「息子にプレゼントでも買って帰るかな!」

「先輩は家族想いですね。」


監視塔には4人が常駐し、半年間の泊まり込み。

半年で一年分の給料が支給され、また半年後に戻ってくる。


「お前も結婚しとけー。

この仕事に付いてると時期逃すと結婚できなくなるぞ?」

「あはは、自分は結婚したいって思わないんで。」


特殊な仕事ゆえ、従事する人も特殊な事情を抱えていたりする。


「…悪かったな。」

「そんな事言わないでくださいよ、まだ期間あるのに気まずいじゃないですか。」

「あぁ、すまなかった。」


「「……」」


監視塔に従事する2人、今のように気まずい空気が流れると長引く傾向もあり、直ぐに解決するようにとマニュアルに書いてある。


「笑わないでくださいよ。」


前髪で目を隠す青年が話し始めた。


「俺4人家族だったんすよ、両親と兄と俺。

それで、かなり良い会社を経営してて、兄とどちらが会社を継ぐのか競い合ってたんですよね。」

「負けたのか?」

「まさか、勝ちましたよ。」


話している雰囲気と流れから、てっきり跡目争いに負けて無理矢理就職させられたのかと思っていた男。


「兄にね、婚約者が居たんです。

それが隣に住んでた幼馴染で、俺も好きだったんです。」

「……」

「ラッキーとも思いました、でも学生の時に俺は振られてて、兄といる時は本当に幸せそうだった。」


遠くを眺めながら、とても優しい目で話す。


「あの子には幸せになって欲しかった。

兄が此処に就職する事になったら、きっと悲しむ。それは見たくなかった。」


先輩と呼ばれたガタイのいい男は震えながら俯いていたが、そのうちガバッと勢いよく立ち上がると、


「わかった!お前今回が終わったら一緒に飲みに行くぞ。何なら良い親戚も紹介してやる、お前は良い男だ。」

「飲みには行きたいですけど、紹介は別に大丈夫です。」


ガハハと笑いながら肩を組む。


後輩の男は今回が初めてだったが、仕事ぶりも真面目で気に入ってはいた。

それに加えて、こんな惚れた女性の幸せを願う、男らしいエピソードを聞かされたら、何ていい奴だと感動するだろう。


「で?どれぐらい飲めるんだ?」

「あまり飲んだ事ないんでわからないです。」

「じゃあ、肉は好きか?」


関連が見えない質問だったが答えようとした時、水平線の奥の方が少し黒くなっているのが見えた。


「ちょ、先輩、ちょっと待ってください。」

「あん?どうした?」

「あれ異形じゃありません?」


指を刺しながら言うと望遠鏡を手に取り、その方向を見出した。


「あー、確かにありゃ……!」


声にならない悲鳴のような物をあげて固まった。


「何が見えたんですか?!」


その様子から尋常じゃない程の不安に襲われ、先輩の肩を揺らし意識を戻させようとする。


「…!

異形が現れた!数は不明!海が真っ黒に染まっている!防衛体制を整えろ!」

「先輩…?」

「こっちだ!」


本土へと緊急の連絡を入れ、地下のシェルターへと向かう。


「起きろお前ら!」


交代で休んでいた2人も叩き起こした。


後輩の男は、先輩の圧に何も言えなかった。

結局ゆっくり話せるようになったのは地下シェルターへと入り呼吸を落ち着かせたあと。


「おい、異形が来たんだろうが魔石を使って結界を張れば良かっただろ、何を此処まで逃げる必要があったんだ。」

「数え切れないほどいたんだよ…」


そう言ったっきり、頭を抱えて座り込んでしまった。


「「「……」」」


残った3人も不安と恐怖で何も言えなくなっていた。

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