ガイアセンチネル ー愛し子らの守人ー

和泉 健星

♯? こちらはアカシックレコードの入口です


 ………………おや? このような場所をヒトが訪れるとは珍しい。というか、よくここに気付きましたね。


 はじめましてですね。私はリピカ。ご存じ、造物主の眷属が一柱ひとり、〈生命の書の書記ラプラス〉リピカと申します。


 ……え? ご存じない? 「誰だおまえは」?


 そんな! 『立てば芍薬しゃくやく、座れば牡丹ぼたん、言い寄る姿はハエトリグサ』と呼ばれたこの私、全宇宙のアイドル・リピカちゃんをご存じないと⁉


 ……なんで周り右して退室しようとするんですか。逃げないでくださいよ。そんな「ヤバい奴に絡まれた」みたいな反応はヤメてください。傷つきますよ。こちとら、うら若き乙女なんですから。一応は。


 え? ここはどこかって? まさか、何も知らずにここを訪れたんですか?


 ……は? 「気が付いたらここにいた」? 「頭にもやのようなモノがかかっていて、自分がどこの誰だったかも思い出せない」? 「なんとなく、自分が寝ようとしていたことは憶えているから、これは夢だと思うんだけど」?


 それはそれは……、ご愁傷様です。やはり因果というモノにはそう簡単には――いえ、なんでもありません。こっちの話です。


 ……案外、あなたは特別な存在で、何か運命的なモノに導かれてここに辿り着いたのかもしれませんね。

 まあ、ただの偶然かもしれませんけど。


 ……え? 「上げてから落とすな」って? いやでも、そういうものでしょう? その巡り合わせを運命と捉えるか、あるいはただの偶然と捉えるかなんて。結局、そのヒトの判断とその後の行動次第なのですから。


 ここへの訪れ、この出逢いが、あなたにとって良いモノになるといいのですが。


 私ですか? ですから、さっきも言ったでしょう。私は<生命の書の書記ラプラス>リピカです。ここ、第52平行宇宙を始めとする全宇宙の宇宙間集合無意識アカシックレコードの管理人だとでも思ってください。

 ちなみに宇宙間集合無意識アカシックレコードというのは、そうですね、大雑把に言うなら、すべての平行宇宙、多元宇宙マルチバースの歴史が記された情報の海アーカイヴ……といったところでしょうか。まあ、とにかくすごいデータバンクだとでも覚えてください。ここをヒトが訪れるなんて、とても珍しいことなんですよ? 何者ですか、あなたは。ひょっとしてあれですか。重い宿命を背負って戦うライトノベルの主人公さんとかですか。それともやはり、


 ……え、違う? 「そんなんじゃないことだけは確かだ」? 

 だとしても、これからそうなるかもしれませんよ? 人生というモノは何があるかわかりません。


 もしかしたら『自分が知るそれとは全く違う姿をしたお月様の海で可愛い女の子たちに囲まれて帆船で大冒険!』みたいなトンデモな未来があなたを待っているかもしれません。でもって大きな樹に創った楽園で実質的なハーレムを築いちゃったりなんかしてね。そのときは頑張ってくださいね。きっと邪神的存在や謎の化け物と戦ったりなど、苦労も多いでしょうから。


 ……「他人事みたいに言うな」? いや、他人事ですし。でもまあ確かに、今ちょっと忙しかったので、おざなりな対応になってしまったかもしれませんね。すみません。


 私がここで何をしていたのか、ですか? ちょっと今、『ある人物』に関する記録の整理をしていましてね。これも私の仕事のひとつなので。何せ『彼』は今や、全宇宙の造物主たちから注目されている最重要人物ですから……。


 ……ふむ。そうですね。これも何かの縁です。せっかくですし、これから何かの物語の主人公になるかもしれないあなたのために、ここはひとつ『彼』の記録データをチラ見せしておくとしましょうか。何かの参考になるかもしれませんし。


「『彼』というのは誰のことだ」って? あー……。それはもちろん、私がストーキング……じゃなかった、監視……でもなくて、観察をしていた少年のことですよ。


『彼』の名は、くぐい勇魚いさな。えーと……あなたと同じ、ごく普通の地球人の少年です。……と、いうことにしておきましょうか。


 ……「なんだその意味深な発言は」って? えっと、それはですね、なんと言いますか、そう、『ごく普通の地球人の少年です』と言うより、『ごく普通の地球人の少年でした』と言うべきだからですよ。途中からの『彼』はちょっと……普通とは言い難いので。


 まあ、見たほうが早いですね。ちょっと待ってくださいね。今、スクリーンをご用意しますので。えーと、どのへんから見てもらうのがいいでしょうか……。いいやもう、適当で。……ほら、映りましたよ。さてさて、どのシーンかなっと。


 ……ベッドの上で双子の幼女に押し倒されて強引にチュッチュされていたところを同居人の少女たちに目撃されて、慌ててますね。「自分は無実だ」と釈明してますが……。双子を強引に跳ね除けるのがちょっと遅かったようです。ご愁傷様としか言えません。ああ、同居人の少女たちがおかんむりです……。


 よりにもよってそこかよ、というシーンを映してしまいました。やっぱり横着するとダメですね。


 ……え、「なんだいあのロリコンは」って? いえ、違います。『彼』の名誉のためにフォローしておきますと、『彼』は断じてロリコンなどではありません。それは『彼』をここでずっとストーキング……観察してきた私が保証します。現に、『押し倒していた』のではなく、『押し倒されていた』でしょう?


 あと、あなた、幼女を侍(はべ)らせているだけで相手をロリコン認定とかしないほうがいいですよ。ほら、自分にだってどんな未来が待っているかはわからないんですから。万が一未来のあなたも幼女も侍らせていたらどうするんですか。自分で自分の首を絞めることになりますよ。


 それに。実は『彼』を押し倒していたあの双子。見た目こそ小学校低学年くらいの幼女たちですが、その正体は第3910平行宇宙に模造された地球の化身、分霊である<ガイア>という存在なのです。


 そう、模造された地球です。


 かの第3910平行宇宙の地球は<宇宙意思(コスモス)>と呼ばれる造物主と、その眷属であるオーバーロード――私もその一柱(ひとり)です――によって、オリジナルの地球を参考に模造されたのですが、『彼』が現在いまいるのは、その模造された地球の日本なのですよ。

 三葉虫やアンモナイトといった太古に絶滅していてしかるべき生き物たちが現存しているような、そんな本来の地球とは微妙に異なる地球です。

 異世界といえば異世界ですね。地形も結構違ってますし。紙幣も宮沢賢治のそっくりさんが肖像画になってたりもしますし。


 そして『彼』、勇魚は、そんな模造地球――デイジーワールドに、ある日突然、魂魄タマシイだけ召喚されてしまった身の上なのです。


 みんな大好き異世界転移というヤツですね。

 その後、『彼』がした苦労のことを考えると、魂魄タマシイだけでなく肉体ごと転移させてあげてほしかったところですが。

 まあ――今はご覧のとおり、特別な方法で受肉してますけど。


 ……『彼』が召喚されることになった理由ですか?

 これがねぇ……いろいろあったんですよ。


 私と同じオーバーロードの一柱ひとりが、何を思ったか、ある日、主でありこの宇宙そのものと言える存在、<宇宙意思(コスモス)>の元から出奔しゅっぽんしちゃいましてね。しかも天地創造や地球の管理に使用するためのチカラを、勝手にみっつも持ち出しやがりまして。それを模造地球デイジーワールドの住人である三人の女の子の貸し与えちゃったんです。

 その結果、当の女の子たちがチカラをものの見事に暴走させてしまいまして……。その影響で、といった感じなのですよ。

 で、召喚された直後に<ガイア>であるあの幼い双子――名をテルルとレアと言うのですが――を、『彼』が危機から救う場面がありましてね。双子が『彼』にすっかり惚れこんでしまったわけです。……地球の化身、分霊という立場なのに。


 そこからの『彼』は艱難辛苦の連続ですよ。

 それこそライトノベルの主人公のようにね。


 氷山の中で独り長い長い時間を過ごしたり、テルルとレアに目覚めさせられて元凶であるオーバーロードと死闘を演じる羽目になったり、いつの間にか妹分になっていた三人の女の子たちに振り回されたり、かと思えばまた氷山の中で独り眠りにつくことになったり……。


 再度テルルとレアによって目覚めさせられたかと思ったら、今度は宇宙からやってきた邪悪な存在と何度も戦う羽目になったり。


 ……まあ、そのぶん、救った女の子たちに慕われたりもしていますから、役得もちゃんとあるみたいですけどね。

 『彼』がそれを自覚しているかはちょっと怪しいところですが。

 『彼』を観察していて、いったい何度砂糖菓子のような甘いイチャイチャを見せつけられ、糖分過多で吐きそうな思いをしたか……。

 ああ、ほら、見てください。ちょうど宇宙からやってきた邪悪と戦っているシーンが映ってますよ。


 え? 「なんかRPGの勇者みたいな甲冑を身に纏って戦っているけれど、ありゃなんだ」って?


 ああ、あれですか。いえね、『彼』はテルルとレアのチカラを借りることであの騎士の姿に『変身』できるんですよ。それこそ特撮番組のヒーローみたいな感じで。   で、従えているオーバーロードから借りたチカラを駆使して、ああして戦ってるワケでして。

 あの姿の『彼』は、私たちオーバーロードや宇宙の邪悪からは、畏怖や敬意、あるいは怨讐おんしゅうを籠めて、<ガイアセンチネル>と呼ばれています。

 天地創造のチカラを操り、地球の化身である双子とともに宇宙の邪悪と戦う、全宇宙に謳われる守護騎士。それが『彼』なワケです。

 ある意味チートな能力を使ってオレツェーする典型的なラノベ主人公ですよ。

 助けた女の子たちに囲まれて、半ばハーレムみたいになってますしね。


 ……え? 「ハーレムって感じじゃない? なんか、見るからに苦労してる」?

 ああ、いつの間にか映像が変わってますね。なんかプチ修羅場みたいになってるじゃないですか。ちょっと目を離した隙に何があったんでしょう。


 ……は? 「さっきの戦いで助けた女の子に赤面しながら名前を教えてと言い寄られて、それを見たテルルとレアがおかんむりになった」? ……いつものパターンですね。気がついたら勇魚の周囲(まわり)に『彼』を慕う女の子が増えてるヤツです。……羨ましいですか?


 ……そうですか。「あの地面に正座して必死に双子をなだめている姿を羨ましいとは思えない」と。ごもっとも。

 でも一応、『彼』の名誉のためにご説明しておきますけど、『彼』は別に鈍感系難聴主人公というワケではありませんよ。女の子たちの好意にも気付いているけれど、立場上いろいろ自重しているだけなのです。あれでなかなか苦労しているのですよ、『彼』も。主に理性を保(たも)つこととか。

 普段は幼女の姿であるテルルとレアも、その気になれば大人の姿になれますからね。でもって、『彼』にしょっちゅう大人の姿で迫ってますし。


 話が逸れましたが……。つまりこの記録は、地球の化身である幼い双子とともに宇宙の邪悪と戦う少年の物語というワケです。


 強いて言うなら、バトル有り、シリアス有り、ラブコメ有りの「異星海」ファンタジーといったところでしょうか。


 そうだ、もしこのあとお時間があるようでしたら、『彼』の記録のひとつひとつをじっくりとご覧になり、あなたが異世界転移する羽目になった際は参考にしていただくとよろしいのではないでしょうか。

 ……それに、何か感じるモノがあるかもしれませんしね。

 あと、案外ハーレムを築くのに役立つかもしれませんよ?


 どうします? ご覧になっていきますか? そこそこの長さですけど。


 ……え? 「自分はどこまでいっても凡人で物語の主人公なんてがらじゃないし、異世界転移するつもりもハーレムを築く予定も無いけれど、念のため見ていく」?


 はあ。そうですか。

 そんなに自分を卑下する必要はないと思いますけどね。

 何度も言ってますけど、これからのあなたに何が待っているのか、それは誰にもわからないのですから。

 もちろん、私にもね。


 さて。

 では、コトの始まりからお見せしましょう。

 まあ、厳密には最初ではなく、『彼』がこの地球で作った女友達に、この地球に辿り着いてからのあらましを語るシーンがありますので、そこからになりますが。

 でも、『彼』のお話を一種の物語として楽しむなら、そこからが一番いいと思われますから。




 さて。

 準備はよろしいですか?

 よろしいようでしたら、早速ご覧いただきましょう。




 さあ――物語の開幕です。



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