ここでこの男と異母妹の母親との仲に亀裂を入れておくか。


う~む、わからん!


「ええ~! それなら、あたしもおかあさんのカタミほしい!」


 なんて、無邪気に言う異母妹。


 ふむ・・・よし、とりあえず馬鹿なことを言い出したこのアホをぶん殴っておこう。


 バシン! と、平手で異母妹の頬を張る。う~ん……お嬢様(しかも、まだ十歳)なだけあって、威力が弱いな。あと、わたしの手も若干痛い。人生初ビンタで、ちょっと手首傷めたか? 少し鍛えた方がいいかもしれない。


「うわ~ん! おねえちゃんがぶった~っ!?」


 わたしに打たれてびっくりした顔が、みるみるうちに泣き顔に変わる。


「なにをするかっ!? 妹をいきなり殴るだなんて、お前はっ!」


 怒鳴り付ける低い声は無視して、


「泣いてないで、謝りなさい」


 異母妹へ言う。


「謝るのはお前の方だろっ!?」

「なにを言っているのです? わたくしは、彼女へ話しているのです。さあ、あなたのお母様へ、今すぐ謝りなさい」

「え? は? あ、あたしにっ!?」

「は?」


 驚くヒロイン父と、その愛人。


「あなたのお母様は生きて、ちゃんとあなたの傍にいてくれるじゃない。なのに、お母様を亡くしたばかりのわたくしの目の前で、ご自分のお母様の形見がほしいなどと。それは、あなたが、『お母様に死んでほしい』と言ったのと同じことですよ。それとも、お父様は、娘が母親に死んでほしいと言ったことを、叱りもせずに放置するおつもりですか?」


 異母妹からヒロインの父へと視線を向けると、たじろいだ表情。


「っ、そ、それは……」

「さあ、今すぐ、お母様に『酷いことを言ってごめんなさい』と謝りなさい。そうじゃないと、あなたのお母様はいなくなってしまうかもしれませんよ。わたくしのお母様みたいに。それでもいいのですか?」

「そ、そうだね。その子の言う通り。今のは、この子が悪かったね。ほら、お母さんにごめんして」


 少し身を屈めて泣く異母妹と目線を合わせる愛人……異母妹の母親。


「ぅ~……ご、ごべんなざぃ~、おがぁざん、どこもいがないで~っ!?」


 すると異母妹は、ぐしゃぐしゃの顔で自分の母親へ抱き付いて謝った。


 ふむ・・・これなら、矯正は可能かもしれない。将来、なんでも奪って行く性悪馬鹿女にならずとも済むかもしれない。


 よし、これからビシバシ躾けてやるか。


 なんて一人で頷いていると、


「確かに、この子も悪かったかもしれんが。いきなり人を殴るなど、淑女のすることではない。お前も反省しろ」


 水を差す不機嫌な声。


「あら、お父様はわたくしのために新しいお母様を連れて来たと仰っていましたが、実はあの子が欲しかっただけですか? 新しいお母様は、別にいなくなっても構わないと? だから、あんなことを口走っても叱らなかったのですか?」


 異母妹の母親へ聞かせるように、わざとゆっくり返すと、


「なっ、なにを言うかっ!?」


 異母妹の母親がヒロインの父を、ギロリと睨んだ。


 まぁ、あれだ。貴族の愛人をしていて、生まれた子供だけ取られて捨てられるなど、よく聞く話。


 よし、ここでこの男と異母妹の母親との仲に亀裂を入れておくか。


「あら、違いましたか? てっきり、政略に使うための駒として娘を必要とし、そのついでに母親を、娘の世話係としてただで扱き使える女として連れて来たものかと」


 異母妹の母親の目が警戒するように男を睨み、娘を守るようにぎゅっと抱き締める。


「っ、そんなことあるワケないだろうがっ!?」


 怒鳴り付ける声に、


「あら、そうでしたか。それは失礼しました。うちに引き取ったというのに、新しい物を彼女へ用意するでもなく、わたくしの物をお下がり・・・・として与えようとなさるものですからてっきり・・・うちは新しい物を用意してあげられない程に困窮しているワケではないと思いますので。ならば、彼女を正式なうちの娘としては扱わないのかしら? と。でも、そうですわね。駒として、道具として扱うだなんて、ご本人達の目の前で直接言えるワケはありませんものね?」


 にっこりと返す。


 これで異母妹の母親は、益々この男を警戒することだろう。


 そして、わたしの物を異母妹へ与えることは、新しい物を買ってあげないで、わたしのお下がりで異母妹に我慢させること。うちの娘としての扱いではない、と刷り込むことができたはず。


 これでわたしの物を異母妹にやらんで済むだろう。まぁ、数年後にはわたしの方が異母妹のお下がりを使うことになるかもしれんが。


 当面は、私物を奪われる心配はないだろう。


「可愛い自分の娘をそんなことに使うはずがないだろうっ!?」


 おお、あっさりと自分の娘だと自白したな。


「へぇ……自分の娘、ですか。そうですか……もしかして、この子はお父様の実の娘なのですか? お母様とわたくしがいたというのに? 余所で、彼女とお付き合いをして? 娘までいた、と? まあ、うちには嫡男がおりませんものね。嫡男が欲しかったのか、それとも他家へ嫁がせるために、高位の貴族家と縁を繋ぐためにわたくしの他にも娘が欲しかったのかはわかりませんが。お母様の喪が明けきらないうちに、その愛人親子を我が家へ入れる、と」

「な、なんでお前がそんなことをっ」

「ああ、それとも、娘だけ政略のために取って、その母親はただで使える使用人として働かせるおつもりで? お父様も、一端の冷酷な貴族の一員だったのですわね。新しいお母様も、騙されて娘を奪われるだなんてお可哀想に……」


 気の毒に、という表情で、異母妹を抱き締める母親を見やると……


「どういうことなのっ!? 始めっから、この子を奪うつもりであたし達を騙してたってのっ!?」

「だ、黙れっ!!」


 鬼のような形相で男を睨み付ける異母妹の母親。

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