第八五話 シャルロッタ 一五歳 暴力の悪魔 一六

「さあ、このシャルロッタ・インテリペリが来たからには、お前の悪事と下劣なセクハラはここでおしまいですわよ!」


 わたくしは完全に再生した闘争の悪魔ウォーフェアデーモンへと指を突きつけて宣言する。

 本当に間に合ってよかった……あんな極太の産卵管を突き刺されてリリーナさんが無事にいたとは思えないし、そもそもこの世界は鬼畜系エロゲーじゃないんだぞ?

 そりゃあ……前々世で男性だった頃はそういうゲームやってちょっとだけ興奮しちゃったり、その……興奮して色々致しちゃったりした記憶はあるけどさ。

 女性を平気な顔して蹂躙するようなやつを生かしておくほど優しくもないし、許しはしねえ……わたくしは女性として転生したレーヴェンティオラ最強の勇者ラ……いや貴族令嬢シャルロッタ・インテリペリなのだから。

 わたくしが獰猛な笑みを浮かべたのを見て悪魔デーモンは、それまでの歪んだ笑みを浮かべずに少しだけ緊張したかのような表情へと変化する。

「我の名は闘争の悪魔ウォーフェアデーモンダルラン……産卵はお前の胎で実験してやろう……美しい蛆虫が生まれるだろうよ」


「ここまで来てセクハラとか悪魔デーモンの躾がなってないんじゃないの? ド変態ワーボスは……」

 言葉が終わらないうちに、どちらかともなくノーモーションの右拳同士がいきなり衝突する……ドゴン! とという轟音とその拳の衝突による衝撃が周辺の地面を揺るがす。

 メリメリメリと音を立てながら拳同士の力比べが始まる……しなやかで細い腕のはずのわたくしがその力比べでも全く微動だにしないことにダルランの表情が変わる。

 そりゃそうだ、パッと見わたくしは貴族令嬢らしい体型、細くて出るところが出てるモデルのような体型なのだから……しかし発揮できる力は前世の勇者であった時となんら変わりない。

「……な、なんだお前の力は……」


「いい顔しているじゃない……わたくしの庇護下にある冒険者を弄んだお前は絶対に許さないわよ?」

 そのままわたくしは拳を振り抜く……その力がダルランの体を大きく後ろへと跳ね飛ばすと、驚愕の表情を浮かべた悪魔デーモンが慌てたように体制を立て直そうとする。

 だがその一瞬の隙にわたくしは距離を詰めると、右拳を下から左を上から……そして超高速の左右の連打をクソナメクジ野郎へと凄まじい勢いで叩き込む。

 拳が命中する度にダルランの外皮が吹き飛び、青黒い血液が辺りへと撒き散らされ、悪魔デーモンの体がまるで鞠のように跳ね回る。

「ぶぎゃっ……ぐびゃあっ……うぎゃえふ……お、おま……うげええっ……」


「おらおらおらぁ!」

 わたくしの拳が次々とダルランへと叩き込まれる。

 必死に防御しようとするその動きの先を読み、角度や速度を柔軟に変えながら、そして防御の上からわたくしは凄まじい威力の拳を叩き込んでいく。

 ダルランの外皮がひしゃげ、肉体を破壊し……だが生命力に溢れる肉体はすぐに再生を開始し、必死に反撃を試みようと拳を繰り出してくる。

 だが遅い……わたくしはダルランの拳を掻い潜って、一発二発三発と流れるような連撃を相手の顔面へと叩き込む。

「グヌあああっ! ば、バカな……」


「遅いって言ってんのよ、このクソ悪魔デーモンが!」

 彫刻のように整った悪魔デーモンの顔がひしゃげて凹み、そして眼球が飛び出し顎が粉砕される……わたくしの拳は巨大な砲弾が衝突していくかのような威力で、武器や魔法が通用しないはずの彼の肉体を最も簡単に破壊していく。

 拳が衝突する度にゴカン! ドゴン! メリメリとさまざまな音があたりに響き渡り、青黒い血液が飛び散るが、これだけの攻撃を喰らっても闘争の悪魔ウォーフェアデーモンは絶命しない。


「ウヒィいっ……こ、こんな……ゲバあっ!」

 いや、できないと言ってもいいだろう……再生能力が高すぎることがネックとなってその内に秘めた魔力が枯渇し、存在自体が摩耗し尽くさない限り絶命しないのだ。

 つまりこのままわたくしがこいつを延々と破壊する拷問のような状況を受け続け、いつか魔力が潰えるその瞬間まで、ダルランは破壊され続ける痛みを味わうことになる。

 それを感受するほど悪魔デーモンは大人しくないからな……どこかで反撃を繰り出してくるのではないだろうか?

「反撃して見せなさいよ、それでも悪魔デーモン? タマ無しねえ……」


「クバあっ……こ、この小娘があああっ!」」

 ダルランが叫んで両手を広げると、その巨体から一直線に波動が放たれる……これは魔法衝撃波ショックウェーブか……わたくしはその高速で迫る波動を左手を伸ばして手のひらで受け止めてみせる。

 ドオオン! という爆音と共にわたくしの銀髪が風ではためくが……まるで微動だにせずにその魔法を受け止めてみせたわたくしをみてダルランの顔に恐怖の色が浮かぶ。

「ば、バカな……そんな……片手……片手一本で止めるだと?!」


「オルインピアーダも同じような顔を浮かべてたわ……第三階位の雑魚悪魔デーモンの攻撃が通用すると思ったら大間違いよ」

 第三階位の悪魔デーモンは普通の人間にとってはほぼ死を意味するレベルの化け物だが、わたくしにとっては前世でもそれほど苦労するような敵ではない。

 最強の勇者とは……完成された戦闘兵器であり、世界を守るための最後の砦でもあり、そしてすべての戦いに勝利をし続けた無敵の存在であるのだ。

 この世界にいた元勇者スコットさんですら、正面切った戦いでは一度も負けたことがなかった……はずだ。

「くそっ……クソがぐばああっ!」


「言葉にはお気をつけあそばせ? 下品すぎるわよ?」

 超高速で距離を詰めたわたくしが高速ブローを放ち、一撃でダルランの顎を吹き飛ばして見せる。

 顔の半分が引きちぎられ、血液を撒き散らしながら悲鳴をあげ、悪魔デーモンが大きく飛びすさると肉体を必死に回復させていく。

 しかし回復が先ほどよりも遅い、魔力の枯渇が始まっているのだ。

 それに気がついているのかダルランは大きく息を吐きながらなんとか時間を稼ごうとわたくしへと話しかけてくる。

「お、お前はこの世界で何をする気なのだ……それだけの戦闘能力があれば世界を支配することだって容易いだろう……何が目的だ?」


「……わたくしはこの世界で目に見えている範囲のものを守る存在でいたい、貴方達悪魔デーモンはたまたまその視界に入っただけ」


「嘘だ、お前は強き魂に違いない……そんな存在が目に見える存在を守るだと?!」


「混沌四神が探している? どういうことよ?」

 ダルランはしまったと言わんばかりの焦った顔で口を押さえようとするが、混沌四神……ワーボス、ディムトゥリア、ターベンディッシュ、ノルザルツの四大混沌神のことを示す言葉だが、その神が探している?

 幼少期よりやたら悪魔デーモンに遭遇するなと思ってたし、この世界でそんな数の悪魔デーモンが出現するなど一〇〇〇年前の魔王との大戦以来歴史にもそれほど載っているわけではない。

 だからずっと違和感があったのだ……マルヴァースは停滞した平和を享受する世界だと思い続けていた、だが実際にわたくしの周りには混沌による攻撃が絶えないことに。

 わたくしは指をパキパキと鳴らすと、このダルランから得られるだけの情報を引き出す必要性を感じて咲う。

「あんたを半殺しにして、神様が何考えてんのか全部教えてもらうことにしましょうかね……死ぬなよ?」




「すげえ……これがシャルロッタ様の力なのか……」


 エルネットとリリーナは目の前で繰り広げられている、とても人の闘い方とは思えない雇い主の超絶戦闘能力を間近で見せられ、思考が全く追い付いていない状況になっている。

 先ほどまでまるで歯が立たなかった悪魔デーモンを子供扱い……本当に一方的に相手を破壊している、しかも彼女は武器を持っておらず素手で戦っているのだ。

 元々シャルロッタが人の軛を逸脱した存在であるとは薄々感じていたし、凄まじい能力を持っていることもわかっているつもりだった、だが……実際にそれを間近で見せられると理解が全く追いつかない。

 美しい貴族令嬢の外見に恐ろしく獰猛な肉食獣の魂……いや戦闘兵器としての内面があまりにアンバランスだからだ。

 それ以上に普段見せるちょっと危なっかしい少女の姿と、今の猛々しい荒ぶる戦女神としての姿……そのどちらが本当の姿なのか全くわからなくなっている。


「……に、人間じゃないわ……わたしたち、とんでもない存在と契約をしてしまったんじゃ……」

 リリーナが震えながらシャルロッタが悪魔デーモンを破壊していく姿を見ているが、その目にははっきりとした恐怖の色が浮かんでいる。

 エルネットはそんなリリーナをそっと抱き寄せると優しく彼女の頬に口付ける……リリーナが驚いてエルネットを見上げると、彼は微笑を浮かべて首を横に何度か振る。

「……それでも普段のシャルロッタ様を俺たちは見てきただろう? 彼女がどんな存在であれ、俺たちを信頼して……そして危ない時も駆けつけてきてくれたんだ」


「エルネット……」


「……信じよう、彼女のことを」

 エルネットはそれ以上は言わずにそっとリリーナを引き寄せる……二人の目の前で超人と悪魔デーモンの凄まじい激突が繰り広げられている。

 そんな二人の横で黙ったまま、防御結界を張って主人の戦いを見つめるユルは「赤竜の息吹」をシャルロッタが脅迫や金銭で懐柔しようとしなかった理由が分かったような気がした。

 エルネットはおそらくシャルロッタが全世界を敵に回そうとしてもついてくるだろう……それくらい彼女を信頼し、そして彼らが危ない時にはシャルロッタも全力を持って守ろうとするのだろう。


『……シャルが彼らを信頼した理由なのか……人間とは不思議なものだ、シャルもまた人であるという証明なのだろうな……』

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