第七話 シャルロッタ・インテリペリ 一〇歳 〇六

「おはようございますシャルロッタお嬢様」


「ユ……ルッ!?」

 侍女の声でわたくしは思わず叫びながら飛び起きるが……わたくしを不思議そうに見つめる侍女の顔だけしかそこにはない。あれ? アイツどこ行ったんだ? と思いながら辺りを見渡すがそこにはあの黒いモフモフ毛皮の姿はない。

 寝台の上に多少黒い毛が付着しており、さらにほのかに暖かいのを感じるのでちょっと前まではそこにいたことはわかるのだが……。


『……見つかると大変なのでしょう? 影の中におりますよ』


 頭の中に声が響く……念話テレパシーでユルの声が聞こえてきて、良かったという気持ちと共に昨晩うっかり寝てしまったのかと自分自身の緊張感のなさに多少の憤りを感じる。

 転生してからずっと恵まれた生活と、ストレス発散という二重生活にも慣れてはいるが、さすがにユルを部屋に招き入れてから何も隠蔽せずに寝てしまうというのは相当に気が緩んでいる。

 それと朝起きたら見ず知らずの幻獣と一緒に寝てるというおもしろエピソードを今作る気はないのでホッと息を吐いてから、キョトンとしている侍女の視線に気がつく。

「どうされました? 怖い夢でもご覧に?」


「あ……う、うん……少しびっくりしてしまいましたわ……」


「それは良かった……奥様も朝食の準備をお待ちですので、すぐに支度しましょうね」

 すぐに扉から他の侍女たちが入ってきて、わたくしの身支度を始める……寝巻きを脱がされ、軽くお湯と布を使って体を拭かれたあと、服を着替えさせられたあと、鏡の前に座って軽く髪の毛を整えている間にわたくしは念話テレパシーでユルに話しかける。

 ユルをどう説明すればいいのか悩んでいる……ガルムはそう簡単に使役できない幻獣なのだから、たった一〇歳しかもわたくしは別に魔法使いとしての才能などを親に見せたことはないので、バレたら割とまずいんだよね。

 うーん……わたくしは森まで出たことがないことになっていて、領民の前にも顔をほとんど出る機会がなく、接点が少なすぎる気がする。


『では折をみて話せる時まで、我は影の中で貴女をお守りすることにします、そのためにも主従契約をですね……』


 ああ、そっかそっちの方がいいのか……魔法による主従契約を結ぶと、従者となった幻獣や魔物は主人との強い繋がりを得ることになり、色々と効率が良くなるのだ。

 影の中に潜んで待つにしても今はユル側に大きな負担がかかるようになっており、おそらく彼は常に魔力を使う状態になっている。

 主従契約を結ぶことで彼の居場所として影の中を提供できるので、彼は無駄な魔力を使う必要がなくなる……わかったわ。


『……では我ガルム一族の放浪者であるユルはシャルロッタ・インテリペリ様の従者としてお仕えすることを誓約いたします』


 契約承認アプルーヴル、ユルをわたくしの従者として認めます。

 わたくしとユルの念話テレパシーによる主従契約により魔力が高まり、室内に微風が吹いたような感覚が肌に感じられる……侍女たちはいきなり室内に風が吹いたことで少し驚いたようだった。

 わたくしはどうしたの? と言わんばかりのキョトンとした顔で彼女たちの顔を見たことで気のせいだと思ったのだろう、わたくしへ微笑むとそのまま髪の手入れを終わらせた。

「終わりましたよ、お嬢様」


「あ……感謝いたしますわ」

 わたくしはそのまま立ち上がり、朝食を取るために食堂へと向かうことにする……主従契約は機能しているようだ、わたくしの影に潜んでいるユルの存在を身近に感じる。


『シャル……貴女は恐ろしいくらいの魔力量を持っていますね……古老と同じくらいと思ってましたがこれほどとは……』


 まあ、そうだろうね……前世の世界においてもわたくしの魔力量は凄まじかったらしく、旅の仲間たちもドン引きしていたくらいだしな……魔法使いなんか「剣も魔法も規格外ってずるい」ってよく言ってた。

 でも特別な何かをしたわけではない……単純に戦い続けていて気がついたら無茶苦茶なことになっていただけだ。

 わたくしは侍女を伴って食堂へと歩いていく中で、少しだけ昔の仲間のことを思い返す……女神様は無事に生きている、と言っていたが実際に確認ができているわけではないから、本当に彼らが無事かどうかはわかっていないのだ。

 わたくしは誰にも聞かれないように、本当に小さな声で呟く。

「いつか……また会いたいな……」




「……シャル久しいな」


「お父様もお変わりなく」

 本当に珍しいことなのだが、めちゃくちゃ忙しいはずのお父様……この地を統べるインテリペリ伯爵家当主クレメント・インテリペリがお母様と先に食卓へとついており、わたくしは慌ててスカートの裾を軽く持ち上げて頭を下げる。

 栗色の髪に赤い目をしたお父様は、口髭が立派なダンディなおじさまである……イケメンが歳をとるとこうなるんだねえ、という見本のような男性で三人の兄たちもそのうちこんな感じになるんだろうなという気がする。

「朝からシャルは本当に美しいな、座りなさい」


「失礼いたしますわ、お父様」

 わたくしのカーテシーを見て少しだけお父様の顔が緩んだ気がするが、まあわたくし可愛いからな! ……わたくしは黙って自分の食事が用意されている席へと座ると食事を始める。

 我が家は食事の前に何かお祈りを捧げるということはなく、割と自由に食べ始めて良いという割とゆるい家風だったりする。

 なんでも先祖代々戦場暮らしが長いので、食事に時間をかけすぎるのは良くないとか、無駄な時間を作らないという作法が徹底しているのだとか。

「旦那様、シャルはいい子に育ちましたわよ……あとは良い伴侶を見つけるだけですわね」


「もうすでに話は来ているからな……ある程度は選べるんだが……」

 お父様とお母様がわたくしを見ながら微笑むと、婚約の話を始める……うげっ……確かに貴族令嬢であればこのくらいの歳からそう言った縁談について話がくることは知識として身につけている上、侍女たちもよくそんな話をしているが、実際に婚姻を結ばれた日にはとんでもないことになりそうだ。

「あ、あの……わたくしにはまだ婚姻とか結婚は……早いと思っておりますのよ?」


「安心しろシャル、お前は父である私から見ても素晴らしい娘になっているよ、お前は安心して縁談は私たちに任せなさい」

 お父様がとても誇らしげな微笑みを浮かべてわたくしに応えるが、そうじゃない、そうじゃねえんだよ……縁談したくねえって言ってんだよ、お父様。

 わたくしが固まっていると、お母様とお父様は硬直するわたくしを置き去りにして話し始める……貴族令嬢なのだからどうしても避けては通れない道ではあるが、なんとかして未来だけは避けたいと思う気持ちが強い。

 わかるだろ? 意識して女性を演じてはいるが根本的に意識は男性なんだ、わたくしは……薄い本BL本のようなことはしたくないし、できないんだ。

「シャルなら王族との婚約でも釣り合うだろう……ちょうど同い年で、王立学園も同級生になるかもしれないからな」


「まあ、では一五歳になるまでに話が進むといいですわね!」

 超頭痛い……このイングウェイ王国の王子……同い年というとクリストフェル・マルムスティーン殿下、第二王子だったかな、辺境の領地に住んでいると言っても魔導機関が発展したこの世界において、物流や情報流通はそれなりに早い。

 一部の通信などは魔導機関を利用して無線として使われており、王都とこのエスタデルを結ぶ魔導列車なども整備されており、それを使った郵便、配送業などでこの世界における輸送の利便性はとても高い。

 ただ、地方だけではないが一般的な物流は馬車など昔ながらの手段が優勢で、長距離の移動に莫大なコストのかかる魔導列車が本格的に普及するにはまだ何百年も時間がかかりそうだ。

「この間王都より遊びに来ていた子爵夫人からも聞かれましたわ、シャルの美貌は王都で宣伝されてるって」


「インテリペリ辺境伯爵家の令嬢、翡翠のような目の色を讃えて辺境の翡翠姫アルキオネという愛称が付けられていたなあ、流石は我が娘だ」


「……嘘だろ……どうなってんだ……」

 思わず小声で絶句する……なんだその辺境の翡翠姫アルキオネって、どんな宣伝したらそんな愛称がつくんだよ。

 クラクラとする頭を抱えつつも、わたくしはなんとか食事を終えると口をナプキンで拭うと席を立つことにする。少し考える時間が欲しい、寝台に頭を突っ込んで現実を見たくないという気持ちでいっぱいになっている。

 なんとか取り繕うように両親へとお辞儀するとわたくしは侍女を連れて食堂を出ていくことにする……ダメだ色々頭を整理する時間が欲しい。

 そんなわたくしに念話テレパシーでユルが優しく話しかけてくるのを聞いて、わたくしは少しだけため息をついた。


『……婚約とはつがいの話ですね、自分で相手を選べないとは……人間は大変ですね』

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