カラスとスズメと祈り

 ※ カラスがスズメを捕食する残酷な場面があります。ご了承ください。


 休日の昼下り。

 ちょっとした買い物を終えマンションに帰ってくると、駐輪場がにわかに騒がしい。

 私は5月だというのに30度を超える気温にぐったりとしながらも、安全のためには確認はしておいた方がいいとそちらに足を向ける。

 野次馬根性やじうまこんじょうではない。

 あくまで確認のためだ。

 私は、そっと駐輪場をのぞき込んだ。


   *


 駐輪場は、マンションの一階にありトンネルのような構造になっている。

 雨よけになるため虫が集まって来たり、それを狙って鳥がやってくることもある。


『騒がしい』とは言ったが、実は人間のことではない。

 今、私の耳に届いているのは複数の鳥の鳴き声。

 判別は付く。チュンチュンというのはスズメだ。

 だが、普段の鳴き声とは明らかに違いとてもけたたましい。

 それは、危険を察知して叫んでいるようでもあり、何かに怒りをぶつけるような攻撃性も感じられた。

 スズメにしては珍しいその鳴き声に、ただならぬものを感じる。


 しかし、駐輪場のトンネルの中にいたのは、一羽の大きなカラスだった。

 カラスと言うのは、間近で見るととても大きい。

 バスケットボールくらいの大きさがある。

 それが、バサバサと羽根を広げた。

 前言撤回である。

 折り畳み傘を広げたほどの大きさだった。

 正直、とても怖い。

 都市に多くいると言うハシブトガラスだと思われるが、そのくちばしは鋭く獲物を突いていた。

 その獲物がスズメだった。

 

 私は、ハッと息を飲む。

 カラスの鋭い爪で組み敷かれた小さなスズメが、わずかに動いたような気がしたのだ。

 反射的に『助けなければ!』と体が動く。

 タタッと3歩ほど駆け、カラスを追い払うため右手を高らかに上げようとしたが、その手は頭上まで上がらなかった。

 足もカラスの3メートルほど前で止まってしまう。

 私は、暑い熱気と強い日差しの中、黒くつやと輝くカラスを目の前にして自分の正義が揺らいだ。

 目の前のカラスは、ただ生きているだけで、スズメをしいたもてあそんでいる悪党ではない。

 私にとって、残酷に見えるこの光景もカラスにとっては単なる生きるための食事に過ぎない。

 狩りをして得た獲物を食しているだけなのだ。

 それを私が邪魔をしていいのだろうか?

 そんな権利が私にあるのか?

 

 頭上で仲間のスズメが激しく抗議の鳴き声を上げる。

 それに申しわけない気持ちになりながらも、私はその場に立ちすくみ結局、何もできなかった。


   *


 私の頭に『食物連鎖しょくもつれんさ』と言う言葉がよぎる。 

 自然界においての食うか食われるかの一連のサイクルのことだ。

 小さな動物は大きな動物に食べられるのは、自然の摂理せつり

 それに、人間の私は介入してはいけない気がした。

 何もできない私は、ただ傍観するしかなかったが、最後まで見守ることが居合いあわせた私の義務のように感じた。

 

 私の頭上にいる二羽のスズメは、カラスにつかまった仲間を離すようにと鳴き声で威嚇いかくしていたようだ。

 それに対しカラスは鳴き声を上げることもなく、捕まえた獲物を離すまいと鋭い爪でしっかりと押さえつけている。

 私が最初に見たときにはスズメはわずかに動いたような気がしたが、何度かカラスの鋭いくちばしでついばまれまったく動かなくなっていた。

 血は出ていなかったが、羽根が飛び散っている。

 駐輪場で時折、無数の羽根を見かけることがあり、カラスが狩場にしていると管理人さんから聞いていたがまさにそれだった。

 

 その時私は『カラスって怖いけど賢いんですね』とのん気に答えた気がする。


 そんなものじゃなかった。

 目の前で繰り広げられたのは、まさに命のやり取りだった。

 

 私も肉を食べる。

 肉は、最初から肉なのではない。

 もとは、牛であり豚であり、鳥である。

 それらも、最後の時には断末魔だんまつまの叫びとあがきを見せるのだろう。

 あの小さなスズメのように……。

 

 私は熱気でぐったりしていたはずなのに、背筋が伸びた。

 私は何の苦労もせずに毎日、肉を口にする。

 しかし、本来はこのカラスのように苦労して自分の力で狩りをし、獲物の命を奪い、はじめて食べることができるのが『肉』なのだ。

 私は最初、カラスを残酷な悪者だと決めつけたが、今は有能な狩人として尊敬の念を感じた。

 

 同時にスズメたちには、仲間を助けられずに申し訳なく思う。

 彼らも、カラスのエサになるために生まれたわけではない。私が手助けをすれば、この場限りでも助けられた命だったかもしれない。

 スズメから見れば、私は助けられたのに助けてくれなかった卑怯者ひきょうもののように映っただろう。

 私は、その抗議を甘んじて受けようと思う。


 事実、私は手を汚さずに肉を享受きょうじゅする卑怯者であるのだから。


   *


 最後にカラスは、獲物をその両足にしっかりとつかみ大空に飛び立った。

 私の頭上を越え、悠々と羽ばたくカラス。

 青空に黒い大きな翼の影を残すさまは、堂々たる猛禽類もうきんるいのような貫禄かんろくがあった。


 時間にすれば10分にも満たない邂逅かいこうであったが、私は暑さも忘れて目に焼き付けた。


 私は汗をぬぐう。


 そして、小さくなるカラスとスズメの影にそっと両手を合わせ祈った。



 ***

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