十四話

 目の前の席には女の人と男の人が座っていた。どちらも二十代後半くらいに見える。向かって右側に座っていた女の人は、携帯の画面に見入っていた。見逃したドラマを観ているのかも知れない。

 一方、左には一人分の間隔を空け、男の人。仕事帰りで疲れているのか、顔を半分下に向けグッスリと眠っていた。スーツのネクタイは外されていた。


「彼に、起こるかも知れない変化って何なのでしょうか?」


隣に座る室長の顔を向け、私は問いかける。先ほど室長から聞いた、彼に起こる変化というのが気になったのだ。例えば、具体的にどんな内容なのだろうと期待していたのだけれど、結果は

「さあ」

という一言だった。


 一呼吸置いてから、それは話してみないと分かんないね、と室長が更に付け加える。彼女は私の方を見ない。真っ直ぐに前を見据えている。窓の外を眺めているようで、いつかの思い出の景色と重ね合わせている。そんな表情をしていた。


「ただ・・・」

「ただ?」

「自分のことを相手に話してあげることで、その相手を救うこともある、ってことよ。悩みや不安を軽くしてあげたり無くしてあげたり、とかね」


 自分自身を語ることで相手を救う? そんなことがあるのかしら? そんな印象を抱いていた。人は、悩みや不安を誰かに聞いてもらうことで、自身の心の負担を軽くしている生き物だと思っていたから。

 尤も、人に話せる内は、まだ心にどこか余裕があると言えなくもないけれど。


「ま、石川の好きなように、思うがままにやりなしゃれ」

「ふふふ」

笑ってから、はい、と私は返事をした。



 電車の揺れが心地よくなってきた。そんな無言の間を、室長が不意に区切りをつける。


「憎んでる?」

「憎む?」

何をです?と付け足す。

「例の担任。小学校時代の男の担任」

「さあ。どうでしょう」

「担任というか、ソイツと石川が出会ってしまった運命を、かな」

「今となって思うのは、なるべくしてなってしまった事かと」

「・・・ねえ、石川は自分のために笑えている?」

「ええ」

「本当?誰かのために笑ってない?」

「・・・」



 電車が徐々に減速していく。間もなくJR西船橋駅に到着しようとしていた。


「室長、今日はありがとうございました。色々と」

そう言ってから、私は席を立つ。

「いいよ。それより、もう遅いから気をつけて帰んなよ」

「はあい」

 私は笑顔で室長に手を振る。間もなく電車のドアが開いた。今日は総武線で帰ろう。そう心に決めた。

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