第二章

一話

 新幹線は予定通り、順調にその進路を進めていた。私は携帯電話の時刻を確認する。駅に着くまで、残り一時間弱。隣の紳士は相変わらずノートパソコンに夢中になっている。時折ペットボトルのお茶を飲んでいた。

 紳士の手が止まる時、ペットボトルのオレンジ色のキャップが無意味に回される。考え事をしている最中は、無意識に蓋の開け閉めをするのがこの紳士の癖なのかな、と私は勝手に想像していた。

 何気なく、車両前方にある電光掲示板を眺める。目的地周辺の天気予報の文字が右から左に流れて行く。どうやら雲ひとつとない快晴らしい。そういえば、この電光掲示板の文字の色もオレンジだった。

 

 多くの人間と知り合うことよりも、一人の人間を深く知る方がはるかに難しい。彼が、そんな事を言っていたのを不意に思い出した。



「何でその人のことをよくも知らないのに、その人のことを好きになるんだと思う?」

彼が、私に問いかける。

「分からんです。あたし、そんなこと深く考えたことない」

私が軽く受け流す。愛想笑いを浮かべて。

「そもそも好きって何? 気の合う・合わないって何?」

「どちらも分からんです」


 さっきと全く同様のリアクションをした。彼が、首を曲げ私とは違う方向を見る。

「男の子は皆カワイイ子が好きなんじゃないの?」

とりあえず、広くはまりそうな意見を伝えてみる。

「否定はしません。でも、最初だけだよ。深く付き合っていくと中身を重視するようになる」


しばしの間の沈黙。


「やっぱり俺ってナルシストでロマンチストかな?」

「今頃気付いたの?」

「おい」


 彼は、再び顔をこちらに向けた。表情が、少しは否定してくれよ、と物語っている。私は何だか少し、可笑しくなった。

「気分が昂ぶってくると、ふとしたタイミングで決め台詞みたいなものが頭に浮かぶんだ。時々、その思いついたフレーズをメモったりするんだよね」

「ふふふ。結構そういう人居るんじゃない?男の人って」

「でもさ、時間が経ってからメモを見返すとさ、俺は何でこんなこと書いたんだろうって思うんだよ。恥ずかしく感じるというか、変に冷めてくるんだ」


「大人になったのよ。きっと」

「大人? 見返すのは一週間後とかだぜ」

「それでも、やっぱりその分大人になったのよ」

そう言うと、今度は私が彼から顔を逸らす番だった。



「生まれてくる、明日の手は、純粋そのままで」



彼が、いきなり歌を口ずさむ。

「何の歌?」

本当に可笑しくなって、私は訊くのだった。きっと、彼がよく聴いていたバンドの曲に違いない。

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