第3話 堀川龍乃(中学生)[2]

 いや、「裏」と言ってはいけないんだな。

 正流せいりゅうの家が永遠ようおんというお寺で、龍乃たつのの家はその門前で花屋さんをやらせてもらっているのだから。

 永遠寺が中心で、龍乃の家がその「前」にくっついている、と言うべき。

 その永遠寺は、いまは、龍乃の家よりも小さいお堂と、少しだけのお墓と、あとはやっぱり龍乃の家よりも小さい正流の家があるだけのせせこましいお寺だ。

 もっとも、龍乃の家は、もともとは民宿というのを開いていた家で、部屋の数が多いので、民宿ではない普通の家と較べれば広い。だから、正流の家も、ふつうの家よりは大きいのかも知れないけど。

 でも、昔はそれどころではなかった。いま永遠寺ちょうと名のつく一帯がこのお寺の領地だったという。

 いまも、正流の家の永遠寺は、庭と墓地まで合わせれば、龍乃の家の何倍もの広さがある。

 生まれるのが何百年か早ければ、正流はお寺のあとぎ、龍乃はそのめし使つかいの家柄で、身分が違っていた。口もきいてもらえなかったかも知れない。

 「すごい揺れたな」

 その寺のせっかちな跡継ぎが続けてWiワイエスでメッセージを送ってくる。

 どうせすぐそこ家にいるんだ。窓からちょっと大きい声を出して言えば届く距離なのに、律儀りちぎなのか、それとも女の子と面と向かってしゃべれないくらいに恥ずかしがりなのか。

 わりと恥ずかしがりなのはまちがいないんだけど。

 「正流からだよ」

 安心させるように笑ってお母さんに言うと、龍乃はわざとゆっくりと返事をしたためる。

 「だいじょうぶだよ。そっちは?」

 まあ、何ごともなかっただろうことは、窓から見ていて想像がつく。

 龍乃の家のこの古い建物は、ともかく窓が大きいのだ。ちょっと首をひねっただけで、その広い永遠寺の庭とお堂と正流の家が一目で見渡せる。

 正流からはすぐに返事が返ってきた。うちもだいじょうぶだよ、というくらいの内容だろうと思って横目で見る。

 「外見てみろ。表のほう」

 「すごいことになってるな」

 なんだよそれ、一人ですごいつもりになって、と顔を上げると、お母さんがスマートフォンの画面をのぞき込みそうな勢いだ。

 いま見られても困ったことはない。でも、見られたところにちょうどゲームのスコアが着信したりしたら困る。

 それで、すぐ近くからお母さんの顔を見上げて、龍乃は言った。

 「正流が、表を見てみろ、って。すごいことになってる、って」

 「なに?」

 信じていなさそうな声を立てて、それでもお母さんは廊下に出た。開け放してあった窓から外を見上げる。

 ぱらぱらぱらと屋根が音を立てた。夕立が降り始めたときのようだ。でも大きい窓から見える空はきれいに晴れている。雨なんか降りそうにない。そこに、

「龍乃っ!」

 お母さんの張り詰めた声だ。

 なんだよ、お母さんまで、と思って、龍乃はスマートフォンをまた机の上に投げ出し、廊下に出る。

 廊下の窓のところまで行く必要はなかった。廊下の窓も大きくて、その手前から外の様子がよく見えるから。

 龍乃も声を失った。

 「あ……あ……あ……」

 表の松の木の向こうに、真っ黒なきのこ雲がもくもくと立ち上がっているところだった。

 その雲から、黒い何かがぱらぱらと降ってきて、黒い色の霧のようなものが吹き過ぎる。

 まるでファンタジーのゲームの画面のようだ。この景色に重なって

「この日から世の終わりが始まった」

という字幕でも浮かんできそうな。

 でも、それはゲームの画面でも何でもなく、まぎれもなく廊下の窓の向こうで進行中のできごとだった。

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