第2話

喫茶店に着いてみると、平日の午前中だったため店内はやはり空いていた。白髪のマダムが一人で優雅に雑誌を読んでいるだけだ。僕はとりあえずモーニングセットを頼み、バタートーストをかじりながら卒業文集のページを開いた。


まず自分の所を読んでみたのだが、僕は書いてある内容の幼稚さに思わず赤くなってしまった。

「こ、高校生の時の自分ってこんなしょーもない事しか書けなかったのか・・・」

他の仲良かった奴らはどんな事書いてあるのか見てみると、みんな書いてある内容は大して変わりなく、僕は何だかほっとした。まあ、高校生というのは馬鹿をやってもある程度大目に見てもらえる年ごろなのである。


パラパラとめくっている内に、最後の方で僕は緑川さんの名前を見つけた。おっと思い手を止めて読んでみると、流石は緑川さん、と言いたくなるような深い文章だった。書いてあった内容を要約すると大体こんな感じだ。

「私が高校生活の中で感じたこと、それは人生というものはある日突然変わりうる、ということです。もちろん突発的な要素もありますが、何より大切な人との出会い、それが人生を最も規定する出来事なのではないでしょうか?誰かが人生を振り返った時に、あの時緑川と出会えて良かったと言ってもらえるような、そんな人になれたらと思いながら、これからの人生を歩んで行こうと思います。」


おいおい素晴らしいな、と僕は思った。28になった今でも、自分はこんな風に書けるのか怪しい所である。

ただ緑川さんの文章を読んでいる内に、僕は違和感を感じずには居られなかった。緑川さんの文章にしては、何だか要らない言葉が入っているというか、妙な言葉遣いをしているというか・・・。


僕がこんな風に感じたのには訳がある。緑川さんが絵の才能に溢れていたことはさっき言ったが、彼女は実は文章の才能もあり、校内の作文コンクールでは何度も優勝するほどだったのだ。

彼女の文章は余計な言葉を挟まず、シンプルで美しい。そんな緑川さんが、一生残る卒業文集で要らない言葉を書くというのは、何だかピンと来なかった。僕はそんな違和感を感じて文集を眺めながら、ミルクと砂糖を入れたコーヒーをちびちびと飲んでいた。


3度目くらいにその文章を読み返した時だった。僕はその文章の中にひっそりと隠された違和感の正体に気づいて、思わず大声を出してしまった。


「た、たて読み!?」


あまりに大きな声を出してしまったせいで、前の席に座っていた白髪のマダムが、怪訝そうな顔をしてこちらを振り返った。僕は軽く目で謝ってから、今のとんでもない発見をもう一度確認してみた。


一番左の文字が縦読みになっている、というのは良くある話だが、緑川さんが縦読みを仕込んでいたのはなんと左から5文字目であった。これなら1回読んだだけなら絶対に分かりっこない。平日の朝から喫茶店でコーヒーを飲んでいるような暇人でなければまず無理な話しだ。僕はマダムに聞こえない位の小声で、緑川さんの隠されたメッセージを読んでみた。


「さ ん か く こ う え ん で き の し た を ほ れ」


三角公園で木の下を掘れ?ということだろうか。三角公園と言えば、僕たちが通っていた高校のそばにある小さな公園である。みんな通学路で必ず通るところにあったのだが、高校生だったのでもちろん遊んだことはない。


僕は喫茶店の壁掛け時計を確認してみた。時間はまだ10時半を回った所だ。まあ暇だし、行ってみるか、と僕は思った。緑川さんからのメッセージを受け取ったのは、たぶん10年間で自分が初めてだ。なぜかは分からないがそんな確信があった。

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