第15話 テオ・ランバート


 拘回虫症の治療薬が出来上がった。


「まさか本当に、センチメンの花から薬ができるなんて思いもよりませんでした」


 修道院長が呟く。


「蕾から作ったエーテルエキスから、有効成分の結晶が取り出すことができるなんて、さすがです」


 私がキラキラした目をギヨタンに向けると、ギヨタンは照れたようにはにかむ。


「ご褒美として、ルネ様のお尻尾をモフモフ……」

「ダメだ」


 リアムがギヨタンの言葉を遮る。


「尻尾はダメです。お兄様だけ特別です」


 私が答えると、恨めしそうな目でギヨタンが強請る。


「では、せめてお耳だけでも」

「耳だったら良いですよ」


 私はそう笑って、ギヨタンに頭を突き出した。

 ギヨタンは、大きくため息を吐きながら、私の耳をモフモフする。


「はぁぁぁ、幸せ。おおきなおみみ……、頑張ってきた甲斐があった……」


 ギヨタンがまったりと私の耳を堪能する。


「それで、この薬の使い方は?」


 リアムは不機嫌に尋ねる。


「この薬を飲むと拘回虫を体内で麻痺させることができるんです。虫を麻痺させた状態で、下剤を飲むと排出することができます」


 ギヨタンが説明する。ようは虫下しだ。


「安全性は?」

「修道院内の回虫症患者に使いました。山送りにされたショックで、発症する人が多いですからね。全員、健康を取り戻しました」


 ギヨタンの答えに、修道院長も同意するように頷く。


「すごい薬です。修道院の中も明るくなりました」

「そうか、よくやった。だが、そろそろルネから離れてもらいたい」


 リアムはそう言いつつ、ギヨタンの手を私の耳から引き離した。

 ギヨタンは名残惜しそうに自分の指先を見つめ、そして匂いを嗅いだ。


 やめてほしい……。


 ギヨタンは指先をスハスハ吸いながら、リアムに頼む。


「それで、修道院外の人にも薬を使ってみてほしいのです。トルソー医師に頼めますか?」


 リアムは無言で頷く。


「修道院で病気の治療ができたら良いのに……」


 私は思わず呟く。


「私もそう思います。そうすれば、技術も衰えないですし、データもたくさん集まりますしね」


 ギヨタンも同意する。


 それを聞いたリアムと修道院長は頷きあう。


「そうだね。ギヨタンに無意味な労役をさせるより、技術を生かしてもらったほうが良い」

「私もそう思います。労役中はルナール領民の治療に当たらせたらどうでしょうか」


 ふたりはルナール侯爵に交渉し、修道院内でギヨタンが領民の治療をすることができるようにしてくれた。

 そうして、拘回虫症の治験は順調に進みだした。



*****



 修道院での診察は労役のため基本無料だ。薬代は徴収するが、開発中の薬を希望すれば、薬代も無料にした。

 おかげで、領民にも好評だった。


「修道院では役にも立たない労役で、無意味だと感じていましたが、治療ができるのは楽しいものです」


 ギヨタンが言う。


「だったら、ほかの人たちの労役も、得意分野を生かしたルナール領への奉仕活動にしてもらったらたらどうでしょう?」


 私は提案する。医師のほかにも、技術者や芸術をたしなむ貴族などのいるのだ。そう思って私は前世での知識を思い出した。


 そうだ! 逆算すれば、今、ここには、将来、運河を作る建築家が山流しにあっているはず!


「王都の技術を知れば、もっと領地が発展するわ。たとえば、建築家などいませんか?」


 私はグッと拳を握りしめた。


「なにか建物を建てたいのですか?」


 修道院長が怪訝な顔で尋ねる。


「いえ、ルナール川の治水工事をしたいんです!」


 私の言葉に、リアムとギヨタン、修道院長が目を見開いた。


<ほう、それは良い案だ>


 半透明のライネケ様がフワリと現れ、私を背中から包み込んだ。

 ライネケ様は登場すると、当然のように私を背中から抱きしめる。


 ライネケ様に賛成してもらえると自信がもてる! 


「ここに今、テオ・ランバートという方はいらっしゃいませんか?」


 私が尋ねると、修道院長は驚いたように私を見た。


「なぜ、その名を……」

「精霊ライネケ様のお告げです」


 私は両手を組み合わせて、神妙な顔をした。


<まったく……、お前はキツネ並みの悪賢さだな>


 ライネケ様が苦笑いをしている。

 私はそれを褒め言葉として受け取る。


「たしかに、その名の罪人はおります。しかし、あの者は収賄の罪で収容されています。建築に関わらせたら、また同じことをおこなうかもしれません」


 修道院長は困ったように答える。


「その者に会うようにと、ライネケ様は言っております」


 私が厳かに言うと、修道院長は居住まいを正した。


「では、すぐに連れてきます」


 そして、修道院長に連れられてきたのは、茶色い髪の青年だった。二十歳くらいだろうか。まだ年若い。猫背で、そばかすのある青年は、オドオドとしている。


「こちらがテオ・ランバートです」


 テオはペコ地とお辞儀をし、消え入りそうな声で名乗った。ずっと地面を見ていて、目を合わせようとしない。


「テオ先生、ルナールに力を貸してください」


 私が言うと、テオは一歩後ずさり、ブンブンと頭を振った。


「先生だなんてっ……。……僕なんかダメです。貴族に賄賂をおくった能なしです……」

「それはえん罪ですよね?」


 私が言うと、テオはサッと顔を青ざめさせた。


「な、なぜ、それを……? どうして……?」

「そうなのですか?」


 修道院長に尋ねられ、テオは深く俯き手を振って、さらに一歩後ろにさがった。


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