第27話 商人アッハン
片手を腰、もう一方の手を頭の後ろに持っていって、盛大に妖艶なセクシーポーズを決め込む爆乳の女を、私はつい凝視してしまう。
「……すごい胸だな」
思わずボソッと呟いた言葉を聞いたルルイエとツバキの瞳から急速に温もりが失われ、
「これだから男は……」
『ゴブゴブ……』
「ま、待て! 誤解だ! その嫌悪と軽蔑の眼差しは私に効く! 仕方なかろう! あれは誰でも胸に目が行くはずだ!」
思春期の多感な娘を持つ父親の気分を味わう私は、慌てて弁解して、チカチカと物理的に眩しい女を指差す。
彼女は、はち切れんばかりの爆乳をチューブトップと呼ばれるタイプの服で覆っており、なぜだか知らんがその服が店の看板のように虹色に発光して、刻一刻と色を変えているのだ。
電飾で飾っているわけではなく、服の素材そのものが光を放つ性質を帯びているらしい。
これだけチカチカと派手に強調されれば、性別や胸の大きさに関係なく誰でも凝視してしまうはずだ!
必死の訴えに、やれやれとため息をついた二人は、虹色に光る女に視線を向け、
「まあ、確かにこれは目を引く強烈な胸ですね。なんですか、このゲーミングおっぱいは」
『ゴブゴブ』
そうだろう、そうだろう! 『なんだこれ?』とつい見てしまうだろう? 私は無罪だ!
私たちだけでなくこの場にいる全員の視線を集める女は、嬉しそうに胸を強調するセクシーポーズへと変え、甘ったるい声を上げる。
「アハーン! 見られてるぅ……わたくしに注目が集まってるぅ……! 美しすぎる体って罪ぃ……!」
あ、これはあまり関わらないほうがよさそうだ。
見られることによる快感で恍惚と打ち震える圧倒的な変態性。そこはかとなく漂うルルイエに似た残念さ。
私は本能が悟る――関わったら絶対に面倒になるやつだ、と。
正直、今すぐこの場を立ち去りたいくらいだ。宙賊から救ったことを猛烈に後悔し始める。
「それでぇ? わたくしの美貌に見惚れる骸骨のセンチョーさんは、何をお望みになさいますのぉ? もしかしてぇ、わ・た・く・し?」
「それはない!」
「アハーン! 食い気味の否定! 辛辣ぅ!」
拒絶されて落ち込むどころか自らの体を抱きしめるようにプルプルと震えて喜ぶ女に、私は軽く、いやドン引きする。
マゾヒストか? マズいな。ツバキの教育に悪そうだ。
だがしかし、
「――――」
派手な服や持ち前の変態性により一瞬にしてこの場を支配したと言っても過言ではない女は、突然、スッと背筋を伸ばすと、狡猾な蛇のように鋭い眼差しで私たちを見据える。
「何をお望みになさいますか? わたくしめに何なりとお申し付けくださいませ――」
洗練された所作に裏打ちされた気品漂う立ち振る舞いと言葉遣い。
セクシーポーズをしていた変態はどこへ行ったのだろう?
驚くほどの豹変っぷり。もはや別人である。
この女、一見ふざけた危ない人間かと思いきや、なかなかのやり手だぞ。戦闘力は皆無に近いが、話術や交渉術においては警戒に値する。
「ほう? 貴様になんでも要求していいのか?」
「はい、何なりと。これでも商人の端くれ。お望みのものがあれば、なんでもご用意いたしましょう」
「誰かの死体と言ったら?」
「この場にいる者ならすぐにでも。ここにいない者は少々お時間を頂ければ」
「殺人もいとわないと?」
「それで生き残れるのなら、他人を犠牲にすることに何の躊躇もありませんわ」
この女は本気だな。あらゆる選択肢を損得勘定し、それが最善かつ利益に繋がるものであれば、人さえ瞬きすることなく殺すだろう。
冷酷までに合理的。骨の髄まで生粋の商人。最も大事にしているのは金でも権力でもなく己の命――
これは敵に回すと厄介そうだ。だが、こういう女は嫌いではない。
「お主、名は何という?」
「アッハン・モンモンローと申しますわ」
「アッハンか。覚えておこう。さて、我らの望みだったな。ナニをお主に求めようか……」
豊満な胸がチカチカと輝くアッハンの体をわざと舐るようにジロジロと見る。と、
「アハーン!」
って、ノリノリでセクシーポーズを決めるでない! こっちが気まずくなるではないか! やはりそれがお主の素か!?
「お待ちください、お客様! お客様のお手を煩わせるわけにはいきません! ここは私どもに――」
「アハーン! 骸骨のセンチョーさんに命を救われたのはわたくしも同じ。乗客も乗務員も関係ありませんわぁ。それにここで恩返しをせねば商人の名折れ。男前な乗務員さんのお気持ちは大変よくわかりますがぁ、お口にチャックをお願いしますぅ――死人を出したくないのならば、ね」
床に手を膝をつけたまま懇願する船員に、アッハンは胸を殊更強調させるように屈み、バチコンッと強烈なウィンクを炸裂。
さすが商人。状況を読むのが上手い。私の機嫌を損ねると危ないと悟ったのだろう。これ以上余計なことを言わないよう船員や周囲の人間に釘を刺したか。
「――決めたぞ」
私の言葉に、この場の恐怖と緊張が一気に高まる。
平然としているのは、私とルルイエとツバキと、そしてニコニコ笑顔を崩さないアッハンという女商人だけ。
必死に乗客を護ろうとする船員の男も顔を青ざめ、祈るように『どうか、何卒――』と頭を下げ続けている。
「我らが求めるのは――」
シンと静まり返った中央ホールに響く私の声。微かに聞こえてくる息を呑む音。
恐怖に震えるニンゲンたちをゆっくりと見回して存分に恐怖を掻き立て、長い時間をかけてもったいぶってから、私は予め決めていた要求を厳かに告げる。
「我らが求めるのは、エプロンである!」
「……は?」
思わず『は?』と言ってしまったのは、私の目の前で土下座をしていた船員の男だ。理解不能といった様子で、ポカーンと口を開けて間抜け面を晒している。
それは他のニンゲンも同じだった。面白いほど全員が同じ顔である。
まあ無理もない。散々死と恐怖を煽っておいてのエプロンだからな。逆の立場だったら私もそのような反応をしたはずだ。
「い、今、なんと……?」
「だからエプロンである。誰かエプロンを持っておらぬか? データでも良いぞ」
「え、えぷろん、とは……? 一体どういうもので……? なにかの隠語……?」
「衣服の汚れを防ぐために着用する前掛けのエプロンだ。家や飲食店でニンゲンが着るだろう?」
「あのエプロンですか?」
「そのエプロンだ」
船員の男は、エプロンを理解してもなおポカーンと口を開けて呆然とする。
この場にいる全員を護るために命を懸けて無謀な行動に出たのに、要求されたのがエプロンでは全く格好がつかんな。
シリアスな空気が一転してギャグになってしまったが、仕方がない。これも
「誰かエプロン様をお持ちではありませんかっ!? 子供用から大人用まで幅広く求めています! ええ、求めていますとも!」
エプロン狂いのルルイエが乗客の間に瞬時に移動して問いかけて回っている。しかし、脅し過ぎたのか反応が乏しい。
そこに唯一声を上げた商人がいた。アッハンだ。
「アハーン! エプロンの雑誌データならこちらにぃ」
「見せてください!」
アッハンが豊満な胸の谷間から取り出したのは、掌サイズの小型タブレット端末だ。その端末から、表紙にエプロン姿のモデルが写った雑誌がホログラム状に浮かび上がる。
「隠しきれないエプロンへの情熱と愛……エプロン教の方とお見受けしますぅ。こちら、エプロン教監修の『月刊エプロン様』という雑誌の今月号でございますよぉ」
「『月刊エプロン様』!? こんなに素晴らしい雑誌を作っているのですか! さすが同志たちです!」
月刊エプロン様……? 宇宙にはそんなマニアックな雑誌もあるのか。しかもエプロン教の監修だと? ルルイエ以外にもエプロン教の信者がいるのだな。驚きだ。
「むむむ?」
「いかがなさいましたかぁ?」
「この表紙のエプロンを着ている女性は――」
「彼女は『クティラ・ラムレイ』というコズミックモデルでございますよぉ。ラムレイ帝星国の皇女殿下でもあらせられますぅ」
クティラ・ラムレイ。私でも知っている有名モデルである。赤い瞳に赤い髪。若干吊り目がちで気の強そうな赤が似合う美人だ。
よく男関係でゴシップ記事が出る、いわゆるお騒がせモデルだったはずだ。
そんな彼女がラムレイ帝星国の皇女殿下という情報は知らなかったな。
「普段あまりエプロン様を着ていないようですね。上手く着こなせていません。100点満点中56点といったところでしょうか。まだまだ精進が足りませんね、彼女も、そして雑誌を監修をする同志たちも」
有名なコズミックモデルの表紙には、自称”エプロン女教皇”という敬虔なエプロン教信者であるルルイエにしかわからない何かがあるらしい。私には、美人なモデルがエプロンを着ているな、くらいにしか思えない。
「中身は……ほうほう! これが今流行のエプロン様のデザインですか! なるほどなるほど!」
目が血走るほど雑誌の中身を凝視するルルイエは、はっきり言って危ない人である。今の彼女に近寄らないほうがよさそうだ。狂気で汚染される。
クネクネとセクシーポーズを披露するアッハンは、周囲に聞こえるわざとらしい声でさらに情報を告げる。
「実はぁ、この雑誌に載っているエプロンを取り扱っているのはぁ、モブキャーラという大企業のネット通販サイトでぇ」
「モブキャーラ?」
「はて? どこかで聞いた覚えが……」
無意識に視線が向いたその先にいたのは、さっき騒ぎ立てていたお金持ち風のお坊ちゃんだ。
こやつ、確か大企業モブキャーラの御曹司とか言っていなかったか?
「な、なんだ!? なぜボクを見る!?」
「アハーン! これはこれは偶然ですねぇ。大企業モブキャーラの御曹司様ぁ! 御曹司様のお噂は、わたくしの出身地フィジカルビューティー星にも届いていますのよぉ。なんでも、創業して以来、最も社長に相応しい男だとか」
アッハンの甘ったるい言葉に、オドオドしていたお坊ちゃんの耳がピクリと動く。
そんなにあからさまな嘘が通用するわけが……
「なに? そんなに噂になっているのか? アッハッハ! 困るなぁ! ま、事実だからしょうがない! そうだな、ボクこそが次期モブキャーラの社長に相応しい男だ!」
チョロいな! こやつ、一瞬にして調子に乗ったぞ! 相手がアッハンのような派手派手しい胸の大きな女の言葉だからって、チョロすぎないか?
アッハンはなおも誇大すぎるお世辞をペラペラと述べる。
「御曹司様が亡くなってしまったら宇宙全体の損失ですわぁ」
「そんなこと……あるな! フッ! 宇宙のためにボクは死ねない!」
「御曹司様。宙賊から救ってくださった彼らは、御社の通販サイトで販売しているエプロンを欲しておりますのぉ。エプロンをお渡しになれば御曹司様の命は奪わないそうですぅ」
「なに? 本当かっ!?」
話に喰いついたお坊ちゃんにアッハンは、
「そしてもし、この場にいる全員分の報酬を御曹司様が肩代わりすれば、貴方様はわたくしたちの命を救ったことになり、宇宙全土から勇敢なる行動を称えられて、こう呼ばれるでしょうね」
――英雄、と。
ピクピクと耳が動いた御曹司のお坊ちゃんは、次の瞬間、威勢よく立ち上がり、声高々に宣言する。
「いいだろう! すべてボクが肩代わりしようじゃないか! 英雄たるボクが!」
狙い通りに事が進んだアッハンは甘ったるい笑顔を輝かせ、
「まぁ! ありがとうございますぅ! さすが器が違いますわぁ! だそうですので、エプロン教の信徒さん、こちらの御曹司様がエプロンを買ってくださるそうですよぉ!」
「本当ですかっ!? では、このエプロン様と、このエプロン様と、こっちのエプロン様も――」
「アッハッハ! エプロンくらいいくらでも買ってやろう! なんせ英雄たる男だからな! ん? よく見れば良い女だな。ボクの女にならないか? 欲しいものがあれば何でも買ってやるぞ。実は今回のフライトでロイヤルスウィートファーストという最上級の席に座っていてな――」
……あっちは放っておいてよさそうだ。
ルルイエの美貌に夢中になった御曹司のお坊ちゃんが懸命に口説いているが、肝心の本人はエプロンを購入することに夢中で全く聞いていない。もし彼女の体を触ろうものなら男に悲惨な未来が訪れるだけし、心配する必要もないだろう。
「すべてお主の差し金か、アッハン?」
「まさかぁ! わたくしは運と勘と体が少し良いだけの、しがない商人にすぎませんわぁ!」
ニコニコと笑顔を浮かべ、セクシーポーズを決めながら胸を虹色に光らせるふざけた女。しかし、チョロい御曹司のお坊ちゃんを手玉に取った際に、一瞬浮かべた悪魔のような深い笑みを、私は見逃さなかったからな。
「油断ならない女だ」
「アハーン! 商人としての誉め言葉と受け取りますわぁ。骸骨のセンチョーさん。ぜひ貴方様にも命を救ってくださったお礼をしとうございますぅ……個人的にぃ♡」
胸を強調させてわざとらしい上目遣い。豊満な胸の上に載った虹色のオパールのネックレスがキラリと輝く。
相変わらず眩しい胸だな、と思っていると、私とアッハンの間に小柄な人物が割り込んできた。
『ゴブ! ゴブゴブ!』
『それ以上はダメ!』と言いたげに、ツバキは両手を広げてガードし、キッとアッハンを睨んでいる。
くっ! ウチの子が勇敢で可愛すぎないか!
「アハーン! これはこれは可愛らしい
『ゴブ? ゴッブゥ!?』
『そう? そんな風に見える!?』とアッハンにおだてられて得意げに胸を張るツバキ。
おいおい。ツバキよ、チョロくないか? 私は少し心配だぞ。
「貴女にはコレを差し上げますわぁ」
『ゴブ?』
「こちらは『ハリセン』と言いましてぇ、オモチャの一種ですぅ。これで叩くと大きな音が鳴りますがぁ、音の割に痛みはほとんどありません。破れても自己修復しますよぉ」
『ゴブ!』
紙を折り畳んだような形状をしているハリセンをツバキは気に入ったらしい。ブンブンと楽しそうに振り回している。
ツバキが気に入るものを的確に選ぶとは、さすが商人といったところか。
「骸骨のセンチョーさんには、こういうのはいかがですかぁ?」
胸の谷間に指を突っ込んで再び取り出した二台目の小型タブレット端末。
なぜそんなところに仕舞っておく? という疑問はこの際、横に置いておこう。
私は他の者のようにチョロくないぞ!
「骸骨のセンチョーさんに似合いそうな船長服のカタログですぅ。ご存じかわかりませんがぁ、英雄戦隊に登場した『幽玄提督閣下』という悪役キャラをモチーフにしたデザインとなっておりましてぇ」
「なに!? 幽玄提督閣下だと!? これは見過ごせん!」
「アハーン! 予想以上の食いつきぃ! わたくしの体には見向きもしなかったくせにぃ! 嫉妬しちゃいますわぁ!」
「嫉妬とかどうでもいいから、早く私に見せるのだ!」
タブレット端末の画面に映る幽玄提督閣下が着ていたものにそっくりな船長服。
こ、この会社は、閣下の衣装をデザインしていた会社なのか!
くっ! 欲しい! 全部欲しいぞ! もう見るだけでも楽しい!
「骸骨のセンチョーさんってばぁ、積極的ぃ! アハーン!」
む? おっと、無意識に体が密着するほど近づいてしまっていたか。骨の腕にアッハンの大きな胸が当たってしまっている。
アッハンがタブレット端末を握っているから、必然的に近寄ってしまうのだ。
そんなことよりも私にもっと見せてくれ! えぇい! 画面が小さくてもどかしい!
より一層顔を近づける私。クネクネと体をくねらせて喜ぶアッハン。
『ゴブブ……』
意識の片隅でツバキの不満そうな声が聞こえたかと思うと、次の瞬間、
『ゴブッ!』
――パァァンッ!
「アハーン! なんでわたくしぃ!?」
貰ったばかりのハリセンをツバキはアッハンの尻にフルスイング。
小気味良い爽快な音が中央ホールに響き渡った。
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