第14話 ブラクスとアカシアとモノクル

「ふむ……、赤星太陽の勝ちでございますな」


 碁ッドの間で水晶玉を見つめる老魔導士の声はいつものような威勢はなく、ため息をついた。


「碁ッド様、赤星太陽、この老魔導士の造りしスノーゴーレムを打ち破りましてございます……。スノーゴーレムは勝利を目前にしながら投了しました……。この結果にはこの老魔導士目も困惑しておりまする……」


「スノーゴーレムさん、かわいそすぎるよ…」


 一緒に水晶で観戦していたマルリタ姫はその場にへたり込んで泣いている。

 

「赤星太陽、所詮は健康な若い男子、女子の誘惑には抗えないと踏んだのですが、この老魔導士、誤算がありましたようで、申し訳ありませぬ……」


「フ……、お前の誤算というのは奴の心の事であろう?」


 老魔導士があえて言おうとしない事を指摘に老魔導士の顔色が変わった。


「奴には妙な引力があるからな、お前のせいではない」


 碁ッドは対局が始まる前にスノーゴーレムが女性であることを聞かされていて、その時点でたとえ何があろうとも赤星太陽が勝つことはわかっていた。


「これで残る中ボスは黒騎士のみ、次こそは必ず……」


「碁ッド様! 心配には及びませんぞ! この黒騎士、ブラクスが必ずやこの若造を打ち破ってごらんに入れましょう!」


 スノーゴーレムが敗北したという情報を独自に入手していた黒騎士が碁ッドの間に入ってきた。

 黒騎士の名の通り全身を黒鎧に包まれている男はブラクスと名乗った。旧魔王軍においては部隊長の座にいた男だがこの男には黒い噂が絶えない事でも有名だった。

 この黒騎士を見るなりマルリタ姫は物陰に隠れてしまった。


「これはこれはマルリタ姫、お初にお目にかかります。いきなり隠れなさるとはどうかされましたかな?」


「黒騎士よ、お主のオーラは若き姫君の肌には悪いようじゃ、下がれ」

 

 マルリタ姫の様子に配慮して老魔導士は退室を命じた。


「それはそれは心外ではありますが致し方ありませんな、それではこれにて」 


 不敵な笑みを浮かべた後に黒騎士はマントを翻し颯爽と出て行った。

 この黒騎士に碁ッドは特に関心を示した様子はなかった。


「なんなのよ老魔導士ちゃんあの人、嫌なにおいがプンプンするんですけど⁉」

 

 黒騎士が出て行ったのを確認すると物陰から出てきて老魔導士に詰め寄った。その場に立ち込めている黒い気配をバタバタと手で払い空気の入れ替えをするように窓もすべて開けた。


「今回の中ボス候補を考えておる時にな、あやつの方から申し出があったんじゃ。この老魔導士もあやつの参入は不本意ではあるのじゃが他に妥当なのがいなくてな。あやつだけはまだ魔王軍の名残のようなものがあるのが気になるが……」

 

 老魔導士が不本意と言っていたのは黒騎士の性質に不満があるからだった。魔王軍時代は手段を選ばない性格で黒騎士の称号を得て部隊長としての地位まで上り詰めた。しかし平和な世の中になった今においてはそれらの名誉も負の烙印でしかない。

 黒騎士はそれらを返上しようという名目で中ボス選抜に志願した。


「どこの世界にもそういう奴はいる。成り上がるために不正をする奴か……、黒騎士ではなく黒棋士と言ったところか」


「へー、碁ッド様も冗談を言う事があるんですね、びっくりです。碁ッド様の新しい一面を発見出来てなんかラッキーです!」


 普段の碁ッドは碁の勉強に集中しているが時々会話に参加することがある。しかしこういう冗談をいうのは初めての事だった。これには老魔導士も意外そうな顔をしていた。ようやく心を開き始めたとマルリタ姫と老魔導士は思った。


              ――――――


「お戻りですかブラクス様」


 日当たりの悪い場所に構えているブラクスの邸宅には蝙蝠が飛び交っている。旧魔王城から戻って来たブラクスをコボルトの召使が出迎えた。


「ブラクス様、アカシア様という方がお見えになっておりまして、ブラクス様が留守ならば上がって待っていろと、ブラクス様に言われたとかで……」


「おおそうか、わかった、すぐに行く」


 鎧を外さないまま小走りに客間に向かった。ここで雇われているコボルトの召使はこの、いつもと違う雇い主の反応が気になるところだった。通常なら邸宅の主の留守に外部の誰かが上がり込むなどありえないからだ。

 しかしこのアカシアという若い女性の言葉にはどこかブラクスと似たような威厳があった。もしやこの女性はブラクスと特別な関係なのではと直感しアカシアの言うとおりにしていた。


「アカシア! 出来たのか! とうとう出来たのか!」


 客間に入るなり子供のようにパッとした笑顔でアカシアに歩み寄った。

 アカシアはエルフという種族だが、清廉潔白な生き方を貫くエルフの仲間と折り合いが悪くなり、エルフの森を無断で出た。


「ブラクスよ、妾を待たせるとは、なかなかよい性根をしているな、それにこんなものを作らせるとは、妾に恥の片棒を担がせる気か?」


「くくく、恥の片棒とは言ってくれるな、だが何とでも言えばいい、これが俺様のやり方なんだからな。これがそうか? ほお、見た目はモノクルそのものだ。デザインも黒を基調として中々いいな」


 アカシアが持って来た例の物を見るなり、満足気な笑みをダークアイに見せた。

 アカシアはブラクスのこういうところに弱かった。己の目的のために手段を選ばないところ、協力者には嘘偽りのない感謝と喜びの態度を示すところに。


「ブラクスよ、さっそくそれを試してみてはどうだ?」


「そうだな、そうするとしよう」


 ブラクスは邸宅の地下訓練場に足を運んだ。かつては戦闘訓練としての場所だったが、今は囲碁の訓練施設となっている。

 平和な世の中になった今、剣の時代は終わったと、剣を手放した騎士たちがブラクスの囲碁の相手をしていた。

 地下訓練場では何人かの騎士が碁を打っていた。ここにいる者達は中々の碁を打つ。


「どうだみんな、調子の方は? 少しは棋力は上がったか?」


 ガシャガシャと黒鎧の音が地下訓練場に響いたことで騎士たちはブラクスに注意を向けた。しかしかつての従属関係のようなものはなく対等な関係を築いていた。


「ブラクスさん、自分三段の壁を突破できませんわ。何かいい方法ないすかねえ?


 一人の騎士がこう言うとほかの騎士も同じことを言い出した。黒騎士邸の全体的に暗い雰囲気とは対照的に地下訓練場は活気に満ちていた。


「あれ? ブラクスさん、となりのイケてる子は誰ですか? もしかしてブラクスさんのこれですか?」


 真っ先にアカシアに目が留まった騎士が自身の小指を立ててにやけた。それをみたアカシアは不愉快を隠しきれない表情でその騎士を睨みつけた。


「すまんなアカシア、こいつらは品がなくてな、しかしこいつらは碁の事しか頭にない連中だ。特に心配することはないぞ」


「別にかまわん、妾に余計な気を回す必要はない、それよりも早くそれを試せ」


「そうだったな」 

 

 アカシアから受け取った例の物をさっそく付けてみると思いのほか似合っていることにブラクスは満足していた。しかしこれはファッションのための物ではなかった。


「よし、誰か対局の相手をしてくれ、オレ様に勝った者には賞金を与えるぞ」


 ブラクスのこの言葉に群がるように集まる騎士たち。当然賞金という言葉に反応しただけの事ではあるがそれもブラクスの思惑の内だった。賞金がかかれば遠慮は消えていつも以上の力で向かってくるからだ。

 アカシアはブラクスの考えを読んでいた。この余興はアカシアにとっても有意義なものになるとわかった。

  くじを引いて対局者はブラクスの次に棋力の高い騎士に決まった。


「なるほど、対局は者お前に決まったか、ウィッテよ」


 ウィッテは碁ッドから才能を認められた騎士でブラクスとの対局は観戦希望者が出るほどだ。

 お互いに相手にとって不足なしというのは仲間の騎士も一致するところだった。


「ブラクスさん、遠慮なく勝負させてもらいますよ? 賞金と10勝目がかかってますからね」


 ブラクスより先に盤の前に座り込んだ。その目は本気で勝負するときの目だった。

 ブラクスとの対戦成績は9勝9敗。お互いに記念すべき10勝目がかかっている。


「オレ様の先番だな」


 ブラクスがモノクルを装備したことには誰も何も言わなかった。視線は盤上に集中していた。

 ブラクスが星に打つとウィッテも星に打った、そしてブラクスは小目と呼ばれる星から一路離れた地点に打った。

 するとウィッテはあき隅を放置し、4手目にして小目の石にカカリを打った。

 これには周りの騎士たちも面食らったようでざわついた。隅に石を置くほうが地を取りやすく簡明だからだ。

 ウィッテの狙いはブラクスを戸惑わせることにあった。経験上ブラクスは奇手に対して応手を間違えやすい傾向にある。ウィッテはそこをついての勝利を狙っていた。

 ところがブラクスはこの手に対し、かまわずノータイムでかかって来た白石の後ろに打つハサミの手を打った。


「な……⁉」


 顔色を変えたのはウィッテの方だった。これまでのブラクスであれば初見の手に対しては明らかな動揺を見せたはずだ。しかしノータイムで打ち返したという事実。

 応手に困っているのはウィッテの方だった。ここであき隅に打てば挟まれた石が攻められてしまう。

 ウィッテは悩んだ末に挟まれた石を逃がしたが中途半端に逃げ続たためそれが負担となり、結果的に敗着となってしまった。

 ここまでブラクスが打った手はすべて最善手でノータイム。


「……負けました……」

 

 終局まで進むことなくウィッテは投了した。これ以上打ち続けても勝機はやってこないという判断からだった。その場に一瞬だけ沈黙があったがすぐにざわつき始めた。


「ウィッテよ、また腕をあげたな。4手目にカカリを打つとは予想になかったぞ、研究したな?」


「ブラクスさんを驚かせてやろうと思いましてね、でも逆にこっちが驚かされっぱなしでしたよ。でもどういう事です? いつものブラクスさんらしくないと言えば失礼ですが、あんな瞬間的に打ち続けるなんて、普通だったらどこかで間違えますよ?」


「あ、ああ、まあな、オレ様も勉強してるという事さ。約束の賞金だ取っておけ」

 

 ブラクスは惜しげもなくウィッテに布袋を渡した。


「は? 何でですか? 自分負けましたよ?」


「いいんだいいんだ、実験に付き合ってくれた礼だ」


 実験とは何なのかと、増々もってウィッテは理解できなかったが、お金を手に入れたことでそんな事はどうでもよくなり、遠慮なく手にした。

 ここにいる騎士達はブラクスが中ボスとして選抜されたことを知っている。今日のブラクスの対局ぶりを見て勝利は間違いないとブラクスの活躍を期待した。

 仲間からの激励を背に受けてブラクスとアカシアは地下訓練場を後にした。


「くくく、アカシアよ、よくやった! このモノクルは最高の出来だぞ。さすがはダアカシア、さすがはエルフ族だ!」


 我が子を抱えるようにモノクルをいろんな角度から眺めてご満悦のブラクス。アカシアはその様子を見て、作ったアイテムは成功したのだとほっと胸をなでおろした。


「そんなに喜ぶとは光栄だ。やはり妾の技術は何百年経とうとも、いや、年月が経つほどに洗練されていく、そこだけはエルフの血に感謝しなくてはな」

 

 エルフの技術と器用さはドワーフと肩を並べる。知識においては魔導士も凌ぐ。エルフ族の中でもアカシアのそれは群を抜いていた。


「ところでブラクスよ、満足してくれるのはありがたいが、報酬の方はどうなっているのだ?」


 もどかしそうに腕を組みブラクスの顔を見た。


「おお、そうだったな、すまん、いくらだ、いくらでこれを売る? 望む額を遠慮なくいうがいい」


 金さえ渡せばこのモノクルは自分の物になる。これさえあれば無敵になれる。それが金で買えるのなら安いものだ。


「加担しておいてなんだが、お前にはプライドというものがないのか?」


「……ないな、エルフであるお前と違ってオレ様の命は有限なんだ」


 この言葉を聞いてアカシアは唇を噛んだ。


「……なるほどな、お前の言いたいことは最もかもしれんな。わかった、報酬額はお前が異世界からの刺客に勝った後に決めるとしよう。せいぜいそのモノクルに頼るがよい」


 捨て台詞のような言葉を残したアカシアは風のように姿を消した。


「アカシア、何を考えているんだ……?」


 すぐに値段を提示してくるものと思っていたが、意に反した態度を取られブラクスは不思議がった。


                     続

                        

                 

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