第44話 賢者の石

 それからしばらく、僕はセレナの病気を治す方法を探した。

 二人の気持ちを確かめあったあの日から、今の僕がやりたいことはセレナの病気を治すことになったからだった。


「……不治の病の治し方?こりゃまた唐突だな相棒」


「うん……変な質問をしているのは分かってるよ、でもルードしか頼れなくて」


 セレナの病気を治そうと決めた僕が真っ先に向かったのは、この世で一番頼りになる友達、ルードの所であった。


 この国の医療では治せない病気であっても、世界中を旅しているルードであれば、何か解決方法を知っているかと考えたからである。


「あいにく、医学は多少齧っているとはいえ、俺の専門は裂傷とか打撲みたいな怪我が専門だ。病気となると流石に手が出ないな」


「……そう、だよね」


 あっさりと希望が打ち砕かれ、僕は落胆をするが。


「……待てよ?だけどまだ手が無いって訳でもないな」


 ルードはそういうと、慌てて部屋を出ると、しばらくして一冊の本を持って戻ってきた。


「これは?」


「古い錬金術の書だ……相棒も名前ぐらいは聞いたことあるだろ?」


「えぇ? まぁ……なんだっけ、鉄から金を作ろうとしたんだっけ?」


「そう言うこと……残念ながら金を作ることはできなかったが、その研究の過程で色んな魔法の薬が作られたって話だ。ほら、王様の宝物庫にあるなんでも治しちまう魔法の薬……あれもその一つだ」


「あぁ……確かに、街で売ってる薬じゃ、千切れた足はくっつかないものね?」


「?……まぁよく分からねえが、とにかく、魔王があちこちの施設を破壊しちまったせいで、今じゃ魔法薬を作る方法は廃れちまったが。今では不治の病と呼ばれてる病気も、昔では薬で治ったものも多かったって話だぜ?もしかしたらセレナの病気も、この錬金術書があれば治せるかもしれないぜ?」


「本当!?」


「もっとも……治せるかも、だけどな」


「それでも……ありがとうルード」


「良いってことよ……それよりも相棒、セレナもそうだが、相棒も体調は大丈夫なのか?」


「僕? どうして?」


「どうしてって……今にも死にそうな顔してるからに決まってんだろ?ほら、自分の顔見てみ?」


 そう言うとルードは、手鏡で僕の顔を映してくれる。


 全然気にしていなかったが、確かにそこには迷宮のゾンビにも似た顔の自分が写っている。


「本当だ、ゾンビの方がまだマシかも」


「まぁ無理もねぇけどなぁ……好きだった相手が不治の病で、おまけに胡散臭かったとはいえ、友達にもまた裏切られたんだろ?」


「うん……まぁね」


 ルードの言葉に、ボレアスとの夜を思い出して少しうなだれる。

 現在ルードは王国の地下牢に幽閉をされている。


 現在、メルトラによる尋問が行われているものの、彼が語っていた雇い主や目的についてはなんの情報も出てこないままだ。


「酷い話だよ。友達だとかなんだとか散々利用した挙句、最後には殺そうとしたんだからよ。…………でも、よくよく考えるとどうにも腑に落ちねぇ話だよな」


 僕がボレアスについて考え事をしていると、ルードは錬金術の本を捲りながらそんなことを呟いた。


「腑に落ちない? 何が?」


「いや、遺書を偽造したり目の前で殺そうとしたんだから、ボレアスの野郎は暗殺犯の一人なんだろうけどよ……でも、だったらどうして相棒に王子の代役なんてさせたんだろうな?」


「────確かに」


 元々王様と王子様の暗殺が目的で動いていたなら、そもそも僕を王子様の影武者にする必要はなかったはずだ。


 むしろそれが原因で暗殺は失敗しているし、それにボレアスは王子様の専属護衛なのだから、そもそも今まで王子を暗殺する機会なんていくらでもあったはず。


 思えば、おかしなことだらけである。


 いや、そもそも王妃様と王様を殺しに来た時だって……ボレアスのことだ、

 隣の部屋にセレナがいることはわかっていたし、そもそも王妃様をセレナの部屋の隣に運び込んだのは騎士団……つまりボレアスだ。


 なんだろう……まるで、わざと失敗していたような……。


「まぁ、それについてもちょっと伝手を使って調べてみるさ。草の根からの方がわかることもあるだろうし…………お、相棒、見てみろよ。錬金術の薬の中に賢者の石って代物があるぜ?」


 パラパラと錬金術の本を捲っていたボレアスの手が止まり、とあるページを指し示す。

 言われた通りページを見てみると、そこには挿絵で、怖いツノの生えた悪魔の腕から流れた血と、青色の液体を混ぜる様子が描かれていた。


「……なぁに?この悪趣味な絵」


「賢者の石……錬金術師が到達した万能の霊薬だそうで、この結晶を飲めばどんな怪我や呪いも病気だって治せる代物らしいぞ?」


「本当!?」


「この本が正しければだけどな……出所は鑑定書付きだから間違いないが、何しろ昔の本だ。出鱈目が書いてあったとしてもおかしくはない」


「でも……その可能性があるならやってみる価値はあるよ。どうやって作るって書いてあるの?」


 食い気味に僕はルードに詰め寄ると、ルードはふむと頷いて、文章を指でなぞりながら内容を読み上げてくれた。


「───命に等しき魂の雫、霊薬エリクシールに……悪しき闇の王の血を混ぜる。さすれば霊薬赤く凝固しやがて賢者の石と成る……だってよ」


「悪しき闇の王って?」


「さぁ? よくわかんねぇけど、闇の王って言ったら、多分魔王のことだろうな。はぁ……悪い相棒。この本じゃ打つ手なしだ。まったく、伝説の霊薬エリクシールと魔王の血を混ぜるなんて、誰だそんな愉快な話思いつく馬鹿は……霊薬はともかく、魔王の血なんてどうやって手に入れりゃいーんだっつーの‼︎」


 半ばやけになるようにルードは本を荒々しく閉じると、ため息をついて頭を抱えた。


「うーん?」


「────はぁ、悪い相棒。くだらねぇ希望もたせちまって。俺の方でも他をあたってみるからよ……その、あんまり思い悩むんじゃねぇぞ?」


「へ? あぁ、うん。別に思い悩んではないよ。まだ時間はあるし。ただ気になることがあって……」


 首を捻る僕が思い悩んでいるように見えたのだろう。

 ルードは励ますようにそんなことを言ってきたが。

 僕は違うことを考えていた。


「気になること?」


「大したことじゃないんだけど、もしこの本に書いてあることが本当だったとして、賢者の石の作り方を発見した人ってどんな人なんだろう?」


 僕のおそらく的外れも良いところな疑問に、ルードは一瞬キョトンとした表情をした後。


「誰ってそりゃ、魔王を倒した人なんじゃねーの」


 そういった。


 □

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