第42話 ボレアスの襲撃

「……ぼ、ボレアス」


「貴様、どうやって入った?」


「どうやってって……扉は一つしかねーんですから、他に方法はないでしょ?」


「騎士団の連中には誰も入れるなと言っておいたはずだが?」


「えぇ、そうだろうと思ったんで全員眠ってもらいました」


 冷たい笑みを浮かべて話すボレアス。

 それは僕が知っている友達の顔ではない……あれは間違いなく、獲物を前にした暗殺者の表情だった。


「……嘘でしょ、ボレアス……何でこんなこと」


「仕事だからに決まってんでしょフリーク? 俺たちは冒険者だ。見合った報酬さえもらえりゃ、魔王だろうが王様だろうが倒すのが仕事だ……まぁ、バレないように王様を殺せなんて依頼でしたもんで骨は折れちまいましたがね」


「仕事って……一体誰に雇われたのさ」


「そんなもん教えるわけねーでしょう? ただ提示された報酬が魅力的だったから、俺は仕事を引き受けた……言えるのはそれだけですよ」


 口元をボレアスは不敵に緩めてそう言うと、王様は不機嫌そうに鼻を鳴らして立ち上がる。


「まんまと騙されたと言うわけかの。魔王の復活を阻止した英雄が、こんな節操なしだったとはな」


「何を今更、冒険者なんてそんなもんでしょーが。こちとらあんたにゃ恩義なんざこれっぽっちもなければ、忠を尽くすなんて誓った訳でもねーでしょう?おいそれと人を信用する方が悪いんですよ」


「はんっ、抜かせ小僧。威勢がいいのは認めるがここにわざわざ出てきたと言うことは、強硬策に出ざるをえなかったってところだろうに?」


「えぇ、まんまと一杯食わされましたよ。俺が作った冷酷で残忍に王位簒奪を狙う悪徳王妃ってイメージが一瞬で崩れちまいましたからね。本当、根も葉もない噂ってのは、疑われたらとかく脆いもんだ。まぁとりあえず慌てて遺書を作って、危篤状態のところをさくっと始末しちまおうと思ってたんですが、まさか全部罠だったとはね……王妃様、噂流さなくても元々性格悪いでしょ? あんた」


「否定はしませんよ。自分を善良だとも思わないですし、元々恐れられていたのは事実ですから。今回貴方を嵌めたのも知恵比べて格の違いを見せて差し上げたかっただけだったので」


「ふっふっふ、やっぱアンタ、性格悪いねぇ? さっさと殺すか?」


 挑発をするような王妃様の言葉に、ボレアスは隠すこともせず殺気を向ける。


 と。


「──ッさせるか下郎が‼︎」


 王様は王妃様を庇うように前に飛び出し、ボレアスに殴りかかる。


 だが……。


「おせーよ、おっさん」


 ボレアスはその拳を後ろに飛んで躱すと、持っていたナイフを投げて的確に王様の軸足……自由に動く右足を射抜く。


「ぬぐぅ⁉︎」


「貴方⁉︎」


「槍を持ったアンタは脅威ですがねぇ、素手相手じゃ流石に負けはしませんよ……」



 まずい──‼︎


「ボ、ボレアス、悪ふざけがすぎるよ流石に‼︎依頼だからって王様を殺すだなんて、今までそんなことしたことないじゃないか⁉︎」


 痛みに跪く王様に、気がつけば僕はボレアスの前に立ち塞がるように前に出ていた。


「退いてくださいフリーク。お前はこの事とは無関係ですからね、昔のよしみで見逃してあげますよ。せっかくここまで上り詰めたんだ、他人のために手放したくはねーでしょう?」


 新しく取り出したナイフを喉元に突きつけてボレアスはそう脅しをかけてくるが。

 僕は首を横に振る。


「い、嫌だよ……王様は友達だもん。そ、それに、ボレアスだって友達だよ。友達が人殺しになるなんて見過ごせないよ」


「それなら残念でしたね。俺の手はもうとっくに汚れちまってるんですよ……。手が綺麗な友達なら、もうたくさんできちまったでしょう?今更、そんなもののために命をかけるなんてのは馬鹿がやる事ですよ」


 突き放すようにボレアスはそう言うが、どう言われようと譲る気はない。


「……確かに僕は馬鹿だってよく言われるよ。馬鹿って言われるのは大嫌いだ。でも、友達をそんなもの扱いするのが賢いんだったら、僕はずっと馬鹿でいい‼︎」


 ボレアスは僕を利用していたのかもしれない。

 王宮に来てからも、仲良く話していると思っていたのは僕だけで、影では馬鹿だと笑われていたのかもしれない。

 でも……それでもやっぱり僕はボレアスを憎めない。

 だって、偽物でも、嘘だったとしても、ボレアスと一緒にいた時間は楽しかったから。


 そんな友達が間違ったことをしようとしているなら、ぶん殴ってでも止めなきゃいけない。


「……そうですか、だったらしょうがないですね。これで計画はお終いです」


 呆れたようにボレアスはそう呟くと、ナイフを振り上げた。


「っボレアス‼︎」


 だが、そのナイフが振り下ろされることはなかった。


【───────ッッ‼︎‼︎】


 突如、何かが爆発をするような音と共に、粉塵を巻き上げて部屋の壁が突き破られる。


「んなっ⁉︎」


 ボレアスも、王様も、王妃様もその突然の出来事に誰もが呼吸すら忘れ、思い出すよりも早く、壁を突き破って現れたそれはボレアスを殴り飛ばし、反対側の扉に叩きつける。


「セ、セレナ⁉︎」


 そこにいたのは、白いワンピース姿のセレナであった。


 ───私服姿もとてもかわいい。


「物騒な音が聞こえたから失礼したのだけれども、お邪魔だったかしら?」


 口元を緩めて王様にセレナは笑いかけるが、声をかけられた王様も王妃様も、ぽかんと口を開けて壁とセレナを見比べる。


「あ、いや。うん。よく来てくれたと言うべきなんだろうが、その前にここの壁、結構分厚い石造なんじゃが……今素手で壊して来たよねお主」


「確かに、隣で物騒な音が聞こえて来たから多少強くノックをしたことは認めるけれども、それはあくまでこの建物の老朽化が深刻なことが原因よ。私はか弱い乙女ですもの、分厚い石造の壁なんて普通だったら破壊できないわ……そうよね、フリーク?」


「あ、うん」


 もはやセレナの怪力には何も言うことはなく僕はとりあえず頷いておくと。


「けほっ……まったく。どこの世界にノックで壁をぶち抜く乙女がいやがるんですか?アンタみたいのは乙女じゃなくてゴリラって言うんで……おっとぉ⁉︎」


 壁に叩きつけられたボレアスにセレナは追撃の蹴りを放つが、すんでの所でボレアスはその蹴りを回避する。


「私を前に随分と余裕ね?この状況で貴方をまだ仲間と認識してるとでも思っているのかしら……だとしたら即刻認識を改めるべきね、フリークに刃を向けた物体は、私、例え親でも切り刻むって決めてるから」


「────ッへへへ⁉︎闘いとなると、仲間にも容赦ねえですねアンタ」


「いいえ、それでも慈悲深いわよ。さっきの一撃で首を刎ねなかったんだもの」


 そう言うと、セレナは手に持った剣の切先をボレアスに向ける。


「はッ。慈悲深いってなら、このまま見逃してくれると嬉しいんですがねぇ……わかるでしょ?俺も仕事なんですよ」


「寝言は寝てから言うことね。仕事だって言うなら、さっさと雇い主の名前を吐いて依頼の失敗を受け入れたらどうかしら?」


 セレナはボレアスに対しそう脅しをかけるが、ボレアスは口元を歪に吊り上げる。


「へっへっへ、怖い怖い……ですがねぇセレナ。そう簡単に俺の首が取れると思ってんのか?」


「‼︎」


 刹那、ボレアスの表情から笑みが消え、同時にボレアスは手に持ったナイフを僕に向かって投げつける。


「一度ならず二度までも……」


 ナイフをセレナは剣で弾き落とし、怒りを露わにするが。


「弱点を責めるのは戦いの基本だ……甘いこと言ってんじゃねぇよ」


 ナイフに気を取られたセレナの一瞬の隙をついて、ボレアスはセレナの間合いへと踏み込んだ。


 その手には新たに取り出したナイフがあり、その目は確実にセレナの心臓を狙っている。


 が。


「甘いのは貴方よ……お仕置きが必要ね、駄犬‼︎」


 ────ぼっ───という風船が割れるような音が響き、ボレアスの体はエビのようにくの字に曲がる。


 ナイフが突き立てられるよりも早く、セレナの上段蹴りがボレアスの腹部を蹴り上げたのだ。


「─────ぁっ……はっ⁉︎」


 石造の壁を破壊するほどの蹴りの直撃に、ボレアスは悲鳴どころか呼吸すらできずに嗚咽を漏らし。


「伏せ‼︎」


 跪いたボレアスの後頭部にセレナは踵落としをお見舞いし、床に叩きつける。


「……こ、殺したのですか?」


 カーペットにめり込むように叩き伏せられたボレアスに、怯えるように王妃さまはそう呟くが。


「いいえ、まだよ」


 セレナは依然緊張を解くことなく、剣を構えたままボレアスを睨みつけている……と。


「ゲホッ……ゲホッ……。はぁ……はぁ……本当、容赦がねぇですね……セレナは」


 壁に手をつきながらも、依然ボレアスは立ち上がる。

「私にここまでやられて気を失わなかったのは褒めてあげるわ……でも、流石に限界のようね。良いかげん諦めてお縄についたらどうかしら?」


「へっへへ……悪いですが、はぁ……こっちにものっぴきならない事情が──げほっ……ありやがりましてね。はぁ……はぁ……そうそう簡単に依頼を放棄するわけには、はぁ……行かねーんですよ。それに、限界っていうのはお互い様でしょう?」


 もはや立っているのもやっとという体でありながら、ボレアスはナイフを構える。

 セレナはそんなボレアスに対し、無言で剣を構え直す。


 これで決着だと思った。


 セレナが負けるはずがないとわかっていながらも、怪我をしないで済んでほっと胸を撫で下ろしたのだが。


「……っ‼︎⁉︎……ゲホッ……ゲホッゴホッ」


 突然セレナは苦しそうに胸をおさえてその場にうずくまる。


「セレナ?……セレナ⁉︎」


「────ッ⁉︎」


 セレナの異変に僕は慌てて駆け寄るが、それは失敗だった。


「……っチャンス‼︎」


 セレナと僕の注意がそれた隙をついて、ボレアスは僕たちの間をすり抜け、王様と王妃さまの元に走る。


「ゲホッ……しまった……」


 慌ててセレナはボレアスに斬りかかろうとするが、苦しいのか胸を押さえてその場に倒れ伏してしまう。


「︎最後の最後で天は俺に味方しやがりましたねセレナ‼︎お二人には悪いですが、依頼は達成させてもらいますよ‼︎」


 ナイフを振り上げ、王様に斬りかかるボレアス。


 迫り来る凶刃に王様は王妃さまを守るように背中に隠し……。


「フリーク‼︎ 剣をよこせぇ‼︎」


 そう叫んだ。


「‼︎‼︎」


 王様に命令され、僕は慌ててセレナが取り落とした剣を拾って王様に投げる。



 ───ボレアスのナイフが届くのが先か、王様に剣が届くのが先か。



 僕はなすすべもなく見守ることしかできなかったが。

「俺の勝ちですね‼︎フリーク、王様‼︎」


 不運にも、ボレアスのナイフが王様へと届く方が早く。ボレアスは勝ち誇ったように王様にナイフを突き立てる。


 だが。


「────ッ舐めるなよ小僧がぁ‼︎」


 一喝し、王様はボレアスが突き立てようと振り下ろしたナイフを素手で掴む。


 もちろん、完全に勢いを殺すことはできず、手を切られながら王様の体にナイフは突き立てられるが。


 手元がブレたのか、喉に刺さるはずであったナイフは代わりに王様の肩に深々と突き刺さる。


「しまっ⁉︎」


 致命傷を与えることができなかったボレアスは、慌てて新しいナイフを取り出そうとするが。


 王様はボレアスを突き飛ばすと、僕が投げたセレナの剣を手にし。


「お返しだ、裏切り者め」


 ボレアスが新しいナイフを構えるより早くボレアスの腹部を剣で貫いた。


「‼︎ッ─────やっぱ、こういうの向いてねーですわ」


 貫かれたボレアスはナイフを取り落とし、同時に糸が切れたかのようにその場に倒れ伏す。


「終わった……みたいね……けほっ。フリークは怪我はない?」


 ボレアスが倒れるのを見守ると、セレナは起き上がれないのか、床に倒れたままそう呟いた。


「セレナ……セレナ大丈夫?」


 僕は慌ててセレナを助け起こすと、その顔は青白く、口からは血が滴っている。

 医療のことなど全くわからない僕でも、それはまずい状況であるというのは理解できた。


「セレナ……大丈夫? 何処か怪我したの?」


 小さくひゅーひゅーと息をするセレナは、今まで見たこともないほど弱っており、

 僕は気が動転しながらも、何もすることができずにただただセレナを抱きしめて背中をさすることしかできない。


 と。


「フリーク……大事な話をするわね」


 僕の耳元で、セレナは何かを決心したようにそう囁く。


「話? 何?」


 こんな状況には似つかわしくないセレナの言葉に、僕は半分混乱しながらも聞き返す。


 すると彼女は。


「……私ね。もうすぐ死んじゃうの」


 今にも泣き出しそうな声でそう言った。

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