第12話 ギルド買収

 思い立ったが吉日、僕とルードは荷台いっぱいに金貨を詰めてギルドマスターのダストの元へと向かった。


「え……あの、その……今なんて?」


「なんだよ、そんな難しいこと言ってねぇだろダスト。冒険者ギルドの経営権と所有権を金貨一万枚で買い取りたいって言ったんだよ」


「買い取るってよぉ……あの、そのルードさん。あそこ俺の家なんですが」


 ルードの功績のおかげでギルドが繁盛しているせいか、いつの間にかダストはルードに敬語で話すようになっていた。


「もちろん変わらずに住んでて構わねぇし、お前もギルドマスターを続けてて構わないさ。冒険者ギルドがなくなったらみんな困るし、俺たちもギルドマスターなんて柄じゃないからな。ただ、権利とこの金貨を安全に守ってくれる奴らが欲しいだけなんだよ」


「そ、そういう事か……あぁいや、ですか。だけど、それならわざわざ権利ごと全部買わなくてもいいんじゃ?」


「……ダストのくせに鋭いな」


「旦那、何か言いましたかい?」


「いや別に……ただの貸し借りの契約じゃ金貨十枚程度が相場だし、蔵一つ借りるのにこれだけの大金が動いたら、税の取り立てしかやることがねえ領主の奴がよろこんでつついてくるぜ? ギルドの権利のやりとりって体の方がマスターに金貨を安全に渡せるんだよ。この仕事してんだからわかるだろ?」


「ま、まぁ……そうだけどよぉルードさん」


「仕事や生活は何一つ変わらねぇで、動くのは目に見えない権利だけ。部屋の一室がでっかい金庫に変わるだけで、あんたは決して安くない金額の金貨を一括で手に入れられる。悪い話じゃねぇだろ?」


 一瞬ダストの目が金貨のように光るが、首を振って再度ルードに問いかける。


「しかしよ、それじゃルードさんに何も得がないような気がするんですが? なんでそんな事するんです?」


「何でって、決まってるだろ?恩返しだよ、恩返し」


 嘘くさ……と言いそうになって僕は慌てて口を塞いだ。


「お、恩返し、ですか?」


「そうだよ。俺がここまで有名になれたのも単にあんたのおかげでもあるんだよマスター。 的確な迷宮探索のサポートに、クエストの管理、面倒臭い取引の仲介だったりと、あんたがそう言う気配りをしてくれるから俺たちは数字や契約書みたいな小難しいことを気にせず迷宮攻略に集中をすることができるんだ。迷宮攻略者ルードは、あんたの働きがなきゃ生まれなかったと言っても過言じゃない」


 ……ちなみにルードが挙げたような手続きや取引の仲介をダストは行っていない。

 本当はやらなきゃいけないらしいんだけど、下請けという人に任せているらしくダスト自身も最終的に誰がそういった仕事をしているのかは分からないんだとか。


 だと言うのにも関わらず。


「ル、ルードさん……そんな裏方の仕事まで分かってくれるなんて!? 俺は感激したよ。そんな事言ってくれる冒険者なんて今まで一人もいなかったのに、あんたって人は」


 ダストはそんな話を正直に言うほど誠実な人間ではないのは誰でも知っていることで。

 ルードに話を合わせるように頷いた。


「俺はそう言う感謝を忘れない男さ。言ってしまえば今回の件だって……そう、プレゼントみたいなもんさ。損得勘定なんてもんじゃない、恩人にささやかな贈り物。何も不思議な事はない。だろ?」


「あぁ、あぁ確かにそうだ。疑って悪かったよルードさん……あぁなんて言うんだろう。あんたはなんて甘……義にあつい人なんだろうな」


 じわりと目に涙を浮かべながらダストはそういうと、二つ返事で権利の譲渡にサインをし、ギルドの地下室全てを金庫にしてくれた。


 とんだ茶番であったが、昼も夜も腕っぷしの冒険者が入り浸っている冒険者ギルドは昼夜問わず常に人がいるし、強盗や泥棒の心配もないだろう。



 その日のうちにギルドハウスとルードの家の金貨や財宝を僕たちは冒険者ギルドに移した。

 何度も家とギルドを往復し、終える頃には、辺りはすっかりと暗くなっていた。


「そういえばさルード」


「なんだ相棒?」


 空になった荷台を引きながら帰る帰り道。

 僕はふと気になったことをルードに問いかける。


「ダストに感謝だなんて嘘までついて、なんでギルドの権利なんて買ったの? 本当のこと教えてよ」


 一瞬ルードはきょとんとしたような表情を見せた後、悪い顔を見せて笑うと。


「冒険者ギルドの経営権者には、以下の三つを冒険者が犯した場合、冒険者ライセンスの剥奪をする権利がある。その三つってのは、重大な犯罪を犯した時、ギルドのルールを破った時。そして、ギルドマスター及び経営者に対し敵対する行動をとった時だ……これにはもちろん相手を罵ったり侮辱したりする行為も含まれる」


「?」


 難しい言葉が並んだせいで僕はよくわからず首を傾げると。


「あー……まぁなんだ。 つまりはもう、冒険者はお前の事を馬鹿に出来ねえってことだよ」



「‼︎」


 突然の言葉に、僕は驚いてルードを見る。


「いや、もちろん長い目で見れば毎月金を払うより、一括で買っちまった方が安いって言うのもあるんだけどよ」


 なんだか恥ずかしそうにルードはそんな風に言葉を濁したけれど、ルードの優しさは十分すぎるぐらい伝わった。


「……ありがとう、ルード」


「べ、別に感謝なんて必要ねぇよ。ダストや冒険者の野郎どもが金をちょろまかしたときに即座にクビにできるようにってのもあるしな。その、お前の事はついでだよついで」


「それでも……ありがとうルード。本当に君は、最高の友達だ」


「相棒──……へへっ。それなら帰りに一杯奢れよフリーク」


「もちろん喜んで」


 僕は彼と出会えた幸運に感謝しながら……夕方の街を他愛のない会話をしながら帰って行ったのであった。


 ─────────

 余談ではあるが、ギルドに金庫が保管されるようになってからすぐに、金庫のお金をちょろまかす事件が多発した。


 あえなく全員ルードに捕まったが、冒険者がいるから守ってもらえるという目論見は見事に外れてしまった。


 ルードはどうやら探偵の才能もあるようであり、芋づる式に次々と素行の悪い冒険者がライセンスを剥奪されていった。


 ちなみに、追放された人たちはほとんど僕のことを馬鹿と呼んだことがある奴らであり、呆れたことにその中にはギルドマスターであるダストもいた。


 思うに馬鹿って奴には、どうやら頭の良し悪しというのは関係ないようだ。


 ◇

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