第7話 転生


「よし、決めた。ここは種族特化でいこう」


 影治がそう決断したのは、やはり何よりも特殊技術スキルの必要ポイントの高さがあったからだ。

 このポイントの高さからして、恐らく後天的に覚えることが出来ない……或いは出来たとしても取得がそうとう難しいことが予想される。

 しかし、それでも後で取得できる可能性はまだあると影治は見た。


 それに比べ、流石に種族は変更できないであろう。

 より上位の種族に進化する可能性ならあるかもしれないが、種族そのものを後から変更するのは恐らく無理。

 であるなら、最初から自分が望んだ種族を選んだ方が良い。


「となると最高ポイント320を必要とする、ヘラクレスかマギセラフのどちらかになる」


 次点として、好きな種族の最下層のものを選んでポイントを節約し、その分をスキルに回すという手もある。

 しかし進化というのはあくまで種族一覧を見て影治が思い浮かんだ可能性であって、実際に進化出来るかどうかは不明だ。

 進化出来るとしても、自分が必ず進化出来るという保証もない。


「んー、やっぱナシだな。この二つの選択だと、ヘラクレスはいかにも肉体系って感じがするよな」


 影治は別段ギリシア神話に詳しいという訳ではなかったが、それでもなんとなくのイメージはある。

 そして影治には生前に求めて止まないものがひとつあった。


「……やはり魔法、いや魔術を使うならマギセラフの方が良さそうだ」


 セラフという名称は影治も知っている。

 所謂天使の位階の一つ、熾天使してんしのことだ。

 種族一覧にはマギセラフのほかに、普通のセラフやエンジェルなどといった種族も載っている。


「並び順がバラバラってのも不親切だなあ、おい」


 一覧表示では、同じ天使系のエンジェルやセラフなどが、近くではなくバラバラに表示されている。

 天使系などはまだ分かりやすいが、どの種族から進化したのか分かりにくい種族も多い。


「む、エンジェルの下にハーフエンジェルってのもあるのか。恐らくこれが天使系の最下位種族だろうが……。うむ、他にはハイセラフってのもあるがこいつは240ポイントだ。一番上はマギセラフで間違いないな」


 念の為、改めて一覧を総チェックして確認する影治。

 問題がないことを確認してから、マギセラフを選択する。

 なお影治は『マギ』という言葉の意味を知らない。

 magicという言葉の語源ともなった言葉だが、影治は単に必要ポイントの高い方を選んだだけだった。


「これで残りポイントは51。これに特殊属性獲得で回復属性を加えると、ポイントは残り1か」


 影治が必要ポイント320の種族にしたのも、回復属性に必要な50ポイントと合わせてほぼピッタリだったのも理由の一つだった。

 そして残りの1ポイントだが、能力や魔術適正のどれかに1ポイントだけ振ると言うのも、どうにも中途半端だ。


「ちっ、大分キツくなってきやがった。なんなんだ、この焦燥感のようなもんは」


 三十年にも及ぶ島での孤独な生活は、独り言で精神を落ち着かせるという習慣を影治に芽生えさせた。

 今も声に……は出せていないが、脳内で思考することで平静を保とうとしている。

 しかしこの真っ暗な空間は、ただ単に暗いとか肉体がないというだけでなく、根本的に人を狂わせる何かがあるのかもしれなかった。


「ええい、下手に能力辺りに振るくらいなら、この際アイテムでも構わん!」


 最初に見た時、一番興味がないと思ったアイテムの項目を再び開く影治。

 そこで気付いたのだが、基本装備一式と基本アイテム一式には横に小さく(お勧め!)と書かれていた。


「お勧めだぁ? こちとら残りポイント1しかねぇんだわ」


 これまで不親切な設計ばかりだったというのに、急にお勧めとかいう文字を見つけて苛立ちを覚える影治。

 特に(お勧め!)と「!」で強調されてるのにも妙にイラっと来る。


「いかん、大分心が乱れているらしい。1ポイントで交換できるアイテムは……」


 焦る心の中で影治が見つけたのは、『ナイフ 1ポイント』だった。

 影治が最後にナイフを選択すると、これまでの表示が一旦消えて、新たなメッセージが表示される。



≪ポイントの振り分けが完了しました。転生を開始しますか?≫



「予想してはいたが、ステータスの最終確認画面もなしか。マギセラフを選んだ訳だが、いったいどんなステータスになってるやら。とにかくここはYESをクリックするぜ!」


 影治が『はい』の部分に意識を集中させると、更に新たなメッセージが追加される。



≪それではこれより転生を開始します≫



「ってそれだけかよ!」


 余りに淡白なメッセージにツッコミを入れた直後、再び影治の意識は闇へと呑まれていくのだった。







▽△▽△▽△▽△▽



 チチチチチ……。


 ホオオオオッ、ホオオオオオッ……。


 シャカシャカシャカシャカ…………「ええい、やかましい!」


 周囲の音を聞き目を覚ます影治。

 最初の二つは鳥か何かの声だと思われたが、最後に聞こえて来た音はすぐ間近から聞こえてきていた。

 目を開けるより早く咄嗟に音の発生源に拳を振るうと、ぐしゃっというそれなりに大きなモノを叩き潰した感触が伝わってくる。


「げぇっ!」


 ようやく目を開けて確認すると、そこには胴体の半ばあたりが破裂したようになっている、ムカデのような昆虫がいた。

 影治の腹パンによって完全に胴体から真っ二つにされているというのに、未だに頭部側も尾側ももぞもぞと動き続けている。


「チッ、なんだあここは。森の中……みてえだが」


 辺りを見渡すと、木々に覆われた森の様子が映る。

 樹が鬱蒼と茂っているせいか、時間的には昼間のようだが辺りはそれなりに暗い。

 異世界と思しき森の中は、しかし地球での森の中と一見大して違いないように見える。


「こんなでかいムカデは見たことねえが、世界中を探せば見つかりそうではある」


 最初はもぞもぞと動いていたムカデだが、尾側はすでに動きを停止している。

 だが相変わらず頭部側は無数の脚が蠢いており、懸命にこの場から離れようとしていた。

 だがそんなムカデの頭部を影治は無惨にも潰す。


「ムカデは生のままだとヤバイんだよな。それに異世界の名も知らぬムカデだから、毒も警戒した方がいいか」


 30年の島での暮らしですっかり逞しくなった影治は、昆虫を食料とするのに抵抗を覚えなくなっていた。

 実際慣れさえすれば味的にはそこまで悪いものでもないし、動物性たんぱく質も取れるし栄養的に申し分ない。


「それで……何故俺はマッパなんだ?」


 先ほどから、妙に全身で空気の流れを感じていると思っていた影治。

 その原因は何も衣服を身に着けていないからだった。


「近くに何か……」


 そこで発見したのは1本のナイフ。

 それだけが影治のすぐ傍に置かれている。


「確かにアイテムなんざ、後で手に入れればいいって言ったけどよお……」


 見事にアイテム欄で選択したものしか持ち込めていないようだ。

 死ぬ直前に身に着けていた衣服すらない。


「そういや、基本装備一式に『お勧め!』とか書かれていたなあ。アレはそういう訳かよ」


 基本装備というくらいだから、最低限の衣服。

 それに防具や武器なんかもそこには含まれていたのだろう。


「……いいぜ、やってやるよ。俺の30年のサバイバル生活を駆使してなあ!」


 全く人の気配のない森の中、影治の声が響き渡る。

 こうして影治の異世界生活が始まるのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る