第20話 虚勢

「……あ……あれ? 我は一体どうしたんじゃ」


『大丈夫ですか? クインカスさん?』


クインカスは目を擦りながら上半身を起こすと、心配そうに見つめているラフシールに気付いた。


「ようやくお目覚めかい? クインカスちゃん?」


戦いが終わった事、そして俺が勝った事をクインカスへ伝える。どうせコイツの事だ、悔しがって負けを認めないんだろうけどな。


「我は…… 負けた……のか」


キッと俺を睨みつけると素早く立ち上がる。


「おっ、ま…… まだやるのか!」


いきなり攻撃されたらたまらないと、戦闘体制に入る。

しかし、クインカスは予想外の行動をする。

無言で片膝をついて頭を垂れた。


「なっ……何のつもりだ? かしこまって気持ち悪いな!」


「我の負けじゃ。約束は果たす! さぁ、煮るなり焼くなりするんじゃ!」


「お……おう。とは言え、約束を果たすには先ずは街へ行かないと。クインカス、ここから近い街を知っているか?」


まぁ、約束は約束だから、さっさと約束を果たして貰って解放してやるか。コイツと一緒に居たら疲れるし。


『エメス様、先に目覚めて良かったですね』


「はっ……はは」


マザーが耳打ちをしてきた。実は裏話がある。ガッツポーズをして勝利に酔いしれた後、急に意識を失い目覚めたのはクインカスが目覚める少し前だった。


マザーによるとアプリの使用過多によるオーバーヒートみたいなものらしい。


「ヘルモテと言う大きな街なら人間の足で日の出を10回拝む時には着くはずしゃ」


こうして、俺、ラフシール、クインカスの三人は街へ向かうことになった。


ヘルモテまでは野宿の連続だった。寝床を何処にするか探し、食事を摂らなければいけないから、動物を狩って食べるの繰り返しだった。俺やクインカスはまぁ、何とかなる。問題はマザーだ。文句は一言も言わないが、顔の疲労は隠しきれてないから心配だ。身体はいたって普通の女の子だからな。


クインカスは相変わらずの性格だが、行動を共にして分かった事がある。性根は悪い奴じゃないかも知れない。率先して道の先の様子を見たり、マザーの様子も気にかけてるみたいだ。


雑談の中で家族や同族の事を聞くといつも急に黙るから、それ以上聞かない。もしかしたら、何かあったのかもな。


実は隠していた事があった。クインカスに噛まれた右腕に痛みが出て来た事。腕にはヒビが入っていて、それが徐々に右腕全体に広がっていた。右腕が無くなるかもしれない恐怖心が実はある。




……出発から7回目の日の出が上がった時、予定より早くヘルモテへ到着する事が出来た。


ガヤ ガヤ ガヤ ガヤ


ここがヘルモテか。 それにしても色んな人間…… いや種族が居るんだな。これなら俺も目立たずに溶け込めそうだ。それにしても……


行き交う人々は人間の他にエルフ?、ドワーフ? 鬼? トカゲ人間? 他多数が歩いている。かつて映画で見てはまったファンタジーの世界にそっくりで俺は興奮した。


「さぁ 約束を果たす時じゃ。煮るなり焼くなりしろ!」


クインカスが道の真ん中でどかっと座った。


「ふふふ、お前の覚悟、しかと見届けてやるからな! 黙って付いてこい」


「うっ…… 一体、我に何するつもりじゃ?」


いつもの自信が無くなり、借りてきた猫の様になって後ろを付いて歩いてくる。


『エメス様! ここです! ありました!』


マザーが遠くの方からこっちに向かって手を振っている。俺はマザーに先に行って目的の場所を探すように言っておいたのだ。


店の看板にはこう書かれていた


ブティック アンド ビューティー


「いらっしゃいま…… えっ…… と、あの……」

店員が俺の格好を見てギョッとする。そりゃそうだ、黒装束の忍者みたいな怪しい奴が入って来たんだから。


でも、後からきたマザーとクインカスを見て安心したのか、店員が要件を聞いてきた。


「妻と娘を綺麗にしてくれないか? 娘は髪がバサバサだから、そうだな……二つ結びにしてリボンをつける髪型が似合うと思うんだ。服装は……ロリロリの女の子らしい格好にしてくれ」


「かしこまりました。では、奥様は如何致しましょうか?」


「へ?」


しまった、何も考えて無かった。ずっと野宿生活でマザーの格好もいっちゃ悪いが汚いし、せめてもの罪滅ぼしだったんだが。


「おほんっ、髪型も服装も君に任せるよ。暫くしたら戻ってくるから頼めるかな?」


「承知しました」


『あ…… あのエメス様、私』


マザーが何か言いかけたが俺は無視して店を出た。お金の心配をしているのかもしれない。それなら大丈夫、裏オークション会場から出る時にたまたま見つけた金庫から幾らか拝借…… まぁ、慰謝料ってやつだ。


それよりも、クインカスのあの顔、鳩が豆鉄砲を食ったような顔でさ。口をパクパクしてまるで金魚だった(笑) 笑いを堪えるのに、くっくっくっ。


「はっはっはっ!」


何だ何だと通行人から白い目で見られる。

しまった、心の声がついつい。

さて、行くか。俺は少しこの街を散策する事にした。


それにしても…… 賑やかだな。山村から大都市に上京した気分だ。通行人の割合は人間が7割、3割はその他種族って所か。そういや村には人間しか居なかったな。


「さて、時間があるしどうするか?」


この世界の情報収集をするには、やっぱり酒場だよな? ウキウキして歩きながら探すと「あった!」思わず声が漏れる。だって西部劇に出てきそうなスイングドアが見えてしまったから。


ギィィィ


中に入ると新参者を拒絶するかの様な視線が先客から降り注がれる。


いいねいいねー。


「いらっしゃい…… あんたここは初めてかい?」


「ああ、親父、お勧めの酒をくれないか」


こう言う事一度は言ってみたかったのよ。


並々と酒が注がれたジョッキを片手にカウンターに座る。まぁ、情報収集と言っても周りの奴らの雑談を聞くだけだどな。


グビグビ ん? これ美味いな! グビグビ この世界の酒は美味いな! 


おっと、周りから色々と聞こえてくるぞ。


「この街のギルドの当主は女らしいな?」


「ああ、そうらしい。結構なやり手でいい女だとよ」


「ひょーいいねー、あわよくば」


「あほ! 何人もそれで病院送りになったと思ってるんだ! やめとけ」


ギルドってやっぱりあのギルドの事か? 所属できるなら仕事してお金を稼ぐ事が出来るな。後で様子を見に行っても良いな。


「この街で安い宿ねーかな?」


「だったら、ヨーク通りのバイロン宿がお勧めだぜ?朝食付で最安のくせに部屋はそこそこ綺麗だからな。穴場だから他の奴に言わないでくれよ?」


ほー、良いこと聞いたぞ。これで野宿しなくてすむ。暫くここを拠点にしてもいいかもな。


さて、必要な情報も聞けたからマザー達が居る店へ帰るか、そう思い席を立ちかけた時、ボソボソと喋る気になる会話が聞こえてきた。


「おい、選別が近々行われるって噂聞いてるか?」


「えっ!! ほ、本当かよ? じゃあ神が現状をよろしく思って無いって事か?」


「しっ! 神とか口に出して声出すんじゃねぇよ!粛清しゅくせい対象になるぞ! 前回は123年前。婆ちゃんに聞いた話だと確か、世界人口の4分の1が」


「ああ、容赦無かったと聞いたことがある。もう止めようぜ? 誰が聞いているか分からねえからな」


忘れた頃にいつも聞こえてくる選別と言う言葉。

色々と調べる必要があるな。俺はそう思いながら酒場を出た。

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