第10話 奇跡

医者によるラフシールの死亡宣告後、館に仕える執事、侍女達はラフシールの葬儀の準備の為にバタバタしていた。


俺はと言うと、ラフシールの死の現実を受け止めきれず、ただ彼女の側で立ち尽くす事しかできなかった。


ラフシールは棺の中に入れられて、サイモン卿が所有する教会へ運ばれた。

俺の大嫌いな司祭がサイモン卿に呼ばれて場を取り仕切り、よく分からないお祈りをしていた。


「私には見えます。ラフシールの魂が天へ導かれた事を。さぁ、皆さん、最後のお別れをしてあげて下さい」


蓋をする前にサイモン卿を先頭に村人が次々と遺体へ別れを告げた。そして、順番の最後だった俺は最後の別れを告げるべく棺の前に立つ。ラフシールの顔色はまるで生きているような血色の良さだった。


まるで生きているみたいじゃないか?

本当に死んでるのかよ?

本当に……


「ゴレーム様、お時間です。哀しいのは分かりますが、棺に蓋をする時間になりました。どうぞ、あちらへ移動して下さい」


司祭が、早く退くように俺に言ってきた。うるさい奴だ。最後の別れなんだ、水を差すな!


「……」


生きているんじゃないかと往生際が悪い事を知りつつ前に立ち続ける。


ト……クン  


ほら、心音が今にも聞こえてきそうだ。


トク……ン  ト……クン


え? 幻聴じゃない? ラフシールの心音が聞こえる。気のせいじゃない、心音よ聞こえろ!


アプリ マイク モード 


アプリ? 何で? マザーの端末は付けてないぞ?


トクン…… トクン…… トクン…… トクン…… トクン……


心音が鮮明に聞こえる! 弱いけど…… 聞こえるぞ!


「ラフシールは生きている! 心臓が動いている!」


俺は思わず声に出した。


「ぷっ……ゴレーム様、往生際が悪いですよ!ラフシール様の魂は天へ」


「黙れ!」


俺は、司祭を一切無視してラフシールへ声をかける。


「ラフシール! 起きるんだ! 頑張れ!」


「何を馬鹿な事を!」


呆れた司祭は、参列者に同情を求めるように肩をすくめた。


「あ……あ……」


突然、目の前のラフシ―ルが目を開け、俺を見つめた。


「ラフシ―ル!」


司祭を始め、参列者は驚いた。死んだはずのラフシールが生き返ったのだから。父であるサイモン卿は嬉しさのあまり泣き崩れ、司祭はラフシールの魂は天へ召されたと言ってしまった手前、バツの悪い顔をして教会から姿を消していた。


参列者達は口を揃えて言った。


「ゴレーム様が起こした奇跡だ」と。



伝説その2 :

石像の神が聖なる声を掛け、死者蘇りし



ラフシールの目が覚めてから、数日が経った。

ラフシールが生き返った! と最初は喜んだが、どうも彼女の様子がおかしい。言葉を喋ることが出来ない、身体を満足に動かす事が出来ない。ほぼ寝たきりの状態だ。たまに、天井の一点を見つめて微動だにしない時がある。初めて見た時は死んだのか焦ったものだ。

医者も原因は分からないと言う。


オマケにマザーを呼んでも反応無し。端末はラフシールの耳から取ると問題が起きそうで取ってない。ただ、端末が起動してないように見える。電池切れだったらもうマザーは二度と……


更に一ヶ月が経った。


俺は毎日ラフシールが寝ている部屋へ行き、俺のくだない話を聞かせた。面白い事、哀しい事、腹が立った事、怖かった事を好き勝手に喋った。

今度は俺の番だ。あの娘の為に少しでも刺激を与えてあげられればと言う思いだった。


「ラフシール、今日はいい天気だ。カーテンを開けるよ」


部屋のカーテンを開けて日差しを入れると、ラフシールは顔を俺の方へ向けて口をパクパクしている。

いつもと違う反応で驚く。


「も……うす……こ……し」


「えっ? 今、もう少しって言ったのか?」


俺の問いかけに反応する事なく、ラフシールは目をつむりそのまま眠ってしまった


もう少し……ラフシールは確かにそう言った。


「ゴレーム様……ちょっとお時間ありますか?」


浮かない顔をしたサイモン卿が訪ねてきた。


「どうしたんだ? そんな深刻な顔をして?」


「実は、司祭様がラフシールは悪魔に魂を奪われている。悪魔の魂が宿っているから直ぐに娘を処分する必要があると言ってきたのです」


「何を馬鹿な事を言ってんだ! アイツは何を考えているんだ!サイモン!アンタ……もしかして承諾なんかしてないよな?」


サイモン卿は俯いたまま何も言わない。


俺には分かる、司祭はとにかくラフシールの魂は天に召された事にさせたいんだ。


「何故だ!アンタはこの村を統治する貴族だ!どうして司祭の言う事を聞くんだ!」


「私だって、こんな馬鹿な事断りましたよ!しかし、司祭様に逆らえない…… 彼は評価者なのです。少しでも逆らえば私の評価は下げられ、次の選別でランクを下げられ……下手したら今まで築き上げてきた貴族の地位を全て失う事になる。ゴレーム様! 私は一体どうすれば?」


「馬鹿野郎! 娘の事より手前の地位の方が心配なのかよ! どうすれば? だって? 考える必要なんか無いだろ!」


何なんだこの村の人間達は! 意味がわかんねぇ!


その後、サイモン卿はもう一度司祭と話しあってくると出かけて行った。


あー、イライラする。こう言う時は……温泉へ行くか。

ラフシールが寝ている事を確認して温泉へでかける。


「ゴレーム様。お待ちしておりました」


「女将、身体は洗ってくれなくていいからな?一人で湯に浸からせてくれ!」


「は……はい」

残念な顔をした女将を置いて温泉に入る……




「ふー、いい湯だった」


温泉へ入ったら気分が落ち着いた。温泉旅館から館へ戻る事にはすっかり日が暮れていた。

サイモンは帰って来たのだろうか? 冷静になったから説得してみるか。


「あっ…… おっ、お帰りなさいませ!」

出迎えてくれた侍女の様子がおかしい。


「何かあった?」


「い……いえ!な……何も!」


「まさか!」


目が泳ぐ侍女を見て嫌な予感がしてラフシールの部屋へと急ぐ。


「ラフシール!」


部屋へ入るとベットで眠っているはずのラフシールが居ない。やられた! 俺は急いでさっきの侍女の元へ戻った。


「ラフシールは何処だ?」


「し……知りません!」


「俺を舐めるなよ! 呪いをお前にかけたっていいんだぞ!」


「ひっ! き、教会です! 旦那様と司祭様が村人を引き連れてラフシールさんを教会へ運んで行きました! お願いしますから呪わないで下さい!」


泣きつく侍女を無視して教会へ走った。

教会の灯りが灯っていて、教会から司祭のお祈りの声が聞こえてきた。


バタン


教会の扉を勢いよく開けると、祭壇に横たわったラフシールの胸元に今にも剣を突き立てようとする司祭がいた。


「止めろ!!」

俺の声に司祭の動きが止まった。

しかし、「主よこの悪魔の魂を浄化させたまえ!」と声に出しながら司祭は構わずラフシールの心臓に一気に剣を突き立てた。

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