第6話:とある二人の物語3

体高が三メートル程の巨大な猪型の魔物ボアの首が切断され、身体と別れて大地に落ちると同時に血が周囲に吹き出したが、カルタが左手を伸ばすと、その巨体は一瞬のうちに消失した。


本来ならば、その場で血抜きをしたい状況だったが、二人は目的地へ急ぐことを優先していたので、不本意ではあったがボアはそのまま収納されていた。


「大丈夫か?辛くないか?」


「大丈夫です。白夜が気を遣ってくれているので、私の身体にはそれほど負担が掛かっていません。」


真っ白な顔をして、無理して笑顔を浮かべているミレイを見て、フシオが溺愛するわけだと思いながら、カルタは、それ以上無理させぬよう気配りしながらルートを選択していた。


ーーー

それから七日程の行程を経て、崖の端にたった二人には数キロ先にある第三砦が見えていた。


「やっと着いたな。フシオも首を長くして待ってるだろうな。」


「そうですね。伝説の長首オークみたいになってなければ良いんですけど。」


突然のミレイの冗談に、カルタは思わず吹き出してしまった。やっと先が見えてホッとしたのだろうと思いながらも、


「た 確かに、フシオの長首は見たくないな。」


一頻り笑った後に、そう返すのが精一杯だった。


それから暫くは、あまり急ぐこともなく二人がゆっくりと深い森を進んでいくと、白夜が急に足を止めて軽く唸り始めた。


カルタが、集中を強化して索敵を前方に展開すると、一キロ程先に十人ほどの小隊がいることが感知された。


二人と一匹が隠蔽の能力を使用しながら、気づかれぬようにその部隊に近づいていくと、百メートル程先の空き地にエルフ王国の旗が見えた。


「仲間のようだな。」


カルタがホッとして警戒を解き、部隊に近づこうとするのを、白夜が彼の裾を噛んで止めた。


慌ててしゃがみこんだカルタに、ミレイが小声で声をかけた。


「おじさま!様子が変です。慎重に進みましょう。」


更に五十メートル程、隠蔽を解かぬまま歩を進めると、姿ははっきりと確認できなかったが、声はしっかりと聞き取れた。


「しかし、うちの王様も酷いことをするよな。」


「そうでもしないと、あの魔王みたいに強いフシオを捕まえられなかったんだろ。」


その言葉にミレイの眉がピクリと動いた。


「でもさぁ、全身傷だらけで辿り着いた連中を丁寧にもてなして、慰労に見せかけた食事に遅効性の睡眠薬を混ぜて、さらに催眠用の香まで炊いて、『ゆっくり休んで下さい』は無いだろ!」


「そうそう、起きたら全員魔封じの腕輪を四肢につけられて、首には隷属の首輪だぞ。かつての盟友にするこっちゃ無いだろ!」


「お前らは見てないから知らないかもしれないけど、目覚めた時の幻想種の族長の怒りは凄まじかったぞ、自分の首が首輪で締め付けられて、雷撃流し込まれてるの関係なく、うちの王様絞め殺そうとしたものな。」


「マジか。それでどうなったんだよ。」


「近衛魔法騎士団の連中が、全員で拘束の魔法を掛けて動けなくなったところを、ドラゴンを隷属させる為に使う宝玉を使用して、強引に意識を奪ったんだよ。」


その言葉を聞いたミレイが?全身をピクリと硬直させた。


ドラゴンを隷属させる宝玉は、その精神を破壊して、術者の傀儡とするための神級の魔道具だった。使用されたフシオの精神が無事であるとは思えなかった。


「わ わぁぁぁぁぁ!」


ミレイの絶叫が静かだった森に響き渡り、その言葉を発した男は一瞬のうちに燃え尽きた。それに部隊が反応したのを見ると、カルタは即座に行動を起こし、その場にいた残りの十人程の兵士の首をあっという間に斬り放した。


空き地に転がる兵士は、エルフだけではなく、人間も獣人もドワーフさえも混ざっており、エルフだけでなく、ドワーフまでもが人属に下ったことを理解したカルタは、即座に撤退することを決めた。


ハーフリングにも、幻想種にも、この世界には安息の地は残っておらず、これからの展望は全く考えられなかったが、少なくともこの地からは早く離れる必要があった。

 

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