第16話 押しかけ女房(2)


「怒らせるかも知れないけど……。鬼神さんは運が悪かったんだよ。最低のクズ女にばっかり出会ったんだと思う」


「……君は良い奴なんだな」


「女の私からみてもクズ女だよ、そいつ! 私だったら別れるときは『ごめんなさい、無理でした!』っていうよ。デートのキャンセルだってちゃんと連絡する。相手がタイプじゃなかったら『好きな人いるんです。一途なんです。ごめんなさい』ってくらいの方便は使うけどね」



 俺は『ぶふっ』と吹き出した。。


 普通そこまで正直に言うか?

 世の中の大半の女は、傷つくのも傷つけられるのっも恐れて、なんもいわねーでぶっちだぞ?


 だがこうも考える。

 こいつ、生きるのが下手くそな女だな。


「っていうか鬼神さんだってモテてるじゃん。私はぜんぜんそういうの無いもん!」

「そこは嘘つくな。若い女なんか引く手数多だろうが!」


「本当だって。男の子に告られてさ。ああこないだの眠剤レイプの罪坂君じゃなくてね。高校のイケメン」

「よかったな。はいはい」


「『タイプじゃないのでごめんなさい』ってはっきり断ったらね。クラスの女子全員から無視された」

「なんでだよ?!」


「さぁ。イケメンの株を落としたとかで。意味わっかんないよね。人間の怖さっていうかさ。あのときは辛かったなあ」

「巾着みたいな連中だな」


「きゃは! 鬼神さんも私と同類!」

 

 やっぱこの女、おもしれーな。

 褒めては、やらないけどな。


「とーにかく。鬼神さんは運が悪かった。美人局なんてそもそも犯罪。女としてカウントされて欲しくないです。そんなゴミ女は鬼神さんには勿体ない。忘れなよ」

「……少しだけ。俺も、落ち着いたよ」


 悪口をいうのは趣味ではないが、リコが代わりに言ってくれたせいか、妙にすっきりする。


「まあまあ、そんな深刻な顔しないでさあ。昨日は私の〈初めて〉を貰ったんだから、いままでの苦労は……、うーん。水の泡にはできないかもだけどさ。きっとこれから良いことあるよ。ふたりでつくっていこうよ!」



「俺は、こんなに捻くれている。そのうち君も嫌いになるさ」

「じゃあ、そのときまで一緒にいよ?」



「正直すぎる奴だな。あんま言いすぎんなよ。キレた俺に殺されるかもしんねーぞ」

「え? 鬼神さん、私を殺すの?」


「んなわけねーよ。例えだよ」


 俺は実のところ、会話が心地よかった。

 こいつはバカ正直だが。綺麗事や嘘をつかれるよりもよっぽどいい。


 正面切って



「あ! いまので、ちょっとわかったかも!」

「何がだ?」

「鬼神さんを見る目無かった女はさ。鬼神さんにビビってたんだ!」


「は? ちげーよ。舐めてたんだよ。俺のことを」

「そうなの?」


「俺を人間扱いしてねーんだから。舐めてたんだよ。『ずっと一緒にいようね』っていった次の日に、何もいわずにさよならされたら、舐めきってるだろ」


「じゃあ私はね……」


 リコはしばし考えた。


「私は、『またね』っていう。守れる約束を毎日こつこつ守っていくんだ」


 このとき俺にはリコが輝いて見えた。

 ああ、こいつを褒めてやりたい。


 

「リコ……」

「だってさあ。『ずっと』なんて言葉、ただのフレーズじゃん。その場の雰囲気を良くしたいから言ってるだけ。本当に人と繋がっていたいなら……。大仰な愛の言葉じゃなくて。コツコツ毎日約束を守って、ありがとうとごめんなさいを忘れないようにするしかないんだよ。だから……。私は炊飯器なの」


「あ……」


 彼女の不器用さが、いじらしかった。


「炊飯器は毎日使うから。まずはコツコツ。炊飯器からなの。そんで今日もね。帰る時に『またね』っていうの。次来たときまた約束まもって『またね』っていうの」


 リコは俯きがちになり、赤くなる。

 胸が苦しかった。


「続けるの」


 この子はたまにメスガキだけど。

 きっと、本当に、良い子なんだ。


「だからね、鬼神さん。鬼神さんの抱えていることは辛いことだけど。何年分も鬱憤溜まってるのかもだけどね。私だって人間だから。嫌なことをされたら嫌になっちゃうからね」


「ぁ、ああ……」


「『女に復讐だ~』とかじゃなくてね。昨日みたいに優しくしてよね」


 俺はなんだか洗われた気がした。

 ずっと泥だらけだった身体に流水を浴びせられたような……。


 だからこそ、眩しすぎた。

 俺のような寂れたおっさんは、彼女には似合わない。


「ありがとう。リコ。色々吹っ切れたよ」

「へぇ~。見かけによらず素直じゃん」


「だから、今日でお別れだ。炊飯器は大事にする」

「え?」


 これは心が腐ってしまったおじさんの、最後の良心だった。


「君は俺なんかよりも、もっと良い奴と付き合うべきだ。昨日のことも今日のこと、俺は忘れない。だから……」


 リコの目がみるみる滲んでいった。

 どうして彼女は泣くんだろう?


「馬鹿! わからず屋! 駄目人間!」


 捨て台詞をまくし立てて、リコは部屋を飛び出してしまう。


「どクズ! 赤ちゃん人間!ヒトデナシ!」


 ったく。俺がいったい、何をいったっていうんだ……?

 ドアを開けるとリコの背中はもう遠くに消えていた。



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