第10話 迷宮の闇の中で


「謝ったからって気は変わらねーよ」


 俺は冷酷に告げる。


「ひどいことされるのは覚悟して……ます。でも代わりに私の話も聞いてほしい」

「幸せな奴の話なんか聞きたくないね。この迷宮はいわば俺の巣のようなもんだ。土足で入り込んだ自分を恨むんだな」


「私だって色々あるの! 私だって……」

「黙ってろよ。服脱がせられねーだろ」


「パーティの皆に裏切られた……。ただ犯されそうになっただけじゃないの。『迷宮で睡眠薬を飲ませれば、どこにも逃げ場はないから』って。追い回されて、怖くて。必死で逃げて、深層まで来たの」


「……待て。迷宮で睡眠薬で、犯すだって?」


 リコの護衛にいた騎士団がそうなのだろうか。

 あのイケメンが?

 俺もびっくりのクズだった。


「……おとなしく犯されれば低層にいられたのにな」

「初めては好きな人って決めてたから」


「このご時世に大層なことだな」

「でも、ちょっといいなって思ってた人が、睡眠薬を盛るようなクズだった。最悪な気分だよ。失望して傷心だったの」


「ご愁傷様だな」

「もう人とか信じられないと思ってた。でも土壇場で、人ってそれだけじゃないんだって思えた」


 俺はリコの服を脱がした。

 大きめだが形の良い胸が零れる。白い肌が薪の火に照らされた。

 もう彼女は抵抗しない。


「悪かったな。残念ながら残ったのは俺だ」

「ううん。よかった。あなたはずっと潜って努力をして……。死んだ同僚のために闘って。本当に私は軽率でした。反省しています」


「従順になっても無駄だ」

「鬼神さんは死んだ人のために怒れる人だった」

「……知るかよ」


 なんだかんだで俺の怒りは、落ち着いてくる。

 こいつ、わかってるじゃないか。

 まぁ手は止めないけどな。


「罪坂君はね。顔はよかったけど。私を追い回したし。山羊鬼の前ではずっと利己的だった。彼の最後の言葉は『なんとかしろよお前ら』だった」


 俺は、部下を肉の壁にしようとした上司を思い出す。

 どこの世界でもクズばかりが出世するんだな。

 いまとなっちゃ知っちゃこっちゃないけど。

 こいつを犯してラッキーと思って、それでしまいだ。


 輝竜リコのすべてを脱がせる。

 生まれたままの姿になった。


 豊かな胸だけを、手で隠している。

 うつむきながら、ちらちらとこちらを見ている。

 俺は彼女の視線の意味がわからない。


「鬼神さんは、私を助けてくれた」

「見殺しにするのも後味がわりぃからだ。俺だって『後味』っていう利己で動いたんだよ」


「助けられた事実は揺るがない」

「あそ。犯すぞ」


「それにね。堂々と正面から『お前を犯したい』って言ってくれたから。睡眠薬よりもずっと……」


 リコの様子がおかしい。

 さっきまでは怒りを見せて暴れていたはずだ。

 どういう心境の変化だ?

 今度は俺が押されてくる。


「少し、黙れよ」

「やだ。はっきり口にしておきたい」


 たぬきっぽい、しかし大きな瞳で見つめてくる。


 どういうことだ?

 俺は今犯しているはずじゃないのか?


 リコの顔はどこか赤らんでいた。

 勘違いかもしれないけど、恐怖の表情ではない気がする。

 リコの潤んだ眼が、俺の眼を見据える。


 風向きが変わったってことか?

 もしかして、嫌がっていない?

 いや、俺の勘違いだ。勘違いだよな?


「鬼神さんには罪悪感を抱いて欲しくないから。すごく急な展開だけどね。同意だって思って欲しい」

「俺は悪人だ。迷宮で、誰もみてねーし。約得も欲しいから、お前を犯そうとしていただけでだな……」


「じゃあ録音するなり言質をとるなり、お好きにどうぞ。本音は変わりませんから」


 どういうことだ?

 残酷なのは俺の方はずだ。

 なのにリコのペースになってくる。



「私ごときで、いままでの辛い人生が帳消しになるわけじゃないと思うけど……」

「ごときとかいうな。リコドラはもっと天真爛漫で不敵な探索者だ!」


 俺の中での『輝竜リコのファンの心』が叫ぶ。


「リコドラって言った? もしかして私のファンだったの?」

「エロゲー声優時代から知っている」


「黒歴史まで知ってるなんて、コア過ぎじゃん……!」

「エロゲーとして成功するには、下品さが足りなかったな」


「ひどい言い草! でも昔から知ってるとこは素直に嬉しい。こんないいシチュの『初めて』なんて……。やっぱラッキーかも」


 リコはどこか嬉しげだ。

 俺の首に腕を絡めてくる。


「どういうことだ?」

「気づいていないの? 命を救われた人と初めてをするんだよ。初めてってさ。話を聞くと体験しょっぱいんだから。だから私はラッキーなの」


「イケメンが好きじゃなかったのか? 俺はおっさんだ」

「彼のことは好きなんていってないよ。『気になってた』だけ。それに眠剤盛る人なんか、劇萎えに決まってるじゃん。山羊鬼にも逃げてたし。人のせいにするし」


 女ってやつは恐ろしい。

 だが今は俺に好意を向けているのか? 

 駄目だ。騙されるなよ。


「でも。今のでちょっとわかってきた」

「何をだよ……」

「鬼神さんの良さが」


「俺に、いいところなんて……」

「私のことを励ましておいて。自分だけ落ち込むのはずるいよ。あなたは若い女の子を助けた。約得を求めてもバチは当たらないよ」



 俺の脳が、彼女の言葉で、溶けてくる。

 やめてくれよ。柄じゃないんだ。

 悪人でいさせてくれよ。


 いままで勘違いして失敗してきたんだ。

 年収がバレた途端、連絡をキラれて、おじゃんだ。


 それが俺の人生だ。

 だから、由緒正しきポルノの定番〈森の番人〉をやりきるつもりだったのに。


 勘違い、させないでくれよ。


「ってか鬼神さんのシチュも最高じゃない?」


 リコが俺の肩に手を回し、引き寄せる。

 こいつ強くなっている。メスガキめいた笑みが、目の前に迫っていた。


「だってさぁ。イケメン探索者から、私という声優インフルエンサー配信者をNTRするんだよ? 躊躇ったら損だよ。ああラノベとかドラマみたいなグダグダはなしね。ここは迷宮なんだから。ああ、私も。ハイになってるなあ。吊り橋効果かなあ」


 俺は理性を動員して、彼女に最後の通告を告げる。


「俺はおじさんだ。失うものも何もないヤケクソな無敵の人予備軍だ。だからお前を犯すってのは……。人生をめちゃくちゃにするつもりってことだ」


「馬鹿正直に、話しちゃってさぁ。人がいいのがバレバレ。私のこと網にかかったと思ってるみたいだけど。お互い様でしょ」


 メスガキめいた悪魔的な笑みで、俺の耳元で囁く。


「いったでしょ。だんだんあなたのこと、わかってきたって。私は眠剤守られて輪姦まわされるよりも、命を救ってくれた人に初めてを捧げるの。もう、決めたの。これ以上の出会いはないって思ったの。だからグダグダはやめてね。いまだけはラノベじゃない。エロ漫画みたいにで、いいんだよ」


 メスガキの中に、母性があった。

 俺の頭は、真っ白になっていく。


 躊躇わなくて、いいんだ。

 リコもそう言ってる。リコドラチャンネルのリコちんが、目の前に……。


 俺は迷宮の神殿の中で、彼女の肩を引き寄せる。

 焚き火の炎が俺たちを照らしていた。


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