第14話 また明日


 リコを背負い迷宮を抜ける寸前、俺はぽつりとこぼす。


「ガキの頃みてぇ」


『この時間が続けばいいのに』という願望と、『俺のようなおじさんを相手にするなんて彼女は錯覚している』という理性の間で、俺は揺れていたのだ。


「戻りたい?」


 背負っていて近いためか、俺がぽつりと漏らした言葉をもれなく拾ってきた。

 

「じゃあさ。今だけは鬼神さんも。子供の頃に戻ればいいよ」

「はん。メスガキにお守りされるほど落ちぶれちゃいねーよ」


「想像の中でだけ戻ってみるんだよ。もう少しだけ迷宮は続くんだから。人里なんか関係ないよ」

「お前は子供に戻りたいってほど歳くってないだろ」


「公称21歳だけど実は2○歳」


 10歳差以内だった。

 リコの見た目は完全にメスガキなのに。

 俺は罪の意識があったが、合法になった気がした。


「……………………。いや。歳は関係ない。お前はメスガキ。俺はおっさんだ。射程圏内なんてのはありえない」

「自制心が残ってるんだね。よしよし」


 おもむろに頭を撫でられる。

 彼女を背負って歩いているのは俺の方だ。

 なのに、母性に包まれている気分だった。


「急にバブみをみせるな」

「バブバブ」


「お前が赤ちゃんかよ?」

「じゃーあ。帰ったら、あなたが赤ちゃんになって良いよ」

「ならねえよ」


 今、こいつ、なんて言った?


『帰ったら』。


 この関係に続きなんてあるのか? 

 俺は期待しない。

 人生の限界の見えたおじさんだからだ。


 バズったからってなんだというんだ。

 いや。バズったからこそわかることがある。


 今日のようなことは簡単には起こらない。

 あくまで俺のバズは輝竜リコの拡散力によるものだ。


 きっと彼女と行動を共にするのも今日だけ。


 偶然、同じ迷宮に居合わせて。

 たまたま目的が重なって。

 意図せず助ける形になっただけだ。


「今だけ。想像の中で17歳の鬼神さんと、17歳の私になるの。ふたりは高校生でね。迷宮に入ってね。命からがら逃げてきたの」


 彼女は想像力豊かなのだろう。

 俺は少しだけ当てられる。夢くらいみてもいいよな。


 だが足は緩めない。

 彼女を背負って、麓にでた。



「麓だぞ」



 迷宮の低層、紫色の森を抜けて、緑地公園へと出た。

 公園を抜けると公道にでる。


 農地を越えて歩くと、辺境の俺のアパートが見えてきた。


「やっとでたぁ~。晩ご飯何たべよう」

「焼いた肉が残っているから、こいつで我慢する。残りの肉は干し肉だ。あと深層で綺麗な草を取っておいた。こいつはポットのお湯で茹でる」


「ワイルドだねえ。ここからは私も歩くよ」


 リコが歩けるというので、肩を支えて歩いた。

 何故か俺のアパートまでついてくる。


「お邪魔しまーす」

「……おい。泊まる気か?」

「私は怪我人だよ。労ってよね!」

「わるい」


 輝竜リコが俺のアパートに入ってくる。

 昨日までは画面の向こうの存在だったのに。夢みたいだ。


「部屋。なんもないねえ」 

「社宅だったからな。会社も潰れて、社員食堂も消えちまった」

「そっかぁ。私は疲れちゃったよ。昨日丸一日、今日も半日探索しぱなしだったから……」

「その半分は俺に背負われていたがな」


 

 リコは俺のベットに倒れ込む。

 俺を振り返り見て、隣をぽんぽんとした。


 俺は遠慮無く、彼女の隣で横になる。

 どっと疲れがと眠気が押し寄せてきたからだ。


 もう少し。もう少しだけ。

 幸せよ、続いてくれ。


 その日は、背中を合わせて眠った。




 次の朝目覚めると、リコは帰り支度をしていた。


「足は治ったのか?」

「おぶって貰えたから。おかげ様だよ」


 リコは眩しい笑みだった。



「またくるね。また明日」



 リコはさらりと言い残して、部屋をでた。

 俺は「ああ」とぶっきらぼうに応えた。


 もう、彼女がくることはないだろう。



 リコが帰ってから、俺は携帯でニュースをみた。リコの名前を検索するとネットニュースの片隅で記事を見つけた。



『声優・配信者の輝竜リコさん、迷宮最深部で命を救われる?!』

『謎の強すぎるおじさんの救出劇。おじさんの正体は誰か?!』


『迷宮専門家でも首をかしげる、激レアさん!』

『果たしてふたりの安否は?』


 などなどヒットしたが、別に日常に変化はない。

 相変わらず動画サイトでは、俺の救出動画がバズっていて、再生数やコメントが爆伸びしている。



『トール神、再来求む』

『おっさん、近況くれ!』『コメ返をくれ!』


『リコちんの安否は?』『最強を超える最強』

『調子に乗るんじゃねえぞ!』

『俺と闘え雑魚!』『蛮勇登場w』

『カス!!』『←お前がな』


『鬼神ちゃんねるの主を殺害することにしました。僕は本気です』

『殺害予告キタコレ!!』



 俺の動画アカウントでは賞賛とクソコメが乱立していた。

 俺になりすまして投降したコピー動画まで流れる始末だ。



『見知らぬおっさん、山羊鬼撃破の瞬間』



 などのコピー切り抜き動画である。

 動画の一部が切り取りされ、別の誰かの収益になることだろう。

 オリジナルが俺であることは変わらないが、これがまあ世の中の現状という奴である。



 しばらく俺はぼーっと眺めた。

 放心したまま、ベッドに横たわって一日を過ごした。


 寝たり起きたりして36時間後

 やがて再生数は10万少しで頭打ちになる。



(まあ、いっときの夢だったってことで)



 リコは『またね』といったけど。

 リップサービスだろうと思っている。


 俺がネガティブというのもあるが、女という生き物に良い思い出がなかったからだ。



(リコが来ることはもうないだろう)



 期待はしない。

 いままでうだつが上がらない人生だったから、急激な幸せを前に、俺の認識がバグっていた。


(いや……。もう来ないどころか、犯したことで訴えられるかもな)


 俺は女というものの残酷さをよく知っている。

 いまさら社会的に抹殺されたところで痛くも痒くもないが、裏切られることはいつだって悲しい。



 幸い〈山羊鬼撃破動画〉は10万再生だ。

 スパチャもそこそこ入っていた。

 

 リコのことは忘れて、就職活動でもするかな。


 思った矢先、スマホが鳴る。

 リコからだった。



『やっほー。これから行くからね』



 どういうことだ?

 俺は別れを覚悟していた。訴訟される可能性まで考えていたのに。


『またね』ってのはリップサービスじゃないのか?


「急な幸せなんてやめてくれよ。勘違いなんて、させないでくれよ」 


 俺は頭を抱えて布団に潜り込む。

 輝竜リコと知り合い、10万バズを体験し、コメントの嵐を受けたのはいいものの……。

 身の丈に合わない幸せを前にキャパオーバーとなっていた。


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大事なお願い

ここまででもし気に入って頂けましたら☆1でいいので☆☆☆評価&♡&レビュー&コメント、などなどよろしくお願いします。https://kakuyomu.jp/works/16817330656681666194



拙作【異世界迷宮で俺だけ上限値解放〈リミットオーバー〉な件~】も宜しくお願いしますhttps://kakuyomu.jp/works/16817330649818316828

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