二章 迷宮の神殿にて

第8話 ふたりでの復路


 俺と輝竜リコらしき女の子は100階層にいた。

 ここから地上に還るまで、帰りの道をがんばらなければならなかったが、女の子はもう疲労が限界のようだった。


「87階のゲートが潰れているのはわかりました。でも他の階層のゲートとかは残っているんじゃ……」


 輝竜リコらしき女の子は、甘えたことを言い始める。


「来る時に確認したが、87階層以降のゲートもすべて潰れていた。俺の設置したリタン水晶を、お前らの仲間が勝手に使ったんだろう」


「じゃあ、スペアのリタン水晶は……?」


「気絶したお仲間をゲートに放り込むときに漁ってみたが、誰も持っていなかった。俺たちの帰還手段は徒歩以外にない」


 俺は道中のことを思い出す。

 俺がちょくちょく設置していた〈帰還ポイント〉がやけに潰れていて妙だったが、なんのことはない。


 こいつらが帰還に使ったからなのだ。


「よくも使ってくれたな。いったい何人で来たんだ?」

「はじめは、20人です」


「君以外は逃げ出したわけか。君は一番勇気があるぞ。良かったな」


 女の子はがっくり肩を落とし蒼白になる。


「も、もしかして……。あと100階層、歩いて帰るんですか?」


「俺が設置した帰還ゲートは、俺のためのものだ。だがお前らは俺の物を使った。迷宮では命優先になるのは仕方がないが、俺のしかけた命綱を勝手に使った盗人が、お前らであることは確かだ」



「そんなぁ……」

「幸い食べ物はある。ワニだ。やるよ」


 俺はフレイムアリゲーターのワニ肉を放り投げる。


「ワニ……」

「食わないと帰れないぞ。それにワニは美味いんだよ」


 女の子はワニにかぷりとかじりつく。


「おいしい……」


 俺は観察する。

 やはり、輝竜リコに似ている。

 いままで戦闘に夢中で考える暇がなかったが、大規模なパーティといい迷宮の深層で配信をしているこことといい、輝竜リコである可能性は濃厚だ。



 しかし唐突に突くべきではないだろう。

 真偽は歩きながら確かめればいい。


(役得くらいほしいからな)


 100階層の帰還の旅路は厳しいものだが、彼女と一緒なら暇も潰せるだろう。

 俺は小さく、悪い笑みを浮かべた。




「あ、歩くの早いです。もう少しゆっくり……」

「そのペースじゃ今日中には帰れない」


「もう、息が切れて……。はっ、はぁ」

「男とふたりきりで野宿なんて嫌だろう?」


「あ、あまり意地悪なこと、聞かないでください」

「じゃあがんばれ」


 俺と彼女は迷宮内部の森やら神殿やら遺跡やらを徒歩で戻っていく。

 この時点で俺は彼女が輝竜リコであることに半ば確信していたが、あえて尋ねないでいる。


「少し休むか」


 廃墟となった神殿跡で暖をとることにした。

 薪を集めて火を起こし、テントを張る。


 時刻は夕方五時。六月なので、日没まではまだ時間がある。

 だが現在いる地点は53階層だ。


 100階層での戦闘は正午だったから、四時間かけて半分まで戻ってきた計算になる。


(俺一人なら本来、二時間と掛からない距離だ。こいつが足手まといだったな)


 今から全力で帰還すれば、俺一人なら夜になる前に外に出られる。

 だが、彼女のペースに合わせていては不可能だろう。


「今日はここで野宿した方がいいな」

「野宿……」

「おっさんと二人きりで悪いが。運命だと思うんだな」


 火を囲んで向かい合う。

 レンジャーローブ女の子は始めスマホをみていたが、やがて電源が切れてしまったのか手持ち無沙汰になった。

 つまらなくなったのか、ポツポツと話し始める。


「本当は、パーティの皆は撒いてきたの」


 俺は無言で、肉を串に刺している。

 行きのときに倒したゴルド・フェニックスの肉だ。何度も蘇るので、蘇る最中に連続で攻撃をたたき込む必要があった。


 倒すのが面倒なだけあって、栄養は満点だ


「パーティがね。迷宮の奥で私を犯そうって相談をしてて。偶然聞いちゃって。怖くなったから配信のふりして、無理な踏破に挑んだの」


「それはご苦労なことだな」


 別に、よくある話だ。

 女ひとりに対し、男の集団を雇えば暴走するのは当然。

 サークルの姫状態って奴だ。



 しかもここは迷宮。

 配信や同接をしていたとしても、社会から隔絶されている場所だ。


「でも。パーティの中には、ちょっといいなって思ってた人もいたんだ」

「あのイケメンか?」


「よく、わかったね」

「イケメンはあいつだけだったからなあ」



「【罪坂君】っていうんだけど」

「そいつの名前に興味はない。お前も肉に串を刺せ」



 若い女が好きなイケメンの話なんかは『クソどうでもいい話』なので、俺は無言でゴルド・フェニックスの肉を渡す。

 話を聞くだけだと疲れるので、俺も質問をする。


 そろそろ確信をついてもいいだろう。



「薄々気づいていたが。君は〈輝竜リコ〉なのか」


「え? あ、ぁ……。ええ、あ! 人違いですよ」


 あえて直球で聞くと、あからさまに動揺していた。

 本人確定だろう。


「人違いってのは輝竜リコを知っていると思っている前提だろ。本人でないなら君はとっさに本名を名乗るはずだ」

「う、うぅ……。私は……。上林権三郎です」

「すげえ見え見えの嘘だな!」


 ちょっとおもしろいやつだった。

 いつもなら女の子をこういう風にいじることはないのだが……。

 だがここは迷宮だ。何も気にする必要は無い。


「……ごめんなさい。私が輝竜リコです」

「有名な声優インフルエンサーを助けられて光栄だよ。正直に話してくれたのも、ありがとう」


 俺は焼けた肉を差し出した。


「焼けたぞ」


 輝竜リコはフェニックスの肉を頬張ると……。


「う、ぅ、うぅ……」


 何故だか泣き出していた。


「泣くほど美味いのか? それとも名前を聞かれたのが嫌だったのか」

「ち、違……」


「安心しろ。君の名前や本名をバラしたからって俺にメリットはない」

「う、ふぐ……。ううぇ、ふぎぅええ……」 


 肉を食べながらも、リコは泣き止んでくれない。

 俺は無言で肉を焼く。

 肉汁が火の中に落ちて、ときおりぼうっと、煙をあげる。


「ほら。肉が焼けた。どんどん行くぞ」

「こんなに、食べれない」

「食わないと、ここは出られない」


 リコは肉にかぶりつく。ゴルドフェニックスの力で、互いの身体が輝き出す。


「これは?」

「ゴルド・フェニックスの力だ。マナが肉体に充填される」


「色んな迷宮に潜って配信したけど。こんなの見たことない。やっぱり〈果てなる水晶の迷宮〉の都市伝説は本当だったんだ……」


 俺は気になった。

 今、なんて言った?


「どういうことだ?」

「水晶の迷宮の都市伝説です。知らないで、ここに居るんですか?」


 どうやらこの迷宮には秘密があったようだった。


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