豹変

 村岡は署員に連れられてブリッジから取調室に向かっていた。ただの参考人なので手錠はもちろんかけていない。


「静かになったようだね。」


 村岡が優しくその署員に話しかけた。署員もその雰囲気に心が緩み、会話に応じた。


「あなたのおかげで湖国は元に戻りそうです。」

「それはよかった。」


 村岡は廊下から窓の外を見た。遠くにかすかに光が見えるだけで、外は漆黒の闇に包まれている


「琵琶湖の騒ぎがどうなったか、知りませんか?」

「さあ、詳しくは・・・。でもいい方向に向かっているということです。」

「そうなのですか。それはよかった。ではあの刑事さんたちも安心されていますね。」

「ええ。警戒態勢も解除になったようです。琵琶湖はまた静かな湖に戻ります。」


 署員はにこやかに答えた。村岡も微笑んでうなずいた。だがその目は邪悪な光を宿していた。

 やがて取調室の前まで来た。


「あっ!」


 村岡が足を取られたのか、転びそうになった。


「おっと! 大丈夫ですか?」


 署員がすぐに村岡の体を支えた。その彼の右手にはあのスマホが握られていた。いや、それはスマホの一部を取り外したものだった。それには2本の牙のような金属が生えていた。


「ありがとう。」


 村岡はニヤリと笑った。そして右手に持っていた部品を署員の首に押し当てた。


「ううっ!」


 その署員はしびれて気を失ってその場に倒れた。それは小型のスタンガンだったのだ。村岡はその署員を引っ張って取調室に入れると、彼の拳銃を奪った。そしてあたりを警戒しながら廊下を歩いて行った。


 ◇


 捜査課を飛び出した佐川は取調室に向かった。村岡をそこに移すように指示してある。だが彼には嫌な予感がしていた。


(これほどまで周到な準備をしたやつだ。おとなしくしているだろうか?)


 佐川には、あの温厚で優しそうに見えた村岡が実は狡猾で恐ろしい人間に思えていた。きっと何か企んでいるはずだと考えていた。

 狭い廊下を走り、取調室の前まで来た。彼は2,3回、深呼吸で息を整えてから、ドアをノックして開けた。


「しまった!」


 佐川は思わず声を漏らした。中には気を失った警官が倒れていたのだ。もちろん村岡の姿はない。


「しっかりしろ!」


 佐川は警官を助け起こした。するとようやく目を覚ました。


「何があったんだ?」

「村岡が転びそうになったので支えたら、急に体がしびれて・・・」


 佐川には、村岡が隠し持っていたスタンガンか何かで警官を気絶させたのだとわかった。その警官ははっとして右の腰を探った。


「な、ない!」

「どうした?」

「拳銃を取られました!」


 警官は茫然として言った。村岡は拳銃をもって船内を移動している。何をするかわからないが、とにかく早く逮捕しなければならない。


(村岡はどこに行った?)


 佐川は情報センターの真森にスマホから電話した。


「村岡が拳銃を奪って逃げた。どこにいるか調べてくれ!」

「村岡さんが!」

「ああ、そうだ。村岡だ。やはり奴が主犯だった!」

「わかりました。」


 真森はまだ村岡が犯人だとは信じられないようだった。だが彼女は監視カメラの映像を見てそれが本当だと知った。


「佐川さん。艇庫です。村岡らしい人影が見えました。」

「よし、わかった。荒木警部にも連絡してくれ!」

「了解。私もそこに行きます!」


 真森も駆けつけることになった。艇庫には彼女の場所が近い。

 村岡は逃亡を図っている。いや、逃げることでまた何かを企んでいるのかもしれない。佐川も焦る気持ちを押さえながら艇庫に急いだ。


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