湖にいる者たち

傭兵のタカ

 船外機をつけたゴムボートが湖面を疾走する。次の獲物を求めて・・・。乗っているのは足立高志という30半ばの男だった。


「このゲームは俺がいただきだ!」


彼はサバイバルゲームをしている者の中では有名な存在だった。いくつかの大会で個人優勝して「傭兵のタカ」と呼ばれていた。まるで兵士のような動きと射撃の正確さ・・・彼の右に出るものはないと言われていた。

 今回は怪しげな大会だったが、高額な優勝賞金につられて出場したのだ。ただ陸の上ではなく、ゴムボートに乗ってサバイバルゲームをするのには違和感があった。いつもの調子が出ないのである。相手を見つけても、不利な状況を知ると逃げられてしまう。霧は出ているが隠れるところがない。しかもタブレットでこちらの位置が筒抜けになっている。これでは得意の奇襲戦法は使えなかった。

 だが足立は何とか一人は仕留めた。相手は若い男だった。タブレットを見た時、その男が一番近くにいた。スピードを上げて近づくと、向こうも逃げずにやる気だった。こちらが「傭兵のタカ」ともわからずに・・・。


「まずはこいつからだ!」


ゴムボートを相手と平行に走らす。それで狙いやすくなる。サバイバルゲームは慣れているようだったが、射撃の腕は自分の方が上だと足立には自信があった。

 しばらく撃ち合っていると、こちらの弾が相手の体にヒットした。相手のゴーグルが赤く点滅している。これで仕留めたことになる。


「畜生!」


相手の声が聞こえた。かなり悔しがっているようだった。足立は手を振ってその場を離れた。タブレットでは相手の青い点が赤く変わっていた。


「1丁あがり!」


多分、一人倒すことにボーナス点が加点されるはずだ。最終的には優勝賞金に加えてボーナス点からの賞金でかなりの儲けになるだろう。


 タブレットで次の標的を絞り、その方向にゴムボートを走らせた。するとターゲットを目視で発見した。こっちを見て慌てて逃げようとしている。今朝からこんな形で数人に逃げられている。ここは慎重に追い詰めて・・・足立は舌なめずりしてゴムボートの舵を切った。


(多分、追跡をあきらめたと思ってスピードを緩めるはず。気づかれずに回り込めば・・・)


相手のタブレットはこっちを監視していると思うが、気を抜いたところに猛スピードでチャージをかければきっととらえられる・・・足立はそう思った。そしてそれは正しかった。

 真正面に回り込み、相手のゴムボートに突っ込んでいった。向こうのゴムボートはUターンをすることもできず、舵を右に切るだけである。だがそんなことでは逃げられない。足立はゴムボートを接近させて電動ガンを構えた。向こうは慌てて電動ガンを構えて発射してくるが、そんなものは当たらない。足立はよく狙ってから連射した。


「よし!」


 相手に見事に命中したようでゴーグルが点滅している。タブレットを見ると相手の点は赤くなった。


「2人やった!」


足立はガッツポーズをした。敗れた相手は立ち上がり、電動ガンを投げ捨てて悔しがっている。


(じゃあ、次に行くか。)


足立は別の方向にゴムボートを走らそうとした。だがその時、背後で、


「ぐわー!」


と悲鳴が聞こえた。足立がびっくりして振り返ると、さっき戦った相手が胸を押さえている。


「なんだ?」


よく見ると矢のようなものが胸を貫いていた。傷から血がどくどくと流れ、やがて崩れるように倒れた。


「大丈夫か?」


足立はそのゴムボートに近づいて声をかけた。だが倒れている男は目を剥いて全く動かない。すでに死んでしまっている。


「う、うわー!」


足立はパニックになって、慌ててスピードを上げてその場を離れた。


「一体、何なんだ・・・」


足立は信じられない思いだった。誰かが矢を放って殺したのだ。だが辺りにはボートはない。どこから放たれたものかはわからないのだ。


(確かにいないはずだぞ。この近くには・・・)


足立はタブレットをのぞき込んだ。この場所には自分の青い点と相手の赤い点しかない。他にゲームの参加者はいないのだ。


(もしかして・・・負けた相手は誰かに殺されてしまうのか・・・)


足立にはそんな考えが浮かんでいた。そうなるとこれは生死をかけたサバイバルゲームだ。


「こんなところにいられない! 早く岸に上がらないと・・・」


足立はタブレットを見て自分の位置を確認した。南にしばらく行くと岸に上がれる。彼はタブレットをオフにした。すると電源が落ちて黒い鏡のようになった画面に何かが映りこんでいた。


「ん?」


それは上空にあるものが映って見えたのだ。足立は空を見上げた。


「えっ!」


そこにはドローンが空中で停止していた。まるで彼を監視するかのように・・・。しかもゴムボートを走らせても離れようとしない。霧の中で視界が悪いのにそれはついてくるのだ。足立は気味が悪くなった。


「あっちに行け! あっちに行け!」


左手を振り回すが、ドローンはぴったりと離れない。


「誰か! 誰か助けてくれ!」


足立は叫びながら、ゴムボートを右や左に走らせながら逃げ惑っていた。

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