晴ときどきそよ風 ~ そよ風は、やさしい風になる ~

KKモントレイユ

第1話 ささやかなデート

 戸鳴野となりの小の五年B組の教室。授業が終わり窓から校庭を眺めている少女、野々宮晴ののみやはれ。一週間のうちほとんどの日をヴァイオリンの練習に取られてしまう。

 周りの子たちは中学入試だの、野球だの、サッカーだのと、それぞれに厳しいこともあるのだろうが、みんな楽しそうに話している。

 そんな中で彼女が小さい頃から習っているのは、苦しさを分かち合える友達も周りにいないヴァイオリンの世界だ。

 帰る準備をしていると親友の折原明日香おりはらあすかがやってきた。


はれ、今日もヴァイオリンの練習なの?」

「ごめん、今日も稽古なんだ」

「いいよ、いいよ。でも、はれって大変だね。遊ぶことがほとんどないじゃない」

「そうだね。まあ、小さい頃からこんな感じだったから慣れちゃったけど」

少し表情を曇らせながらはれが言う。


「でも、あれじゃない。栄太えいた先輩と一緒に練習なんでしょう」

「え? ああ、うん。そうだね」


微笑みながら明日香がはれの顔を覗き込む。

「好きなんでしょ」

「ち、違うわよ。何言ってんの」

にこにこしながらはれを見る明日香。


「な、何よ」

赤くなるはれ

「わかりやすい。じゃあね」

そう言って明日香は行ってしまった。


 栄太えいた先輩というのは六年生の川奈栄太かわなえいたのことだ。身長ははれより五センチくらい高いイケメン男子だった。

 栄太も小さい頃から晴と同じ教室でヴァイオリンを学んでいる。一学年上だが栄太は小さい頃から晴のことを妹のようにかわいがってくれていた。

 はれの方もずっとそういう感じと距離感だったが、最近、何か違う気持ちが自分の中に芽生えてきたような気がしていた。栄太が他の六年生女子と話していると少し嫌な気がする。そばにいてくれると嬉しい……そんな気持ちから、さらに最近は、近くにいると、なにかドキドキするような気持ちもある。


 ヴァイオリン教室へは一度家に帰ってから行くようにしていた。学校から家まで歩いて十分くらい。家から教室まで歩いて五分くらい。小学生でも十分歩いて行ける距離だった。帰ってから教室に行っても時間はそれほどかからない。

 練習は疲れるが嫌いではなかった。行けばかなり高い確率で栄太に会うことができる。ただ、毎日、毎日、練習、練習というこのルーティーンにはしんどさを感じていた。


 ヴァイオリンを持って家を出る。

はれ!」

肩を叩かれて驚いた。栄太だった。驚いた顔をする彼女に、

「どうしたの? なんか足取り重くない?」

「え、そんなことないですよ」

栄太の顔を見て少し元気になれた。

「そう、じゃあ、よかった。一緒に行こう。すぐ、そこだけど」

ほんの数分一緒に歩く。ささやかなデートだと思った。この時間がはれにとって大切な時間になっていた。

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