一秒違いの世界
月菜にと
第1話 通常の世界から一秒違いの世界へ
まだ少し寒さの残る風が吹く中、雲は笑顔を誘うように様々な形に変化し、朝日は柔らかで温もりのある日差しで包み込もうとしている。そんな休日――
「朝早くから何処に行くんじゃ?」
驚いたように大声を出した
彩が水平に張ったリードを引き寄せた。赤色の首輪をつけている白色の雑種犬が、足を止められ、恨めしそうに振り向く。名前はポニーだ。
「友達のところ」
彩が振り返りざま答えた直後、引き留めていたリードが弱まったのか、それを見逃さなかったポニーが駆け出した。ポニーは生まれて六ヶ月ほどだが、すでに体はかなり大きい。そして、好奇心は旺盛だ。
ポニーに引っ張られて彩は走り出した。彼女の頭髪を赤色のゴムで留めたポニーテールが、ポニーの尻尾と同じようになびく。
彩は引っ張られながらも、行きたい先へとリードを操り、ポニーを導く。そんな彼女は最近、同じクラスの
なぜ無視されるようになったのか、その理由を学級委員長の
くねる狭い道路を駆け抜けた彩は、リードを引き寄せて停止した。目の前には、レンゲソウが田んぼ一面に咲き誇っている。
「きれい」
見惚れる彩の足元に座ったポニーは、ぶんぶんと尻尾を振りまくっている。
「
大きな声で呼んだ彩は、道路の縁に腰掛けた。田んぼは道路より低い位置にある。
「
ノートとボールペンをリュックサックに仕舞った吉弘は、彩の元へ走り寄った。道路の縁に上がると、足元に寝転がったポニーの腹を撫でまくる。
「吉くんにお願いがあるんじゃ」
唐突で意外な言葉に、吉弘はきょとんした表情で彩の隣に座った。すり寄ってきたポニーが吉弘の膝に顎を乗っけると、吉弘は片手でポニーの頭を撫でながら彩を見た。
「なんじゃ?」
顔を曇らせた彩は、事情を説明した。
「
目を丸くして甲高い奇声を発した吉弘は、呆然とレンゲソウを見遣った。
「そういうことじゃから、一緒に萌ちゃんに会って、誤解を解いて欲しいんじゃ」
懇願する彩に目を向けた吉弘は、甲高い奇声を上げた。
「わかった。MGT作戦じゃ」
彩は、意味が分からないと、小首を傾げた。
「Mは萌ちゃん。Gは誤解。Tは解くじゃ」
吉弘の説明に、彩はそういうことかと微笑んだ。そのとき、吉弘の膝に顎を乗せていたポニーが、急に立ち上がり、田んぼの中に飛び込んだ。すさまじい勢いに、思わず彩はリードを手放した。ポニーは一直線、田んぼを超えた側にある竹林に向かって行く。
田んぼの中に飛び込んだ吉弘が、竹林を目指し駆けて行く。呆気にとられていた彩も我に返り、田んぼの中に飛び込んで吉弘を追い掛けた。
竹林に足を踏み入れた彩は、きょろきょろと見回す吉弘の横に立ってポニーを探した。
ポニーの姿は見えないが、ポニーのリードがこんもりした草むらの中に入っていくのが見えた。慌ててリードを掴み上げる。
だが、リードは掴めなかった。
再度リードを掴み上げようとしたが、リードは草むらの中に入ってしまった。
肩を落とした彩の眼前に、草むらの葉が大きく揺れたと同時に、ポニーの首輪とリードだけが、草むらから飛び出してきた。
ポニーの姿は見えないが、宙に浮く首輪から伸びるリードが尻尾のようになびき、地面に落ちた部分のリードは引きずられていく。
「なんじゃ?」
見開いた吉弘の目は、宙に浮く首輪を追った。首輪は田んぼに向かっている。
「首輪しか見えんけど、ポニーはそこにいるはずじゃ」
頭の中はこんがらかっているが無我夢中で言った彩は、引きずられていくリードを、今度こそはと、しっかりと掴み上げた。
「透明人間ならぬ透明ポニーってことか?」
目を白黒させた吉弘が、思わずふらつき、竹に寄りかかった。
「どういうことじゃ?」
呆然と呟く彩は、確かにリードを掴んだはずなのに、何も掴めていない手を眺めた。
「リードが手を透過した。くっきりと見えるリードじゃったのに、感触さえもなかった」
呆然と呟き続ける彩の顔を、地面に倒れてしまった吉弘が恨めしそうに見上げた。
「彩ちゃん。竹も透過するで」
はっとした彩が見下ろした。
「これ、見てみ」
立ち上がった吉弘は、竹に手を突っ込み、上下左右に振ってみせた。くっきりと見える竹だが、吉弘の手は竹を透過している。
「ポニー」
心配そうに呟いた彩が、田んぼに向かって駆け出した。意表を突かれた格好で、吉弘が後を追いかける。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます