第四章 京都の探偵

 その後、一通りの捜査が終わると、榊原はマンションの敷地内から出てどこぞへ歩き始めた。瑞穂は慌てて後を追いながら問いかける。

「あの、これからどうするんですか?」

「どうする、というのは?」

「何というか、色々新しい証拠も見つかったみたいですし、京都府警にその事を伝えた方がいいんじゃ……」

 幸いというか、京都府警には榊原の知り合いの刑事も多い。少なくとも事情を説明すれば門前払いされる可能性は低いはずだった。

 だが、榊原は首を振るとこう言った。

「その前に、会っておきたい人間がいる。少し付き合ってくれ」

「はぁ」

 そのまま榊原は住宅街を抜け、地下鉄の駅がある大通りへと戻ってきた。駅へ戻るのかと瑞穂は思ったがどうもそういうわけではないらしく、そのまま駅の入口の前を通り過ぎると、少し行った先にある喫茶店の前で足を止めた。

「ここですか?」

「あぁ」

 榊原は短く答えて中に入る。すぐに店員のウェイトレスが営業スマイルを浮かべながら駆け寄って来る。

「いらっしゃいませ! 二名様ですか?」

「いえ、ここで待ち合わせをしているんですが……」

 そう言いながら店内を見ていた榊原だったが、その視線が店の奥で止まった。

「いました。入っても構いませんか?」

「どうぞ、ごゆっくり」

 ウェイトレスのそんな言葉に送られて二人は店内に入る。そして店の一番奥の席に行くと、そこには先客がいた。

「遅かったですね」

「すまないね。現場を見る方を優先した」

 座っていたのは一人の女性だった。年齢は三十代前半くらいだろうか。髪を肩の辺りで切りそろえており、パンツスーツにパンプスという動きやすさを重視した格好である。彼女は榊原に向かいの席を勧め、同時に瑞穂に気付いたようだった。

「あら、そちらのお嬢さんは?」

「あぁ、彼女は……」

「深町瑞穂です! 先生の助手をしています!」

 榊原が何か言う前に瑞穂が自分から挨拶をする。榊原は何か一瞬言いたそうな顔をしたが、諦めたようでため息をついて黙って腰かけた。

「へぇ、榊原さんにもこんなにかわいいお弟子さんがいたんですね」

「自称だがね。色々あったんだ」

「ふーん」

 女性は面白そうな表情で榊原を見やった後、改めて瑞穂に向き直った。

「初めまして、深町さん。改めて、私はこういう者です」

 女性はそう言うと、一枚の名刺を瑞穂の方へ差し出した。瑞穂が確認すると、そこにはこう書かれていた。


『神里探偵事務所所長 神里紗理奈かみざとさりな


 それを見て、瑞穂は目を丸くする。

「探偵さん、ですか」

「そっ。榊原さんとは同業って事になるわね。もっとも私の事務所は京都にあって主に関西圏の依頼を受ける事が多いんだけど」

「あの、先生とはどういう経緯で知り合ったんですか?」

 榊原が同業の探偵と付き合いがあったという事に違和感を覚えた瑞穂が尋ねると、榊原が事務的な口調で言った。

「彼女は元々私が関わった事件の関係者だ」

「関係者?」

「四年くらい前になるか。君は覚えていないかね? 京都の祇園で舞妓が殺害され、それをきっかけに起こった連続殺人事件……当時かなり話題になったはずだが」

 いきなりそんな事を言われて瑞穂は何とか頭を振り絞って思い出そうとする。

「舞妓……そういえば何年か前にそんな事件があって騒ぎになっていたような記憶が……って、先生、もしかして」

 何かを察したような瑞穂に対し、榊原はため息をつきながら答えた。

「察しの通り、私もその事件に探偵として関与していた。もっとも、正確には別件の事件の依頼を受けている途中で、京都の舞妓殺しとの関連が浮かび上がってそちらの事件にも介入した、という形になるが」

「知りませんでした……」

「この事件の記録は事務所に保管してあるはずだ。詳しい事を知りたいなら、それを読んでみるといい」

「……帰ったら読んでみます」

 瑞穂は少し複雑そうな声でそう言った。

「まぁ、とにかくだ。その事件で私はしばらく京都入りして捜査をしていたわけだが、その中で関係者として政財界の有力者が何人か浮かび上がった。その一人だったのが、元京都市長にして、現在は衆議院議員に転身している与党の有力政治家・神里宗吉郎。そしてその一人娘で、当時父親の地盤を引き継いで京都市市議会議員となっていた神里家のもう一人の有力者が……」

「私って事ね」

 紗理奈は気さくにそう言って微笑む。その答えを聞いて、瑞穂は呆気にとられた表情を浮かべていた。

「じゃ、じゃあこの人は……」

「あぁ。いいところのお嬢さんで、若くして京都市議会議員の座にまで上り詰めながら、事件後に議員の座を捨てて私立探偵に転進したという異色の探偵……それが彼女・神里紗理奈だ」

「昔の話ですわ。今はしがない一私立探偵に過ぎません」

 紗理奈はそう言って微笑んだ。

「元議員の私立探偵って……何ていうか、凄いインパクトのある肩書ですね」

「あら、どうして?」

「どうしてって……何となくですけど、政治家って推理小説とかだと悪役とか黒幕とか犯人役とかばかりじゃないですか。だから、何となく違和感が……」

 瑞穂の言葉に紗理奈はくすくす笑う。

「そうよねぇ。やっておいてなんだけど、なるのは大変なのにこんなにイメージの悪い仕事っていうのも珍しいんじゃないかしら。ただまぁ、推理小説で政治家がボロボロに叩かれているっていうのは、国としては健全だと思うから良しとするわ」

「国として健全、ですか?」

「えぇ」

 紗理奈は意味ありげな視線を瑞穂に向けてこう続けた。

「だって独裁国家とかだったら、政治家を犯人役にするみたいな小説なんか絶対書けないはずだもの。それができているって事は、この国が民主主義国家としてまともに機能しているって事になるんじゃないかしら?」

「それは……」

「推理小説が発展するのは民主主義が成立している法治国家……国民に対する表現の自由が保障され、警察権力が公正で国民から信頼されている国だと私は思っている。当然よね。そもそも『犯罪者』っていうのは『法律に違反した人間』の事なんだから、人を犯罪者に仕立て上げる『法律』が理不尽なものだったら……それこそ警察組織や政府が国民を一方的に犯罪者扱いするような存在だったら、推理小説を書いても誰も納得できるわけがない。だって真相がどうであれ、彼らが『犯人』と言ったら犯人になっちゃうんだもの。そこに探偵の出る幕はないわ」

「……」

「それに警察関係者や政治家……もっと言うと権力者全般を犯人役に設定する事ができないから、意外な真相を設置する事もできない。だから、書けたとしても単調でテンプレが固定された小説になるんじゃないかしら。犯人は個人的な動機かつ国家に反発する人間ばかりで、警察組織が苦悩も何もなく一方的な無双展開で悪しき犯人を逮捕していく……みたいな」

「……」

「だから、政治家が悪人扱いされている推理小説が一般的になっているこの国は逆にまともな国だと思うわ。ま、当の政治家は多分複雑な気持ちだと思うけどね」

 少し難しい話だったかな、と紗理奈は苦笑気味にそう言った。そこで榊原が軽く咳払いをした。

「ひとまず、積もる話はこのくらいにして、仕事の話をしようか」

「そうですわね。私もそうした方がいいと思います」

 そう言うと、紗理奈は胸ポケットから眼鏡を取り出してかけると、少し真剣な表情になった。どうやら、これが仕事モードになるときの合図らしい。

「それで、先日電話で頼んだ件については?」

「問題ありません。榊原さんに言われた通りにやっておきました。結果はここに」

 そう言うと、紗理奈は報告書が入っていると思しき『神里探偵事務所』と書かれた封筒を榊原に手渡した。榊原は中の書類を少し確認していたが、やがて意味深に頷いた。

「確かに。どうやら、私の思った通りだったようだ。急な話ですまなかったね」

「いえ。でも気になりますわ。なぜそんな事を私にやらせたんですか?」

「まぁ、色々考えた上での結論だ。また君にも協力してもらう事になるかもしれない」

「ふーん、まぁ、いいですけど」

 そう言うと、紗理奈はもう一つ封筒を持ち出した。

「それと、もう一つの件も調べておきました」

「すまないね」

 こちらもすぐに報告書を確認し、榊原は満足げに頷いた。

「さすがだね。一週間でよくこれだけ調べたものだ」

「榊原さんに褒めて頂けるなら、探偵冥利に尽きますわ」

「えっと、それは一体……?」

 話についていけない瑞穂が首をひねると、榊原は手に持っていた資料を瑞穂に示した。

「読んでみたまえ」

「はぁ……」

 瑞穂が渡された資料をめくると、そこには事務的な文章がつらつらと書かれていた。しばらくそれを読んでいた瑞穂だったが、やがてその顔に緊張が浮かぶ。

「先生、これ……」

 それは、家田涼花が遭遇したというひったくり事件についての詳細をまとめたものだった。

「餅は餅屋だ。京都の事は京都の事情に詳しい彼女に頼むのが一番と考えた。今回は時間もなさそうだったからな」

 榊原がそう言いながら調査書に再び目を落とすと、正面の紗理奈が内容を口頭で解説し始めた。

「それを読んでもらえればわかると思いますが、今回の被害者の家田涼花さんは京都市内のレストランでウェイトレスのアルバイトをしていました。で、約半年前の二〇〇九年十二月三日、そのバイトの帰り道に人通りの少ない道で前を歩いている女性がひったくりに遭遇しているのを発見し、荷物を奪われて地面に倒れ込んだ女性を助けています」

「このひったくりについては?」

「後ろからバイクで接近し、標的の女性の荷物を奪ってすぐに走り去る。典型的な手口のひったくりですが、半年前の時点で京阪神エリアを中心に数件の被害が発生していて、今も捕まっていません。使用しているバイクもどうやら盗難車のようです。ただ、この十二月の犯行を最後に、ここ半年の間、犯行はストップしています。理由は不明です」

 ところで、と紗理奈は続けた。

「この家田涼花さんが助けた女性なんですが、これがちょっと問題でして。名前は室田亜砂(むろたあさ)。職業は喫茶店の店員なんですが、彼女が働いている店は、斉川敦夫が勤務している『ケイ・プロジェクト』という会社の事務所があるのと同じビルの一階にあるんです」

 瑞穂は驚いた表情を浮かべた。

「それって……」

「この店ですが、同じビルに勤務している人間がよく昼食休憩で利用するそうで、斉川敦夫も何度か訪れています。つまり、斉川はこの室田亜砂という女性を知っていた可能性が高い。もし……一見でたらめに被害者を選んでいるように見えたひったくりが、あらかじめ被害者の帰宅経路を知った上で行われていたとすればどうでしょうか?」

 榊原が眉をひそめる。

「斉川がひったくり犯で、彼は顔見知りの室田亜砂が人通りの少ない道を帰る事を知っていて、犯行に及んだ。で、室田亜砂を助けた家田涼花が、ひったくりの正体が同じマンションに住んでいる斉川だと気付いてしまった、という筋書きか?」

「今の所、斉川と家田涼花に直接的なつながりは一切確認されていません。ただ、同じマンションに住んでいた以上、偶然会うなりして顔を知っていた可能性は捨てきれません。家田涼花がひったくり犯が斉川だと気付き、それに危機感を感じた斉川が口封じ目的で家田涼花を殺害した。あるいは家田涼花が正体に気付いていなかったとしても、逆にひったくり時に室田亜砂を助けたのが同じマンションに住む家田涼花だと斉川が気付き、自身の正体がばれるかもしれないと焦って何も知らない家田涼花を殺害した……という可能性はあると思います」

「ふむ……」

 榊原は考え込む。が、その前に紗理奈はこう付け加えた。

「ただ、一つ問題が。軽く調べた限りですが、斉川敦夫には室田亜砂のひったくりの際にアリバイらしきものが存在します。調べた所、ひったくり発生のわずか十分前まで、斉川は京都伏見区にある居酒屋で友人と飲んでいたそうです。一緒に飲んだ友人にもしっかり確認しましたのでこの証言に間違いはないと判断できます。私が調べた限り、その場所からひったくりの現場まではバイクを使っても三十分はかかりますし、その二ヶ所を十分で移動できるような公共交通機関も存在しません。犯行時間そのもののアリバイでないのは気になりますが、かなり有力なアリバイと言えるでしょう」

「なるほどね」

 何事か考え込む榊原。そんな榊原の様子を紗理奈は面白そうに眺めながらコーヒーを飲み、瑞穂は少し複雑そうな表情でそれを見ていたのだった……。


 それから数十分後、一通りの情報交換を終え、三人は喫茶店を後にした。

「じゃあ、私はこれで」

「無理を言ってすまなかったね」

「いいえ。名探偵・榊原恵一から依頼を受けたなんて、探偵として光栄ですわ」

「大げさな話だ」

「私が勝手に思っているだけです。また何かありましたら、ご遠慮なく」

「あぁ、そうさせてもらおうか」

 そんな言葉を交わし、榊原と瑞穂は喫茶店の前で紗理奈と別れる。颯爽とした足取りでその場を去っていく彼女を見送ると、榊原は瑞穂の方を振り返った。

「さて……次が最後だ。それが終わったら、今日はもう東京に帰る事にしよう」

「今度はどこへ?」

「京都府警だ。さすがにこれ以上は警察の協力が必要になる」

 そう言うと榊原は勝手知ったる様子で歩き始め、しばらく歩いてからタクシーを拾うと、京都府警本部の住所を告げた。タクシーは十分程度で重厚な趣の京都府警本庁舎前に到着し、榊原たちはその建物の正面玄関前に降り立った。

「この古い建物も久しぶりですね。前に来たのはいつだったかなぁ」

「……今さらではあるが、東京の女子大生が京都府警本部を『久しぶり』というのもおかしな話だな」

「まぁまぁ、細かい事は気にしない」

 中に入り来意を告げると、しばらくして榊原たちの見知った顔の男が奥から姿を見せた。

「いや、びっくりしましたよ……。まさかこっちに来ていたとは」

「呼び出してすみませんね、三条警部補。中村警部はお元気ですか?」

 榊原は出てきた男……府警本部刑事部捜査一課主任警部補の三条実さんじょうみのる警部補に頭を下げた。彼とその上司である府警本部刑事部捜査一課係長の中村恭一なかむらきょういち警部は、今まで何度か榊原と一緒に事件を捜査した間柄であった。

「しかし、一体なぜ京都へ? 現状、京都では榊原さんが出てくるような大きな事件は起こっていませんが」

「別に私も大きな事件ばかり扱うわけではありませんよ。今回は小さな事件です。少し前に東山区のマンションで起きた過失致死事件をご存知ですか? 今日、地裁で裁判があったはずですが」

「過失致死事案、ですか……。多分それなら担当は所轄の刑事課で、本部の捜査一課まで上がってきていないと思いますが……」

 当たり前だが、いくら府警本部の刑事部捜査一課とはいえ、京都中の全ての刑事事件を担当するわけではない。捜査一課は殺人などの重大犯罪が管轄で、単なる過失致死事案なら、そこに殺人の疑いでも発生しない限り情報も担当した所轄止まりである。

「実は、その関連で少し調べてほしい事があります。お願いできますか?」

「それは……内容次第ですが」

 三条は慎重な様子を見せる。

「ひとまず、状況を説明します。話はそれからでも」

「……わかりました。こちらへどうぞ」

 三条はそう言って、二人を奥にある小会議室に案内する。そこで榊原は自分が受けた依頼と、先程の調査について簡潔に説明した。

「なるほど、そういう事でしたか……」

「すみませんね、府警の出した結論に逆行するような調査をしてしまって」

「いえ、もしその疑惑が本当であるなら、我々としても再捜査する事に文句はありませんが……正直、聞いた限りではかなり厳しいと思いますよ」

「えぇ。だから、証拠の補強が必要なんです。なので、新たに見つかった証拠の鑑定と、改めて現場周辺の鑑識作業をお願いできないでしょうか?」

「そうですね……鑑定については問題ないと思いますが、鑑識作業となると……」

 さすがに、すでに起訴されている事件の再鑑識は難しいのではないかというのが三条の見解だった。無理もない話ではあるので、榊原としてもそれ以上はこの場で強制できないようである。

「では、担当検事と会う事はできますか?」

「えぇ、まぁ、それくらいなら。ただ、公判中の事件をひっくり返そうとしているわけですから、さすがにいい顔はされないと思いますよ。それに会うにしても、本日中は無理だと思いますし……」

「次回の公判までであればいつでも構いません。お願いできますか?」

「……わかりました。後で連絡をしておきます。詳細は追って連絡を」

「お願いします。あと、この証拠の鑑定をお願いします」

 榊原はそう言ってマンションで回収した新たな証拠類……排水溝から見つかった張り紙と屋上菜園から見つかった盗聴器の受信機とイヤホン、それにそれらの様子を撮影したデジカメの写真を三条に渡す。

「確かに受け取りました」

「それと、被害者の自転車に仕掛けられていた盗聴器はそのままにしてありますので、そちらは警察の方から押収してください。さすがにこれは私が勝手に回収すると問題が起こりますので」

「了解です。それについては、この後すぐに捜査員を向かわせます」

 それからいくつか三条と簡単な打ち合わせをし、簡単にではあるが、ここでできる話はひとまず終わった。

「諸橋検事との会談の件、よろしくお願いします。あと、さっきの証拠の検査結果が出たら、こちらにも知らせて頂きたい」

「わかりました。我々も表立って捜査はできませんが、注意はしておきます。榊原さんも、何か新しい事がわかったら知らせてください」

「もちろんです」

 その言葉を最後に、榊原はその場を立ち上がり、瑞穂も慌ててそれに続いたのだった……


「さて。事ここに至れば、『殺人犯』はもはや明らかだ」

 夕刻、すべてが終わった後、三条大橋の歩道を歩きながら、榊原はそんな事を言った。傍らに控える瑞穂は小さく息を飲む。橋から河川敷の方を見れば、数日前に降った雨で鴨川が少し増水しているにもかかわらず名物の等間隔カップルが川のほとりにずらりと並んでいる光景を見る事ができるのだが、今の二人にはそんな光景も目に入っていないようだった。

 確かにこれだけの証拠がそれば、今まさに「過失致死罪」で裁判にかけられている斉川敦夫が「殺人事件の犯人」であるという事実は疑いないように瑞穂も感じた。しかも仮に「(業務上)過失致死罪」で判決が出てしまい、そのまま判決が確定するような事があれば、依頼人たちが言うように『一事不再理』の原則(ある人物を同一の事件で二度以上裁判にかけてはならないという憲法上の大原則)が働いて二度と彼を殺人罪で裁く事ができなくなってしまう。あるいは、斉川の思惑もそこにあるのかもしれないと瑞穂は思った。

「だが、問題は全てが間接的な証拠に過ぎず、決定的な証拠が足りないという点にある。このままではあの男の思惑通りに事が進んで終わってしまう」

「じゃあ、どうすれば……」

 瑞穂は少し心配そうな表情を浮かべたが、当の榊原の表情はすましたものだった。

「一応、手がない事もない。依頼を受けた以上、私もやれる事はすべてやってみる気だがね。まずは、諸橋検事との話し合い次第だが……」

「検事と話し合いって……さっきも気になりましたけど、次の裁判で何かをするつもりなんですか?」

 興味深げに尋ねる瑞穂に、榊原は意味ありげな表情を浮かべる。

「さてね。ひとまず、全ては一週間後の裁判までどれだけの準備ができるかになりそうだ」

 そう言いながら、榊原は欄干から鴨川の方をジッと見つめていたのだった……。

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