第14話 夢と違和感

 「おいおい……まさかアルザスの子供に殺られるとはなぁッ!?」


 もう何年か前の話―――――ヴォルガルに命じられて俺とヘレナは魔族の将軍の一人、ロレイザエルの暗殺をしたときの話だ。


 「俺たちの記憶には親父の名前しかない」

 

 亡き母から聞いていた父親の名前がロレイザエルの口から出て、俺たちは初めて父親が魔族だという実感を持った。


 「そうか……アイツは良い奴だったぞ?強くて誰にでも優しくて剣にひたむきで……」


 魔法で抉った傷口から血を溢れさせながらロレイザエルは言った。

 

 「俺たちはみんな止めたんだがな……アイツ、停戦と同時に聖女と結婚しやがった。今思えば……最強同士惹かれ合うものがあったのかもしれねぇなぁ……」


 両親たちの知らない過去に俺とヘレナは束の間、暗殺という任を背負って来たことを忘れた。

 

 「その結果産まれたのがテメェらだ。時代が時代なら人と魔族との平和の象徴だったろうなぁ……。或いはそうなって欲しいと願ってあの二人がテメェらを産んだのか……」


 今や俺たち兄妹は、世界に疎まれ陽向を歩けない存在だった。

 息を潜めて闇に生きることを強要され、ヘレナはいつの間にか明るさを失ってしまった。

 だから俺はロレイザエルの言葉を聞くまで、無責任で後先考えずに俺たちを産んだのだと両親を憎んでさえいた。


 「そんな……もう俺たちの手は汚れてしまってるんだ!!今更、戻れるわけないだろう!!」


 今更、平和だなんてうそぶいてみたって誰が闇に生きる俺たちの平和なんてものを信じるのだろうか。


 「戻るか戻らないか、いや、戻れるか戻れないかはお前たち次第だろうよ……」


 闇に糧を得て命を繋ぐ俺たち兄妹がいつか陽向を歩けるのなら……いや、俺は本当を言えばヘレナにこんなことはさせたくない。

 だが二人で事にあたれというのがヴォルガルとの契約だった。


 「ゴフッ……」


 ロレイザエルはそこまで言うと吐血した。


 「治療する……」


 ヘレナが魔法で癒そうとすると、痛みに表情を引き攣らせながらロレイザエルが制止した。


 「聖属性の魔法って……魔族には毒なんだぜ?……だからよ、その気遣いだけで十分だなんだよ。それに俺はさっさと二人のところに行きてぇしな……」


 ロレイザエルは苦しそうに言葉を区切ると最後に目を見開いて俺を見つめた。


 「テメェら……このまま行けば、おそらくいつか今の俺みたいに……なっちまう…ぜ?なるべく早くこんな仕事からは足を洗えよ……?」


 それ以上、ロレイザエルが何かを言うことは無かった。

 ヘレナが慌ててロレイザエルの手首に指を当てるが、ふるふると首を横に振るばかり。


 「そうか……」


 ちっとも俺は両親を知らなかったんだな……。

 五歳になった頃には魔族と人族との間で戦争が始まっていて、気づけば二人ともいなくなってしまっていた。

 そこにどんな話があったのかは知らないけど、きっとそこには優しくて悲しい物語があるんだろう。

 少なくともそれは、ロレイザエルにとっては懐かしむほどに美しい記憶なはずだ。

 雲間から差し込んできた月明かりに照らされたロレイザエルの顔は、それを裏付けるかのように幸せそうに微笑んでいた。

 

 ◆❖◇◇❖◆


 「お兄ちゃん……」


 揺さぶられて目を開けるとそこには、心配そうに俺の顔を覗き込むヘレナがいた。

 寝起きでくしゃくしゃな青い髪はそのままで、よっぽど心配していたのだろう。


 「おはよ……何かあったのか……?」

 「ううん、うなされてたから……」

 「そうなのか……?」


 そんなに悪い夢じゃなかったと思うんだがな……。

 或いはあのときヴォルガルの言うがままにロレイザエルを殺したことを今でも悔やんでいるのか……。

 いずれにしても今の生き方、そしてアルザスとルチアナの死と向き合うべきなのかもしれない。

 『このまま行けば、おそらくいつか今の俺みたいになっちまうぜ?』という警告めいたロレイザエルの遺言が、酷く重く心の中にわだかまる。

 

 「何の夢だったの?」

 「ロレイザエルのときの夢だ」

 「私たちは何も悪くない。悪いのは啀み合う世界。だからお兄ちゃんが気に病む必要は無いんだよ?」


 ヘレナはそういうと優しく抱きしめてくれた。


 「ふふっ……いつもと逆だね」

 「そうかもな……」


 ヘレナの声が心地よく耳朶をうち、蕩けるように朝の時間が過ぎていく。


 「落ち着いた?」

 「ありがとな」

 

 どれくらいの時間が経ったかは分からなかったが、まるで恋仲の二人のような雰囲気が漂っていて、俺はハッとなった。


 「おかしいよな……普通、兄妹間でこんな空気感になるなんて有り得ないのにな……」


 遺伝子の弱体化を避けるため、本能的に動物は近親婚を避けようとするはずなんだが……。


 「お兄ちゃんとなら私、間違いをおこしてもいいよ……?」


 蠱惑的、それでいて慈愛に溢れた眼差しを向けてヘレナは言った。


 「馬鹿なこと言うなよな」


 結局、違和感は解決に至らないまま、俺はヘレナを引き剥がして遅めの朝食を取りに二人で街に出るのだった。

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