第11話 戦闘②

 「人数不利なのに仕掛けてくるとか正気かぁ?」


 バカにしくさったような痩身の男の言う通り、人数不利なら防戦に徹して隙を窺うのが定石だった。

 だが、俺とヘレナはそれを無視して敵の間合いへと自ら踏み込んだ。


 「見て分からないのか?」


 痩身の男の突き出して来た槍を捌きながら、もう一人の攻撃はその動線上から身体を逸らして避ける。

 こうして俺が二人の気を引いているうちにヘレナがもう一人を始末してくれていれば……と思ったがどうやらそうもいかないらしい。


 「ガキのくせしてよく動くッ!!」

 「思っていたより手がかかるかも……」


 

 自分よりも膂力と大きさで勝る相手に上手く立ち回っていた。

 とはいえ苦戦を強いられていることには変わりなかった。


 「妹が心配か?」


 痩身の男がニヤリと下卑た笑みを浮かべると、槍を構えた。

 目の前の男が裏稼業でどう成り上がって来たのか。

 それを考えれば男の企みなど想像するに容易い。


 「死ねやぁぁぁッ!!」


 腰を沈めて槍を勢いよく突き出してきた槍の先――――狙いは俺だ。

 妹のことを言ったのは、俺にヘレナを心配させるためであってブラフでしか無い。


 「【渾冥エレボス】」


 展開したのは闇―――――。

 痩身の男が突き出した槍の穂先は闇に飲まれた。


 「なッ!?」


 俺の行動が予想外だったのか、男は槍を突き出した姿勢のまま間抜けな声を上げた。

 だがそんなものを気にしている時間はなく、もう一人の男が間断なく仕掛けてくるのに対応する。

 振り下ろされた剣を自らの剣で受け、鍔迫り合い状態になったところで次の攻撃を繰り出す。


 「【反射リフレクト】」


 男の脇腹辺りに現れたのは【渾冥エレボス】と同じ闇。

 次の瞬間に目の前の男は血飛沫を撒き散らして倒れた。


 「な、何が起きた!?」


 痩身の男は、信じられないと言いたげに自身の槍を見つめた。

 闇に吸い込まれたままの穂先からは、たった今息絶えた男の血が滴り落ちている。

 

 「見ての通りだ。お前の槍が、お前の部下を殺した」


 【渾冥エレボス】で吸収した攻撃は、【反射リフレクト】で相手へと返すことが出来る。

 端的に言えば質量と運動を保存したまま空間と空間とを繋げる魔法。


 「お前、探知魔法で居場所がバレちまうから、剣で勝負してきたんじゃねぇのか!?」


 痩身の男はそれまでより濃密な殺気を放って俺を睨みつけた。


 「そっちと同じことをしただけだ。それもブラフなんだよ。お前は俺の妹を狙うような言葉を吐いたが結局狙って来たのは俺だ。一方の俺は、探知魔法を恐れて接近を仕掛けた。だが結局のところはこうして魔法を使っている。もっともお前ら含めて周囲に探知魔法持ちがいないと気付いたのは仕掛けた後だったがな」


 そもそもコイツらに魔法が使えたとするのなら、俺たちが間合いを詰めたタイミングで使って来ているはずだしな。


 「そういうことだから、さようなら【氷穿アイシクルピアース】」


 ヘレナは自分とやり合っていた男に向けて至近距離から容赦無く魔法攻撃を浴びせた。

 男は氷柱に腹部を穿たれてると、声をあげるまもなく血飛沫をあげながら倒れた。


 「で、お前はどうする?」


 残るは一人、痩身の男だけだ―――――。



 ◆❖◇◇❖◆


 降伏勧告に男は従わなかった。


 「三人倒したくらいで調子に乗っちゃあいないか?」


 痩身の男はそう言うと再び槍を構えた。

 

 「コイツはなぁ、そこらにあるような凡百な槍とは一味違う。でもな俺はこいつの持つ力のことを教えてやるほどお人好しじゃない」

 「それすらもブラフか?」

 「どうだろうなぁ?」


 男は真っ直ぐに見据えた。

 

 「ヘレナ!!」

 「うん!!【氷穿アイシクルピアース】!!」


 男が予備動作に入るよりも早くヘレナは魔法を打ち出した。

 だが放たれた氷柱は槍に触れるや否や、砕け散った。


 「チッ!!無力化されるか!!」


 咄嗟に俺は槍を咄嗟に剣で受け流した。


 「ご明察。俺を殺したいなら近接武器でかかってこいよ」


 槍の持つ力は魔法を無効化するというもの。

 それならなぜ、【渾冥エレボス】は無力化出来なかった?

 考えられる答えは二通り。

 一つは直接的に男を狙った魔法攻撃でなかったから。

 そしてもう一つは、男の意志が何らかの形で槍に作用し無力化出来る魔法と出来ない魔法とを選べる。


 「おいおい、戦いの途中に考え事かぁ?」


 男は俺たちの攻撃をあしらいながら、余裕そうに言った。


 「勝つための算段をつけていたところだ」

 「で見つかったのかよ」

 

 男は馬鹿にしたような顔をして言った。


 「どうだろうな」


 俺は飛び下がって間合いをあけた。

 ヘレナも阿吽の呼吸で隣まで飛び下がって来た。


 「仕切り直したところで結果は同じだぜ?」

 「どうかな」


 男の繰り出した槍に俺は、一つの可能性を試した。


 「【渾冥エレボス】」


 槍先は再び闇に吸われていく。

 【渾冥エレボス】の魔法は、槍に対して有効なのだ。

 

 「算段はついたな」

 

 男を狙った攻撃でなければ魔法は無効化されない。

 つまりは魔法が使えないんじゃない。

 使い方によっては、有効打になりうるということなのだ。

 

 「それが分かったからどうにかなるのか?」


 隠そうとしても男の顔には僅かだが焦りが見えていた。

 

 「勝ち切るさ」


 見えた勝利までの手順。

 俺の身体は、もう男の殺気を前にしても怯むことはなかった―――――。

 

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