第3話 エンシェントドラゴン

 「我ノ庭ニ何ノ用ダ?」


 エンシェントドラゴンの住まう竜穴、『気配同化』のスキルを行使しながら踏み込んだはずなのにエンシェントドラゴンはこちらを見つめて言った。

 ビクッと動いたヘレナの肩にそっと手を置いて耳元で声を潜めて抱いた違和感を口にする。


 「多分、あいつは俺たちを視覚で捉えられていない」

 

 だとすればなぜアイツはこちらの存在に気づけているのか。

 俺たちが接地するのは唯一二本の足のみだ。

 あるいは呼吸、もしくは僅かな音か?

 だが『気配同化』は、意図して発する音を除いて全てを隠蔽出来るクラスのはずだった。

 まして人族を除いてスキルという概念が存在しない以上、エンシェントドラゴンが『気配察知』のスキルを持っているはずがない。

 となればやはり――――あらためて竜穴の地面を観察すると、そこには僅かに糸のようなものが走っていた。

 

 「感覚器官か……」


 高位の魔物によってはその生息地若しくは縄張りに外敵が侵入した際、即座に対応できるよう感覚器官をツルのように張り巡らせておくものもいるという。


 「「【飛行フライト】」」


 俺の詠唱に反応したヘレナも即座に重力魔法を行使した。

 

 「消エタ!?ナラバ空間ゴト焼キ払エバ良イダケノコト!!」


 エンシェントドラゴンの瞳が爛々と煌めき、空気をヒリつかせるほどに魔力を集束させ始めた。


 「飛ぶぞ!!」


 ヘレナは頷くと空を蹴って、エンシェントドラゴンの背中へと退避した。


 「Grrrrrraaaaaaa!!」


 凄まじい熱量の火炎が、俺たちの入ってきた入口めがけて放たれる。


 「……今、我ノ背中ニイルナ?」


 エンシェントドラゴンの瞳が見えないはずの俺たちを射抜いた。


 「ヘレナ!!俺が引きつける!!」

 「わかった!!」


 俺はエンシェントドラゴンの気を引きつけるために『気配同化』を解いた。


 「避ケルダケデハ勝テナイゾ?」


 重力魔法で大気に干渉し構築した足場を活かして広い竜穴の中を跳ね回る。


 「当てられないから揺さぶりをかけるのか?」


 軽く挑発してやれば効果は覿面だった。


 「其ノ舐メタ口、二度ト叩ケヌヨウニシテヤル!!」


 再び魔力を収束させ始めたエンシェントドラゴンの鼻を蹴り飛ばしすと、怒りは怒髪天を抜いた。


 「オノレェェェェッ!!」


 高熱を伴って放たれる業火は、四方へと降り注ぐ。

 流石に全部は避けきれないかッ!!

 

 「【氷槍《アイシクルランス】」


 幾条にも降り注ぐ業火の奔流を、氷の槍で的確に突き崩して消滅させていく。

 

 「フザケルナヨッ!!」


 もはや狙い撃つことをやめたエンシェントドラゴンは、闇雲に頭を振り回し四方八方に熱炎をぶちまける。

 激しい熱炎と、眩い閃光が視界を埋めつくした。

 だが正確さに欠ける闇雲な攻撃はヘレナの接近を許した。

 前足の鉤爪でさえも防御出来ない懐へと入り込んだヘレナは、指先に魔力を集束させ詠唱を口にした。


 「【氷穿アイシクルピアース】」


 ヘレナの放った魔法がエンシェントドラゴンの首元、一枚だけ逆さに生えた逆鱗を貫く。


 「Grrrrrrrraaaaaaaa」


 エンシェントドラゴンは動きを止めた瞬間、鼓膜を劈くほどの絶叫が竜穴に響いた。

 痛みに悶えているのか蹲るエンシェントドラゴンは、憎しみに満ちた視線を俺たちへと向けた。


 「一応、殺さない程度にしておいた」


 弱点たる逆鱗を貫いたヘレナの魔法は生死の瀬戸際に追いやる程のもので、完全に殺してはいなかった。

 

 「なら任務達成か……。帰るぞ」


 逆鱗の向こう側にある魔力器官を完全に破壊されたエンシェントドラゴンに何が出来るはずもなく、毒々しい色をした血を流すのみだった。

 ちなみに後から知ったことだったが、このエンシェントドラゴンの幼体は、魔王軍の手によって奪われていたのだった――――。

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