第16話 兄に匂いを染みつけちゃう系妹

 俺が匂いを嗅がれそうになったワイシャツを妹の夏美から取り上げてから、夏美の復讐が始まった。


「体操服の次は、ベッドまでもか」


 夏美が俺の汗ばんだワイシャツを使って、一人でしようとしていたので、それは良くないことだと注意して俺は俺のワイシャツを取り上げた。


 しかし、夏美にとっては面白くなかったらしく、夏美の怒りを買ってしまったらしい。夏美は俺が学校に着ていくワイシャツに自分の匂いを染み込ませたり、体育で使用する体操着にまで自分の甘い匂いを染み込ませたりしてきた。


 そして、とうとうベッドの中まで夏美の匂いが染み込んでしまっている。


「しかも、結構濡れてんだよなぁ」


 俺の妹の夏美は、俺と同じ空間にいるだけでお股を濡らしちゃう女の子なのだ。当然、俺のベッドの中に入りでもすれば、夏美のお股が濡れないはずがないのだ。


 さっきからずっと妄想をたらたらと語って、どうしたのかだって? 違うんですよ。これ全部本当のことなんです。


 いやいや、本当なんですよ。


「……説教してやる」


 俺はベッドの中からもぞっと出ると、夏美の匂いが染み付いた寝巻のまま夏美の部屋を訪れることにした。


「夏美? 今、大丈夫か?」


「え? お、お兄ちゃん? ちょ、ちょっと待って!」


 夏美は俺のノックに反応すると、どたばたと何かを片付けるような音を立てた。しばらく、そんな時間が続いた後、夏美は遠慮がちに部屋の扉を開けた。

「えっと、なにかな?」


 火照ったように顔を赤くして、夏美はとろんとした顔をこちらに向けていた。微かに熱を持ったように潤んだ瞳から、部屋の中で何をしていたのか想像できる。


「そうだな。まず、なんで夏美が俺のワイシャツを着ているのかについてから話をしようか」


 夏美は俺のワイシャツと俺の体操服を着た状態で、俺の前に立っていた。しかも、それらは俺が明日着るはずの服のはずだ。


 そうなると、今匂いを付けている最中だったのだろう。


どうやら、本人もそのことは忘れていたようで、俺の指摘を受けて初めて気がついたようだった。夏美は少し慌てると、気まずそうな笑みを浮かべた。


「えっと、違うの。これは、企業努力? みたいな?」


「そんな企業は滅んでしまえ。その話をしに来たんだよ。部屋の中に入れてもらってもいいか?」


「へ、部屋の中は換気できてないから、だめ」


「換気って、俺の服を着て何してんだよ」


「な、ナニってそんな言い方しなくても……あ、これって私にえっちなことを言わせる羞恥プレイってこと? 私の染みついた匂いだけじゃ我慢できなくて、私を羞恥プレイで屈服させようと……あ、想像しただけでお股がぐちゅぐちゅにーー」


「分かった。もう手短に済ませよう」


 俺はお股の位置を直そうとする夏美をそのままに、言葉を続けることにした。


「俺が悪かった気はしないけど、謝っておこう。だから、もう匂いを染みつけたりしないでもらいないか?」


 別に、俺はお兄ちゃんだから妹の匂いに対して何かを思ったりはしない。それでも、使用前の衣服に他の人の匂いが染み付いていると、気にはなってしまうのだ。


 ただ気になるだけで、他の感情は湧いてこないけどな。


わ、湧いてきてなんかいないんだからな。


「お兄ちゃん、そんな謝罪の仕方で許されると思ってるの?」


 しかし、そんな謝罪にもなっていない俺の言葉を夏美が受け入れるはずがなかった。


 夏美はジトっとした目をこちらに向けると、諦めたように溜息をついた。


「二日後、前にお兄ちゃんが私から服を取り上げた日以上に暑くなるらしいの」


「え、そうなのか」


 どうして急に天気の話なのだろう。


 夏美はそんなふうに話に置いていかれた俺の表情を見て、口元を悪巧みでもするかのように緩めた。


「確か、お兄ちゃんがってその日、体育あったよね?」


「……な、何が言いたい?」


 夏美の瞳がどこか熱を帯びて、高揚したかのように頬が赤く染まっていた。夏美が言いたいことを分かっていながら、俺は小さな反抗でもするように言葉を返した。


 しかし、夏美はそんな俺の返答と表情を楽しむように、意味ありげな笑みを浮かべたまま言葉を続けた。


「お兄ちゃんに謝る気があるなら、その誠意を見せてもらおうかな」




「な、夏美。今少し時間あるか?」


「今じゃないとダメなの? ちょっと、やることがあるんだけど」


「ああ、今じゃないとだめだ」


「そんなに急ぎの用事なんだ。それなら、しょうがないかな」


どこか演技がかったような夏美の声。そんな夏美の返答を前に、俺は少し緊張するように鼓動を速めていた。


 夏美の部屋を訪れた二日後。俺は再び夏美の部屋を訪れることになった。


 自分の部屋の扉を開けた夏美は、俺が手にしている物を確認すると顔をうっとりとさせた。しかし、すぐに何かに気づいたのか冷静を装うように表情を戻した。


「どうしたの、お兄ちゃん?」


「話があるから、部屋に入れて欲しい」


「……いいよ」


 夏美は緩まってしまいそうな口元に力を入れて堪えると、俺を部屋に入れた。そして、俺が扉を閉めたのを確認すると、振り返ってこちらにきょとんとしたような顔を向けてきた。


「それで、なにかな? お兄ちゃん」


 まるで、これから何が起きるか分からない無垢な表情。そんな演技がかった反応を前に、俺は無言で手に持っていた体操服とワイシャツを夏美に手渡した。


 汗の染み込んだ体操服とワイシャツ。二日前に夏美が誠意があるなら持って来いとメッセージに隠した物だった。


 いや、俺はこんなことにならないようにと夏美の匂いに耐えようとしたよ? 


それでも、日に日に深く染み込んでいく夏美の匂いを前に、俺は理性を保たせるため、自分の汗の染み込んだ衣服を夏美に差し出すことにしたのだった。


 決定打は風呂上がりに履いた俺のパンツから夏美の匂いがしたことだった。だって、無理だろ。俺のパンツに顔を押し当てる夏美のイメージが消えず、ここ最近夏美の顔をまともに見ることも難しくなってきたくらいだったのだから。


 ……これで、最悪の事態だけは防げるだろう。


「それを使って、私にどうして欲しいのか言って」


「え?! いや、どうしてって、それは夏美が決めることじゃーー」


「言って」


 夏美は俺の返答を遮ると、圧の籠った視線を向けてきた。頬を赤らめながら、問い詰めてくる夏美はどこかSっ気を感じる表情をしていた。


 言い逃れを許さないといった顔を向けられて、俺は夏美に言わされたように口を開いてしまった。言わされてしまった。


「お、俺の汗の染み込んだ服を、お、オカズにしてください」


 そんな俺の言葉を受けて、夏美は熱の籠った瞳を揺らした。妖艶な笑みを浮かべながら、こちらに見下ろすかのような視線を向けていた。


 熱くなった息を吐き、自分を落ち着かせようとする夏美の顔は火照ったように赤い。お股の位置を調整した後、夏美は表情をそのままに、瞳の色だけを挑発するような物に変えて言葉を続けた。


「へー、お兄ちゃんって、妹に自分の汗の匂い嗅がせて興奮するんだぁ」


「こ、興奮はしないからな!」


「顔真っ赤だよ、お兄ちゃん」


「ぐっ」


 言われるまでもなく、俺の顔は真っ赤だった。挑発するかのような夏美の言葉を向けられて、脈拍が速くなったことに気がついていた。


それに比例するかのように上がっていく体温。熱くなった体温が俺の顔を赤くするのは分かりきったことだった。


「しょうがないな、お兄ちゃんがそこまで言うなら受け取ってあげる!」


 俺が言い返せないのをいいことに、夏美は両手をこちらに差し出して俺のワイシャツと体操服を受け取った。


 夏美はそれらの服をうっとりとした目で見つめると、抱きかかえるようにして顔を埋めた。


「すぅーーーーーー。あ、お兄ちゃんの匂いがやばい。くらくらするぅ」


「~~っ」


 熱の籠った瞳を揺らして、一人の世界に入り込んでしまったような夏美。そんな姿を見せられて、湧いてはならない感情を抑え込むことも難しくなる。


 俺はその感情が湧き出てしまう前に、夏美の部屋を後にしようと回れ右をした。


「あ、お兄ちゃん」


 しかし、夏美はそんな俺の逃亡を許さないようだった。振り返った先にいた夏美は鞄から何かを取り出すと、こちらに距離を詰めてきた。


「今お兄ちゃんが着てる服にも、私の匂いを染み込ませてあるからね。あと、お兄ちゃんはこれが好きだよね?」


 夏美が手にしていたのは黒のスクールソックス。俺の手にそれを握らせると、夏美は静かに笑みを浮かべた。


「しっかり、堪能してね」


 その言葉には、このスクールソックスを使ってくれといったメッセージが含まれていた。


「~~っ!」


 俺は文字通り夏美の部屋から逃げるように飛び出した。急いで部屋に入って、心臓を落ち着かせようと深呼吸を繰り返す。


 しかし、それはどうやら逆効果だったようで、肺いっぱいに夏美の匂いを吸ってしまった。急いで吐き出そうとしたところで、もはや手遅れだった。


「……絶対に、なんとも思わないからな」


 そんな強がったような独り言を言った俺の手には、夏美のスクールソックスが握られていた。


 夏美が暑い気温の中、一日履いていたスクールソックス。そんなのを握りしめていても、俺は何も感じないのだった。


 だって、俺はお兄ちゃんだからな。


 スクールソックスの手触りを無意識で確認してしまったなんてことは、絶対にあってはならないのだ。


 ……ならないのだ。

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