第7話 一人でしちゃう系妹

「……お兄、ちゃん」


「ん?」


 自室を出てリビングに向かおうとしていると、何やら夏美の部屋から声が漏れてきた。俺が部屋を出たタイミングでお兄ちゃんという言葉。


ということは、俺のことを呼んでいるのだろう。


 そう思った俺は、特にノックもせずに夏美の部屋の扉を開けた。


「夏美? 呼んだか?」


「お兄ちゃん、お兄ちゃん、はぁはぁ、お兄ちゃんっ……お兄ちゃん?」


 扉を開けるとそこにはベッドで寝転ぶ夏美がいた。体が布団で隠れているのでナニをしているのかは分からない。


 それでも、熱く漏れるような声ともぞもぞとした動きから、夏美がナニをしていたのかは想像できてしまう。


 火照るように赤くなった顔。とろんとした瞳。荒い息遣い。枕元にあるエロマンガ。そしてーー。


「……顔を枕に埋めて、何をしているんだ、夏美」


 そう、夏美は自身の寝ている枕に顔の一部を埋めていた。


 それは、俺が数日前にクッションの代わりに座るように言われた枕だった。その枕に必死に顔を埋めながら、見にくいであろう姿勢でエロマンガに視線を向けていた。


「お兄、ちゃん」


 夏美は俺が突然入ってきたことを受け止めきれていないのか、こちらを見てぱちくりと何度か瞬きをした。


 そして、ようやく状況を把握できたのだろう。


 夏美は顔を一気に赤くすると、涙目のような瞳でこちらを睨んできた。


「妹の部屋に入るのにノックもしないなんて、信じられない!!」


「うっ、いや、なんか呼ばれた気がしたから」


「呼んでないし! ただの独り言!!」


「えっと、ごめんな?」


 この会話の一部分だけを切り取ると、明らかに俺が悪いような気がするだろう。だって、思春期の妹の部屋にノックもしないで入ったわけだしな。


 それでも、はやり引っかかる所はあるのだ。


 なぜ兄に怒りながら、ズボンを履くように布団の下でもぞもぞと動いているのかとか、エロマンガが兄妹物のところとか、俺が座っていた枕に顔をこすり付けているところとか。


 それでも、勝手に妹の部屋に入ってきた兄にそんなことを聞ける権利はない。


「もしかして、私がしてる所を見たかったの? お、お兄ちゃんに見られながら……だ、ダメだよ! だって、私達兄妹なんだし! えへへっ、このセリフ一回言ってみたかったんだぁ」


「……うん、少し話をしようか」


 ダメだこの妹は。俺が何とかしなければ。


 俺が夏美に座るように言うと、夏美はお股の位置を調整した後にベッドの上に座り直した。


「えっと、はい。お兄ちゃんはこれに座ってね」


 そう言って差し出されたのは、夏美がさっきまで顔を押し付けていた枕だった。


 妹がさっきまでおかずの一つにしていた枕。というか、ここで俺が座ったらまた妹におかずを提供することになるんじゃないか?


 そうだ、こんなおかずを提供する関係は間違っている。俺達は兄妹なのだから。


 兄たる俺がしっかりと教えてやらなければならない。それで、普通の兄妹として何気ない会話ができる関係を目指すんだ。


「夏美、俺がこれに座ってしまうのは良くないと思うんだ」


「え? なんで?」


「いや、なんでって、おまえ。えーと、あれだ。逆の立場になって考えて欲しい」


 そうだ。こういう問題は頭ごなしに怒ってはいけないのだ。なぜダメなのか。それを自分の頭で考えることが重要なのだ。


 そして、なぜダメなのかを自分で想像することが重要だ。相手の立場に立って想像をする。そうすることで、俺が言いたいことが分かるはずだ。


「お兄ちゃんが私の匂いの染みついた枕を使って、一人でしてる所を想像して欲しいの?」


「その言い方だと俺が妹にエロい想像をするように強制してるみたいだから、やめてくれ」


「え? 違うの? そう言うプレイなのかと思ったのに」


「全然違う。なんで少し残念そうな顔をするんだ」


 夏美は目に見えてしゅんとして肩を落としていた。一体、俺のことを何だと思っているんだ、この妹は。


「自分が知らない所で、勝手にその匂いを嗅いで変なことをされたら嫌だろうって話だ」


「……あ、そういうことね。うん、分かったよ」


 夏美は俺の言葉を受けて、少し考え込むように黙った。そして、何かに気がついたのか、小さく頷いた。


 そうだよ。夏美は頭が良い子なのだ。言って分からない訳がない。


 しっかり相手の立場に立って物事を考えることができる優しい子なのだ。


「あ、あのね、お兄ちゃん」


「ん? どうしーーどうした?」


 俺に良く懐いていたときの妹の思い出に浸っていると、夏美が何やら恥ずかしそうに顔を赤く染めて話しかけてきた。


 羞恥の感情に呑まれながら、何かいやらしいことを強制されているような表情。明らかに流れが変わってきてる気がした。


「お、お兄ちゃんの匂いを嗅いで、えっちなことをしても、いいですか?」


「へ?」


「う~、さすがに恥ずかしいかも。えっちなことをしてもいいけど、許可を取れってことだよね? もうっ、お兄ちゃんの鬼畜♪ えへへっ、お兄ちゃんって、こういう羞恥プレイが好きなんだね! どうしよう、お股がぐちゅぐちゅになってきちゃった」


 夏美はそう言うと、照れたような笑みを浮かべながらお股の位置を調整していた。


……この妹は一体、何を言っているのだろうか。


 そして、夏美のそんな言葉を受けて鼓動を速くしている俺がいた。素っ頓狂な言葉を返しながら、心臓が大きく跳ねあがっていたのだ。


 まずいな、先程の俺に許可を取った夏美の映像が頭に残って離れない。


「じゃ、じゃあ、私を想像してするときも許可取ってもらおうかな!」


「え、想像するだけでも?」


「あ、想像してくれるんだ」


「ちがっ! 今のは違うからな!」


「えへへっ、私は無許可でもいいよ、お兄ちゃん!」


 嬉しそうにくねくねする夏美に訂正の言葉を言うべきだ。絶対にそんなことはしないと言うべきなのだ。


 それでも、先程の夏美の懇願するような映像が頭から離れないのだ。


 だからという訳ではないが、俺はそれ以上夏美に強く言うことができなかった。


 別に深い意味はないぞ? ほ、本当だぞ! 


……いや、本当に、ね?

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