第13話 不死者たちの宴



「ええい、遅い!! 遅すぎる!! あやつら、いつまで火消しに時間がかかっておるのだ!!」



 アグネリア男爵は、轟々と森を燃やしながら徐々に崖下へと迫りくる火気の姿にチッと舌打ちをすると、カーテンをシャッと閉め、自室の扉の前へと向かう。


 そして、豪華な装飾の付いた扉を乱暴に開け放つと、廊下に向かって怒鳴り声を上げた。


「おい、聖騎士ども!! 何をやっている!! 報告はどうした!!」


 窓から月光が差し込む薄暗い廊下は静寂に包まれており、アグネリア男爵に声に返答する者の気配はない。


 その光景に眉をひそめると、男爵は肩を怒らせ、廊下をズンズンと進んで行く。


 そして大広間へと続く螺旋階段の踊り場に出ると、崖下に向かって再び声を放った。


「今すぐ私の元へ来い、愚物ども!! さっさと来ないと、貴様らの給金を減額してや――――」


「ア‥‥アア゛‥‥」


「ん?」


 ピチャリ、ピチャリと、水のようなものが滴る音と共に、何者かの呻き声が聞こえてくる。


 その不可思議な状況に、アグネリア男爵は階段へ足を掛け、二階の踊り場へと降りて行った。


「何だ、今の音は? 誰かが水でも溢して―――――――」


「アアアア‥‥ウアアアアア‥‥」


 廊下の角から現れたのは、白く濁った瞳で、涎を垂らした‥‥片方のツインテールの髪が解けている奴隷の少女だった。


 その少女の姿に、アグネリア男爵はハンと嘲笑した様子で鼻音を鳴らす。


「何かと思ったら‥‥地下牢に閉じ込めていた私のオモチャではないか。まったく、屋敷の混乱に乗じて牢から逃げ出すとは、聡い奴だな。おい! 聖騎士ども! こやつをひっ捕らえて牢にブチ込んでおけ!! 二度と逃げ出さぬように、後で私がしっかりと躾てやらねばなら――――」


「ア゛ア゛アアッッッッア!!!!!!!」


 少女はアグネリア男爵を見つめると、突如、目を見開き、咆哮を上げる。


 そして、階段を駆け上り、男爵へと向かって飛び掛かると――その肩に思いっきり歯を立てて、噛みついたのだった。


「ぐぎゃあぁぁぁっ!?!?!? 痛い、痛い痛い痛いッ!!!! な、何をする貴様ッ!?」


 肩の肉を噛み千切られた男爵は、少女を蹴り飛ばし、跳ねのけると、ゼェゼェと息を荒くする。


 そして、ゴロゴロと階段の下に落ちても尚、再び起き上がろうとしている少女に対して、掠れた声を溢した。


「なっ、何だ、貴様!! 突然獣のように噛みつきおって!! 無礼であ――――――へ?」


 起き上がった少女の頭は真横に傾いており、明らかに、首の骨が折れている様子だった。


 だが、少女は表情をひとつも変えず、そのまま階段へと足を掛ける。


「お、お前、な、何故、生きて―――」


「アアア‥‥」


「は?」


「アアアア‥‥アア‥‥」


 廊下の角から、次々に、地下牢に収容されていたはずの少女たちが姿を現す。


 皆、白く濁った眼で、口元から黄色い泡を噴き出し‥‥アグネリア男爵に向かって歩みを進めている様子だった。


 その光景に、アグネリア男爵は青ざめた表情を浮かべる。


「な、何なんだ、貴様らは‥‥!!」


 男爵の問いかけを無視し、のそりのそりと廊下を歩き、ゆっくりとした動作で少女たちは階段を登り、歩みを進めて行く。


 中には腕や足を欠損し、胸の斬り傷から血をダラダラと流している、見るからに死に体の者の姿もあった。


 首を斬られたのか、首の皮一枚で頭を首からぶら下げ、こちらに向かってくる者もいた。


 その亡者が行進する地獄のような光景に、アグネリア男爵はヒッとか細い声を溢すと、一歩後退する。


「な、何だ、何なんだ、き、貴様らは‥‥!! な、何故、何も喋らない‥‥!?」


「――――ウフフ。当然ですわ。みなさん、もう、死んでいるのですもの」


 その時、亡者の群れの中から、大きな蜘蛛が現れた。


 いや―――――蜘蛛ではない。それは、背中から生えている無数の腕を使って地面を這う、異形の怪物だった。


 その少女の形をした怪物は、背中の腕を使って、ゆっくりとした動作で階段を登ってくる。


 そして顔を上げ、長い黒い髪の中からニコリと、彼女は四つん這いのまま男爵に向けて微笑んだ。


「さぁ―――――――みんな、狩りを始めましょう」


「ア゛ア゛アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッア!!!!!!!!」


 少女の号令に、亡者たちは甲高い雄たけびを上げると、皆一斉に階段を駆け上り、男爵へと襲い掛かり始める。


 アグネリア男爵はその光景にすぐさま背を見せると、数段飛ばしで階段を上がり、急いで三階へと戻って行った。


「何なんだ、これは!! い、いったい、何なんなのだこの状況は!!!!!!」


 長い廊下を走り抜けた後、自室に戻り、扉を閉めて、急いで鍵を閉める。


 するとその後、ドアをカリカリカリと引っ掻く音と共に、少女たちの呻き声が扉の向こう側から聴こえてきた。


 アグネリア男爵はその音に頭を抱え、顔を恐怖で歪めさせる。


「ど、どうすれば!! い、いったい、私はどうすればっ‥‥!!」


 チラリと、窓へと視線を向ける。


 ここは三階であり、窓から崖下に飛び降りても無事で済む保証は無い。


 運よく庭木の上に着地できれば死ぬことは無いだろうが‥‥大怪我は免れないだろう。


「クソッ!!!! 聖騎士どもは何をしておるのだ!!!!! あの女どもはどう見ても尋常ではない様子だったぞ!!!!」


 宝石箱などが置かれている丸い机を蹴り飛ばし、アグネリア男爵は腰の剣に手を当て、ドンドンと叩かれる扉の前へと腰を屈めて立った。


「わ、私はこれでも剣の覚えがあるのだ!! あ、あんな女たちなど、て、敵ではないわ!!!!」


 血走った目で、ゼェゼェと息を荒げる男爵。


 そんな彼の背後から、突如―――ヒュゥゥゥと、風が吹く音が聴こえてきた。


 「風‥‥?」と、困惑の声を溢しながら、男爵は背後を振り向く。


 すると、そこには‥‥窓が開け放たれ、カーテンが風でゆらゆらと揺らめている姿があった。


 男爵はその光景に首を傾げ、眉間に皺を寄せる。


「何故、窓が開いておるのだ? 確か、先ほど部屋を出る前はちゃんと窓を閉じていたはず‥‥」


「フフフフフッ‥‥」


 ピタリと、突如頬に冷たいものが触れ、男爵は肩をビクリと震わせる。


 頬に触れたそれは‥‥天井から伸びている、青白い手のひらだった。


 それを確認した後、ゴクリと唾を飲み込み、男爵は天井を見上げる。


 そこで、彼は―――――――蜘蛛のように何本もの腕が背中から生えた異形の少女と目が合った。


 少女は背中の無数の腕で天井にあるシャンデリアに捕まり、宙づりになりながら、男爵を楽しそうに見下ろしている。


 アグネリア男爵はその少女のその姿に、身体を小刻みに震わせた。


「なっ、お、お前は、ア、アナスタシア――――――」


「ウフフッ、ウフフフフフフフ。よくも、よくも今まで散々好き勝手に嬲ってくださいましたわね。絶対に、絶対に貴方を許しはしませんわよ?」


「な、何を言って―――――――ぐぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」


 アナスタシアは男爵の右目に親指を突っ込むと、彼の目玉を潰したのだった。


 その激痛に耐え切れず、男爵は床に転がり、顔を押さえて悶絶しながら叫び声を上げる。


「目が、目が、目がぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」


「私の片目を奪った時、貴方は泣き叫ぶ私を見てすっごく喜んでいましたわよね? フフフッ。今になって貴方の気持ちが分かりましたわ。確かに、苦しむ貴方を見ているのはとっても楽しいですわね」


「き、貴様!! こんなことをして許されるだなんて思っているのか!? アグネリア男爵家は王家に何千年と仕えてきている名家なのだぞ!? 反逆罪で、すぐに処刑してやる!! 斬首だ!!」


 アナスタシアは天井からドサッと降りてくると、蜘蛛のように四つん這いになり、恍惚とした笑みを浮かべた。


「それはの世界の法律ですわよね? 今のわたくしには適用されないので、問題ないですわ」


「は? い、いったい、何を言って‥‥」


「貴方はここで終わり、ということですわ。今まであんなに酷いことをわたくしたちにしておいて‥‥まさか、自分が痛い目に遭わないとでも思っていたんですの?」


 そう言ってケタケタと嗤う少女に男爵は顔を青ざめさせると、右目から血を流しながら、窓際へと逃げていく。


 そんな彼の様子に、アナスタシアは口元に手を当て、フフッと淑女然とした微笑みを浮かべた。


「今から、私にしてきたことをその身体に一つ一つ返して差しあげますわ。その全ての拷問が終わるまで‥‥どうか、死なないでくださいましね?」


「ば、化け物が!! こんんんの怪物女がッッ!!」


「あら? このような姿に私を造り出したのは貴方ではなくて? わたくしは貴方の芸術作品、そうなのでしょう?」


 その言葉に歯をギッと噛みしめると、男爵は窓へと足を掛ける。


 そしてそのまま――――――崖下へと、盛大に飛び降りたのだった。


「あらあらぁ?」


 アナスタシアは驚いた声を上げると、男爵の生存確認をするために、窓際へと歩みを進めた。


 アグネリア男爵は庭園の木の上へと着地したようで、どうやら無事な様子だった。


 彼は痛みに顔を歪ませながらも、木の上から飛び降り、そのまま森の中へと一目散に逃げていく。


 その姿を最後まで見届けると、アナスタシアはぽそりと静かに呟いた。


「もっともっと痛めつけてあげたかったのですが‥‥仕方ありませんわね。では、最後の締めは、ロクス様にお願いするとしましょうか」


 そう呟くと、彼女は口元に手を当て、フフッと不気味な笑みを浮かべるのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る