第9話 信仰


「――――良いか? お前たち下民は上級国民に搾取されるために存在しているのだ。ここら一帯にある牧草は、牛や馬が食べるためにあるものだろう? それと同じで、お前らはただ収穫されるために生かされているにすぎないのだ。野菜や牧草が捕食者に抵抗するか? しないだろう? 故に、下民である貴様らも同様に抵抗をするな。大人しく捕食者に食われろ、愚物めが」


「お、大人しく、捕食者に‥‥食べられる‥‥?」


「そうだ。お前が脱走なんてしなければ、お前の母親も弟も死なずに済んだものを‥‥本当に馬鹿な女だな、貴様は」

 

 そう言って聖騎士の男は少女の髪の毛を掴むと、ズルズルと彼女を引きずり、牧草をかき分け歩いて行く。


「痛い痛い痛い! やめて! 離してよぉ‥‥!!!!」


 悲痛な悲鳴を上げ、目の端に涙を貯める三つ編みの少女。


 声がする方向へ足を進めて見れば、そこにあったのは、聖騎士に少女が連行されていく姿だった。


 俺はそんな光景を、牧草の合間に身体を潜め、ジッと観察する。


 見たところ、聖騎士はあの村娘を捕らえようとしている様子だが‥‥さて、どうするか。


 もう既に聖騎士を二人殺してしまっている時点で、彼の仲間であろうあの男と平和的な対話は望めないだろう。


 で、あるならば――あの少女を救い、恩を着せ、情報を会得する――それがベストな選択だろうか。


 俺は先程盗んだ剣を鞘から抜き、腰を屈めて、牧草の合間からゆっくりと聖騎士の前へと周り、彼へと近付いて行く。


 そして、騎士の行く手に先回りすると、牧草に身を潜めたまま、無防備な聖騎士の胸に向けて剣を構えた。


「おい! お前ら! 女はここだ! 何を無視している!! 早くこっちに来――――」


「ククククッ、大人しく捕食者に食われろ、か。だったら貴様ら聖騎士も、この俺の憎悪の炎を滾らせる糧になると良い」


「‥‥は?」


 牧草に隠れ、標的の姿を捉えた後。瞬時に、聖騎士の胸へと向けて剣を突き刺す。


 アンデッド化による筋力増加のおかげか、剣は難なく鋼のプレートメイルに貫通し、ザシュッと、刀身が心臓に突き刺さった手ごたえを手に感じる。


 そして俺はそのままその剣を上へと持って行き―――聖騎士の身体を真っ二つに割り、辺りに血しぶきの雨を降り注がせていった。


 ボトボトと周囲に臓物が飛び散っていき、周囲一帯に酸っぱい匂いが充満していく。


 斬り裂いた死体の向こう側を見ると、そこには先ほど見た少女の姿があった。


 彼女は尻もちを付きながら、目をまん丸とさせて、俺の姿をジッと見つめていた。


 この光景に恐怖を感じさせてしまったかと、一瞬、身構えたが‥‥何故か彼女は笑顔で、静かに開口した。


「神様、ですか‥‥?」


 その言葉に、俺は思わず困惑してしまう。


 化け物と悲鳴を上げられるかと思ったのに、正反対である存在の神と呼ばれたからだ。


「? この俺が、神になど見えるか?」


 そう答えると、少女は祈るようにして手を組み、恍惚とした表情をその顔に浮かべ始める。


「はい、見えます。貴方様は、この理不尽な世界を一太刀で両断して、私を救ってくださった。そんな貴方様以外に、神と呼べる存在はこの世界にいますでしょうか‥‥?」


「‥‥俺はお前を助けたわけではない。単に、聖騎士よりも貴様の方が話が通じそうだったから、聖騎士を殺し、お前を生かしたにすぎない」


「どのような理由があろうとも、貴方様は私を助けてくださった。私にとって貴方様は神様です」


 そう言って、瞳を潤ませながら俺を見つめてくる村娘の少女。


 聖騎士の連中よりは話が通じやすそうだとは思って助けてみたものの‥‥この女は何かを勘違いをしてしまっているな。


 俺を神などと呼んでいることからして、何処かがイカレてしまっているように感じられる。


 ‥‥まぁ、怯えずに話を続けられている分、まだマシか。


 俺は地面に座り込む少女を見下ろし、剣を鞘に納めた後、再度、口を開く。


「――少女よ。助けた代わりと言っては何だが、付近にある村までの道案内を頼めないだろうか。何処かで地図か何かを貰えると有難いのだが――」


「近くに、私が住む村があります!! ついてきてくださいっ!!!!」


 そう言って三つ編みの少女は立ち上がると、キビキビとした動きで前を歩いて行った。


 そんな彼女の様子に少し面食らって動揺するも、俺は即座に少女の後を追いかけ、歩みを進めて行く。


「君‥‥名前は何と言うんだ?」


「エレノア・クロウリーと申します!! あの、神様のお名前は何と言うのでしょうか!?」


「ロクスだ。ロクス・ヴィルシュタイン」


「ロクス様ですか!! ん? ロクス・ヴィルシュタイン‥‥って、三年前に王女暗殺の罪で斬首された聖騎士と同じ名前のような‥‥?」


「‥‥」


 なるほど。彼女のその発言から鑑みるに、俺が殺されてから数年程の月日が経過していたという訳か。


 三年しか経っていないのだったら、まだあの男は―――ベルセルは聖騎士団団長の座にいることだろう。


 あの男と、宰相アルベルト・フォン・クライッセには、いずれ、この俺を嵌めた報いを必ず受けさせなければならない。


 いや、その上で踏ん反り返っている、ミストレイン王女殿下と俺を謀略によって処した聖王陛下にもそれ相応の痛みを与えてやらなければならないな。


 死した同胞たちと、俺を庇い、亡くなっていったジェイクとリリエットの無念を晴らすためにも。


 俺は、この王国を壊し、新たな理想郷を創造しなければならない。


 そのためには、腐った権力者どもは必ず皆殺しにしてやらねばならん。


「ロクス様! 見えてきましたよ! あそこが、私が住む村です!」


 牧草地帯を抜け、開けた場所に出ると、そこには小規模な農村の姿があった。


 円形状に家屋が並んだ農村の中央広場で、村人たちが暗い表情で集まっている姿が散見できる。


 その光景を確認した俺は、ふむ、と、口元に手を当て考え込んだ。


「‥‥」


「ロクス様?」


「いいや、何でもない。彼らを呼んできてくれるかな? エレノア君」


「分かりました! おーい、みんなー!!」


 農村の中央に集まっていた村人たちは、前を歩くエレノアの声に気が付くと、一斉にこちらに視線を向けてくる。


「エレノア!? 無事だったのか!?」


 そう言って真っ先に駆け寄って来たのは、麦わら帽子を被った中年の男性だった。


 彼は焦燥した様子で俺たちの前に立つと、エレノアの肩を勢いよく掴み、大きく声を張り上げる。


「エレノア!! お、お前の母親と弟が‥‥キャシーとベンが、聖騎士の奴らに…っ!!」


「デーグおじさん。そのことは、さっき、聖騎士の男から聞いたから分かっているわ」


「分かっているって、お前‥‥悲しくないのか? 何で、何でそんなに冷静でいられるんだよ!?」


「私は神様と出逢ったから。だから、もう、何も怖くないの」


 そう言って微笑むと、少女は肩越しにチラリとこちらを見て、再度、村人たちへと顔を向けた。


「この御方が私を助けてくださったのよ!! 漆黒の騎士ロクス様が、聖騎士たちを倒してくださったの!!」


 彼女のその発言に、村人たちはか細い悲鳴の声を上げて、顔を青ざめさせた。


「そ、その男が、せ、聖騎士を倒しただって!? そ、それは本当なのか!?」


「そんなことをしたら、ア、アグネリア男爵が‥‥アグネリア男爵がこの村に報復をしてくるぞ!?」


「もう、お終いだ‥‥俺たちは殺されるんだ‥‥っ!!」


 そう、悲痛そうな表情で慟哭し、地面に膝を付け倒れ込む村人たち。


 俺はそんな彼らを一瞥した後、エレノアへとそっと声を掛ける。


「さっそくで悪いが、地図を持って来ては貰えないかな、エレノア君」


「分かりました! ロクス様!」


 エレノアは元気よく返事をすると、広場から最も近い木造建築の家屋へと入って行った。


 そんな去って行く彼女の背中を見つめていると、地面に膝を付ける麦わら帽子の男デーグの呟いた声が、俺の耳へと入ってくる。


「‥‥アグネリア男爵は十代の若い娘を御所望だ‥‥あの子を、あの子を男爵の元へと送り届ければ‥‥俺たちはまだ助かるんじゃないか‥‥?」


 そう言って、引き攣った笑みを浮かべる中年の男。


 俺はその様子にクククと嗤い声を溢すと、そのまま彼の元へと近寄り―――その横腹を思いっきり蹴り上げてやった。


「ぐふぁっ!?」


 デーグは腹を押さえ、蹲り、コホッコホッと苦しそうに咳き込み始める。


 そんな彼を見下ろして嗤い声を上げていると、デーグの傍に、二十代前半くらいの若い男が駆け寄ってくる。


 そして青年はデーグの背中を摩りながら、こちらを鋭く睨みつけてきた。


「あ、あんた、いったい何をやってるんだ!? いきなり父さんを蹴るだなんて!!」


「そこの男の息子か。ククッ、そいつが不快な言葉を口にしたのでな。少々、苛立ちをぶつけさせてもらった」


「――なっ!! ぼ、僕たちは、あんたの勝手な行動のせいで殺されそうになってるんだぞ!? さっきから何なんだ、その偉そうな態度はッッ!!」


「勝手な行動だと? 貴様らの事情など知った事ではないが‥‥先ほどの発言で、お前たちがあの娘が聖騎士に連行されていくのを良しとしていることは理解した。大方、税の納税が間に合わなくて、若い娘を人身御供として生贄にしようとした、というところだろうか。アグネリア男爵は好色で有名な男だからな。この村の状況を推察することは、難しくない」


「‥‥」


「やはり、そうか。ククッ、まったくもってくらだらない考えだな。のうのうと権力者の言いなりになっている貴様らのその姿には、思わず反吐が出てしまいそうになるよ」


「く、くだらないだと!? ふざけたことを言うな!! お前のような流れの傭兵風情に、僕たち農民の気持ちなど分かるわけないだろう!! 僕たちは、必死の想いで毎日、生きていて―――」


「黙れ、家畜共が。権力に屈し、身内を売ろうと画策する弱者など、今ここで斬り殺してやりたいくらいだ。貴様らのような戦う意志を無くした愚物など、生きる価値もない」


 俺はそう口にして、先ほど聖騎士から奪った剣を鞘から引き抜く。


 すると、眼前にいる親子は恐怖に顔を歪ませた。


 だが、俺はそれを彼らに向けることはせず、そのまま手に持っていた剣を親子の目の前に放り投げた。


 カランカランと音を立てて、剣は地面へと落ちる。


 その光景を見届けた俺は、腕を組み、再び開口する。


「貴様らに残された道は三つだ。そのまま抵抗せずに聖騎士どもに嬲り殺されるか、その剣を手に取って、この俺に挑み、その死体を持ってしてアグネリア男爵に手打ちを申し込むか。‥‥それか――――俺と共にアグネリア男爵に挑み、自らの手で自由を手に入れるか、だ」


「‥‥は?」


「俺の目的はただひとつ。この腐った聖王国を滅ぼし、新たなる国を創造することだ。理不尽な暴力に嘆く者がいない、平和な楽土を俺はこの地に建設する。この俺の理想に加担するというのなら――貴様らも我が国の民として受け入れよう。さて、どうするかね? 自由を求め、俺と共にアグネリア男爵を討つかね?」


「あ、あんた、な、何を言って―――」


「わ、私は、ロクス様の意見に大賛成ですっ!!!!!」


 背後から駆け寄って来たエレノアが、丸められた羊皮紙を手に持って、俺の元へとやってくる。


 そして彼女は膝に手を当てゼェゼェと息を吐くと、頭を上げ、輝いた瞳を見せてきた。


「やっぱり貴方様は、救いの神様です、ロクス様!! 天上の月の女神など、紛い物でしかない!! 貴方様こそが、この聖王国を救済する真の神!! その理想の国の建国、私も共に歩んでいきたい所存です!!」


「エ、エレノア!! お前‥‥っ!!」


「おじさん、それにみんな、よく聞いて。確かにロクス様を殺し、私を男爵に献上すれば‥‥一旦はこの村の平和は保たれるかもしれない。でも、それは一時的なものよ。その後また、この村は税の徴収で苦しむことになる。それも未来永劫に、ね」


「‥‥」


「今度は、これから産まれてくる子供たちがその地獄に足を突っ込むことになるんだよ? 本当にそれで良いの? この未来永劫続く搾取される運命に甘んじていて、後悔はないの!?」


 エレノアのその発言に、デーグの息子は、苦悶の表情を浮かべる。


「‥‥確かに、この搾取される家畜のような生き方から解放されたらと、そう思わない日はないよ。僕は‥‥義理の父である村長と、妻と息子を、先ほど目の前で聖騎士に斬り殺された。奴らを殺したいほど憎んではいる」


「だったら‥‥!!」


「でも、僕らはただの村人、農夫なんだ! そんなたった数十人の農夫が、鍬や鋤でアグネリア男爵が抱える聖騎士の一個団体を倒すことなんて‥‥できるわけないだろ? 奇跡が起こって万が一倒せたとしても、その後はどうなる? 反逆者の討伐に、王都から次々に聖騎士が派遣されてやってくるだけだ」


「‥‥‥‥」


「権力を持つ者たちになんて、勝てるわけがない。僕らは奴らにとっては家畜でしかないんだよ、エレノア!!」


「でも、そんなことを言っていたら、いつまでも―――――」


「ククク、俺がさっき言った言葉をまだ理解できていないようだな、貴様は」


「え‥‥?」


 俺は、聖騎士に妻を殺されたと言う男の胸倉を掴み、無理やり彼を立たせる。


 そして、彼のその瞳に、兜の中に浮かぶ空虚な闇を映させた。


「貴様らに残された道は三つと言っただろう。それは、そのまま聖騎士どもに殺されるか、この俺に挑み、死ぬか。それか――生きるために戦うか。そのいずれかだ。ちなみに、俺に反目の意志を示したその時は、容赦なく貴様ら全員の首をこの場で刎ねてやろう。あぁ、聖騎士に殺される運命を選んだ時も同様、貴様らを殺す。この俺の情報を奴らに喋らせないためにもな」


「なっ‥‥そ、それじゃあ、僕たちは、君と共にアグネリア男爵に挑む道しかないということじゃないか‥‥!!」


「先ほどからそう言っているつもりだったのだがな。これは謂わば脅しだ。貴様らに残された選択は、生きるか死ぬか、どちらかだけしかない」


 そう言って男を地面に落とすと、彼はコホッコホッと、咳込んだ。


 俺はそんな彼を見下ろした後、群衆に向け、大きく声を張り上げる。


「死にたい奴は今すぐこの俺にかかってこい! 家畜としての生を選び、死した者の弔いをしない腑抜けなどいらん! 今すぐその首を叩き落としてやろう!」


「‥‥」


 俺のその発言に、数分黙り込んだ後。


 村人たちは、突如、ザワザワと騒ぎ始めた。


「そうだ‥‥俺だって、娘を攫っていったあいつらを許すことなんてできはしない‥‥生きるか死ぬかだったら、た、戦ってやるぞ、俺は!!」


「私もよ!! もう貴族たちに搾取される人生は御免だわ!! 税の徴収が間に合わなかったからって、簡単に人の命を奪うんだから、あいつらは!!!!」


「友の仇を討つ時だ!! 俺は武器を手にするぞ!!」


 群衆の心に火が灯り、今まで積み重なってきたアグネリア男爵への憎悪が表へと姿を現す。


 俺の誘いに乗らなければ、村人全員を皆殺しにして、一人でそのままアグネリア男爵の元へと歩みを進めようかと思ったが――ククッ、どうやら事は想定よりも面白い方へと動いたようだな。


 こいつらを利用すれば、聖騎士の奴らを簡単に一網打尽にすることができる。


 さて、さっそくの大仕事だ。


 腐った貴族様が暮らす屋敷を、襲撃してやるとしようか。


 俺を王女殺しの罪に嵌めた、王国政府への――反撃の狼煙を上げる、第一歩の時。


 腐った王国貴族どもの、粛清の始まりだ。


「意志は固まったようだな。では‥‥天上で踏ん反り返っている貴族様を引きずり降ろしてやるとしようか、諸君」


 そう言って、俺は盛り上がる村人たちを目の前にして、クククと小さく嗤い声を溢した。

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