第30話:ある男性

「ど、どうしましたか、大丈夫ですか!?」

「何があったの!?」

『こ、これは大怪我だフェン!』


 慌てて血まみれの男性に近寄ります。

 男性は息も絶え絶えの様子で私たちを見上げました。

 目も虚ろで呼吸も荒いことから、体力の限界が近いことがわかります。


「あ、あなたたちは……?」

「話してはいけませんっ。今回復させますからっ」

「うわっ、もうHP限界じゃん。急いで回復薬を……!」

「す、すみません……」


 るかたんさんが急いでお薬を渡すと、男性はゴクゴクと飲みました。

 少しずつ血色が良くなって、男性の顔にも元気が出てきます。


「ありがとうございます……おかげさまで体が……ゲホッ! ゲホッ!」


 しかし、すぐにまた激しく咳込んでしまいました。

 顔色もどんどん青くなっていきます。

 しかも、それだけではなく、身体の表面がところどころ紫色に変わっていました。

 明らかに様子がおかしいです。


「た、大変です、るかたんさん!」

『薬が効かないフェン!』

「これは……ちょっとまずいかも……超猛毒になっているよ」

「『超猛毒……?』」

 

 るかたんさんに聞くと、極めて強力な毒とのことでした。

 それだけじゃなく、最高ランクの解毒魔法じゃないと治せないということも教わりました。


⦅回復薬が効かないわけだ⦆

⦅かわいそうな兄ちゃんだな⦆

⦅こんなとこに、超猛毒にするモンスターいたっけ⦆


 神様のお言葉からも切羽詰まった様子が伝わってきます。

 男性は辛そうに口を開きました。


「ぼ、僕はもうダメです……放っておいてください……モンスターが来てしまいます……」

「見捨てることなんかできないよ! ああ、でもどうしよう……!」

『僕もまだ大した魔法は使えないフェンし……!』


 るかたんさんとルーリンさんは頭を抱えています。

 それを見ていたら閃きました。

 そうです!

 たしか、神様からのお恵みにお薬がありました。


「……【万能秘薬“パナシー”】ー!」

「フ、フレイヤちゃん、それは……!」

『さっき天井から降ってきたアイテムだフェン!』


 どんな毒だって治してしまう効果があるようですから、超猛毒にだって効くはずです。

 飲まそうとするも、男性は飲もうとしてくれません。


「さっ、これをお飲みください。神様がくださった聖なる秘薬です」

「ぼ、僕のことなんか気にしないで……それより早く逃げ……ゴプッ」

「早く飲みなさい」


 もどかしいので無理矢理飲ませてしまいました。

 まったく、一刻を争う病状なのですから素直に飲んでほしいですね。


⦅フレイヤちゃん、結構強引でワロタ⦆

⦅手厳しいw⦆

⦅聖女らしいっちゃ聖女らしいが⦆


 秘薬の中身を全部飲ませると、男性の身体に変化が現れました。

 全身が淡い緑色の光に包まれ、腕や顔の不気味な紫色が消えていくのです。

 男性は驚きの表情で自分の身体を見ていました。


「ウ、ウソ……だろ? 超猛毒がこんな簡単に治るなんて……」

「し、信じられない……フレイヤちゃん、どこでそんなアイテムゲットしたの……?」


 傍らのるかたんさんも、ただただ驚くばかりですね。

 ここは神様の素晴らしさをお伝えするチャンスでしょう。


「これも全ては神の御業。神様に不可能はないのです」

「そ、そうなんだ。神様って……すごい!」


 彼女の信仰心が上がったところで、男性は完全復活しました。

 すっくと立ち上がると、私たちと握手を交わします。


「本当に助かりました! 俺はジークと言います。あなたたちがいなかったらもう死んでいましたよ!」

「私はフレイヤと申します。通りすがりの見習い聖女です」

「るかたんって言います。よろしくです」

『僕はフェンリルのルーリンだフェン』


 ジークさんは黒い短髪に明るい表情が似合う、とても爽やかな好青年といった印象でした。

 腰にはロングソードを携え、簡易的ながらも丈夫そうな鎧を身に着けています。

 どうやら、この方も冒険者のようですね。


「いやぁ、マジで助かりました。ソロ縛りだもんで仲間もいなく……って、るかたんって、あのるかたんっすか!?」

「え、ええ、私はるかたんですが……」

「すげえ! 本物のるかたんだ! 俺ずっと憧れてたんすよ!」


 ジークさんはるかたんさんの手を握って、それはそれは激しく振り回します。

 とにかく、しきりに感動していました。


⦅おい、助けたのはフレイヤたんだぞ⦆

⦅こいつも、るかたんのファンか⦆

⦅なんか調子のいいヤツだな⦆


 私が思っている以上に、るかたんさんは有名人なんですねぇ。

 何はともあれ、友人が褒められるのは嬉しい気持ちでした。

 るかたんさんは苦笑いしながらジークさんとお話しします。


「あ、あなたはどうしてここへ?」

「俺も友達が何人かここでBANされちゃったんですよ。運営に問い合わせてもハッキリしないんで、いっそのこと自分の目で調べてやろうと来たんです」

「な、なるほど」


 ジークさんもまた、謎の単語を話されています。

 ですが概ね、冒険者の行方不明事件のことなのだなと思いました。

 単語の意味は気になりますが、まぁ、あまり深く聞いても良くないでしょう。

 彼もお疲れの様子ですからね。


「私たちも、るかたんさんのお友達の行方を調べに来たんですよ。このダンジョンで消息不明になってしまったそうです」

「へぇ~、そうなんすかぁ。やっぱ“配信者狩り”のせいですかね。あの、いきなりこんなこと言うのも変かと思うんですが……」

「はい、何でしょうか?」


 ジークさんはしばしの間考え込んだかと思うと、真剣な面持ちで話し出しました。


「俺も一緒に連れて行ってくれませんか? いや、ぜひ連れて行ってください!」


 ガバッ! と勢いよくお辞儀するジークさんを見て、るかたんさんは小声で相談してきます。


「ど、どうしようか、フレイヤちゃん」

「私は別に構いませんが……仲間が多い方が安心でしょうし」

「うん……まぁ、それもそうか……。じゃあ、よろしくジークさん」


 るかたんさんからそう伝えられると、ジークさんは勢い良く諸手を上げて喜びました。


「よっしゃー! るかたんとダンジョン潜れるぞー!」


 ジークさんは、うおおおお! と拳を握り締めては咆哮しています。

 るかたんさんと行動できるのがそれだけ嬉しいのでしょう。


⦅うるせえw⦆

⦅喜びすぎワロタ⦆

⦅どれだけ、るかたんのこと好きやねん⦆


 というわけで、ジークさんも一行に加わりました。 

 下層への階段はこの先です。

 通路を進みだすと、床の真ん中に四角い出っ張り石がありました。

 るかたんさんは何の気なしにスルーしましたが、私は踏みたい衝動に襲われます。

 ですが、寸でのところでトラップ魔法の件を思い出しました。

 踏みたくなる気持ちを懸命に抑え込み、振り上げた足を床に下ろしました。

 後ろのルーリンさんもやや名残惜しい様子で素通りします。 


「おっ、なんだこれ? めっちゃ踏みたくなる石だなぁ」


 しかし、一番後ろを歩いていたジークさんが思いっきり踏み抜いてしまいました。

 ガコッ! と床が開きます。

 一瞬宙に浮いた後、私たちはすごい勢いで落下を始めました。


「「きゃあああっ!」」


⦅どこかで見たような光景だな、おい⦆

⦅だから罠だと言うのに⦆

⦅なぜ人はトラップを踏み抜いてしまうのか⦆


 いつかと同じようにしばらく落ちた後、ドドドッ! と地面に投げ出されました。


『痛っフェン!』

「うっ……ここはどこでしょうか?」

「結構落ちて来ちゃったみたい……」

「すみません……まさか、トラップだとは思わなくて……」


 私を含めて、他の方々はとりあえず無事のようです。

 まずはここがどこかをマップで調べなければ……と思ったとき、重厚な声がフロア全体に響きました。


『ふむ……活きのいい人間が三匹とフェンリルの幼獣が一匹か……悪くない』


 私たちの目の前に、巨大な怪物が現れてしまいました。

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