第23話:あるべき姿

『俺様の養分となれ! アシッド・レイン!』


 フライトラップは大きく口を開けたかと思うと、細かい雨のようなブレスを吐いてきました。


「『うわっ! 酸の雨だ……!』」

「お二人とも避けますよ!」


 とっさにルーリンさんたちを抱え、横にひとっ飛びです。 

 私たちのいた地面がじゅうじゅう……と溶けてしまいました。

 侮れない酸の威力です。


⦅この溶けるエフェクトはマジでリアルだよな⦆

⦅俺の腕に当たったら穴空いてビビったぞ⦆

⦅そういうところはやたらリアル志向で草⦆


 ふむ、神様のお言葉からも、かなり強力な相手だとわかります。

 お二人がいる以上、危険な立ち回りはできませんね。

 フライトラップは口の端をひん曲げて、悔しそうな顔をしています。

 表情なんてないのに、不思議とそう感じました。


『俺様の攻撃を躱すとは……聖女のくせに俊敏だな。まぁいい、次の一撃でお前らは……!』

「ちょっとお待ちなさい!」

『な、なんだ……!?』


 フライトラップが大きく息を吸い込みだしたので、慌てて止めました。


⦅止めたw⦆

⦅なぜ止まるんや⦆

⦅チートでも使ってるのw⦆


 この恐ろしい怪物にも、やはり聞かなければならないことがあるのです。

 それはもちろん……。


「今日、神様にお祈りを捧げましたか?」

『な、なに……? ……お祈りだと?』

「そうです。慈悲深き神様には、毎日お祈りを捧げなければならないのです」


 私が言うと、フライトラップはポカンとしています。

 と、思いきや、次の瞬間にはゲラゲラと笑い出しました。


『フラフラフラ! 俺様が祈るわけないだろうが。なぜなら、俺様自身が神だからだ。むしろ、俺様の方が祈られたいくらいだね』


⦅笑い方フラフラw⦆

⦅どんな笑い方やねん⦆

⦅饒舌で草⦆


 彼はまったく悪びれもなく言います。

 でも、私は決して怒りの感情を持ったりしません。

 これもきっと異教徒の支配が辛いからなのです。

 そう思うと、恐ろしい怪物も切なく見えてきました。

  

「今からでも遅くありません。一緒に神様にお祈りしましょう。……この世を造りたもう全知全能の……」

『するわけないだろ! いいからお前は俺様の養分になるんだよ! 神様なんかただの幽霊だ!』


 フライトラップの叫び声でお祈りが途中で途切れてしまいました。

 その瞬間、私の心に沸々と湧いてくる想いがありました。

 私が改心させてあげなければ。

 強く思うたび、体中から想いが迸ります。

 思ったよりも彼の状態は良くなさそうです。


⦅あ……⦆

⦅死亡フラグがビンビンや⦆

⦅これはあかん⦆


『お、お祈りを邪魔しちゃったフェン……』

「こ、これから何が起きるんですか……」


 なぜかルーリンさんとヨーネさんは震えていますね。

 大丈夫、安心してください。

 異教徒に支配されてしまった、可哀想な使い魔を改心させるだけですから。


「杖さん! この使い魔ボスに改心の機会をお与えください!」

【承知いたしました……<エンシェント・リターン>!】


 例のごとく、赤い宝石から無数の白い光が放たれました。

 いや、今回はなんだか手のように見えます。

 ぎゅんぎゅんぎゅん! と勢い良くフライトラップの身体を覆っていきます。


『な、なんだ、この魔法は! 体が…………くすぐったいいい……!』


 フライトラップは全身から酸を吹き出しますが、白い手はそんなもの諸共せずにまとわりつきます。

 やがて、ギュギュっと小さくなっていきます。

 その光景を見て、ルーリンさんたちは何やら小さな声で呟いていました。


「な、何が起きているんですか……?」

『ぼ、僕にもまったくわからないフェン。一つわかるのは、フレイヤのお祈りを邪魔しちゃいけない……ってことだフェン』


 球体が最初の半分くらいまで縮み、ポンッ! とコルクを開けるような音がして弾けました。

 地面にポトリと何かが落ちます。


「『フ、フライトラップが……消えた!?』」

「いいえ、彼はあるべき姿に生まれ変わったのです」


 確かめる前から、私にがそれが何なのかわかりました。

 静かに近づきひょいッと拾い上げます。

 おっかない食虫植物だったフライトラップは、元の姿の小さなハエトリグサに戻ってしまいました。


「『ハエトリグサになってる……』」


⦅w⦆

⦅草になってて草⦆

⦅これがほんとの大草原⦆


 杖さんに私の想いが通じたのか、使い魔が初めからやり直せるような魔法をかけてくれたのです。

 さすがは神様からのお恵みですね。

 この杖さんはこれからも大事にしましょう。


「私と一緒に、神様へお祈りを捧げる素晴らしい日々を送りましょうね」


 なでなでしてあげると、嬉しそうに動いてくれました。

 最初から神様に祈りを捧げる生活を過ごしていれば、その素晴らしさもわかってくれるでしょう。


「フレイヤさんは規格外の聖女さんですね」

『まさしく、やることなすこと全てが規格外だフェン』

「そんな大したことはありませんよ。神様がすごいだけですから。……さて、“クリエーサの秘薬”はどこにあるんでしょうね。フライトラップが持っているということでしたが……」

「見つかりませんねぇ……」


 辺りを見回しても、秘薬らしき物はありません。

 どういうことなんでしょう。

 と、不意にルーリンさんが叫びました。

 前の方をモフモフの指で差しています。


『あっ、フレイヤ、あれ見てフェン! 空中から何か出てきたフェンよ!』


 ふわぁ……と、箱のような物が浮き出るように現れました。

 そのまま、すとんっと地面に降り立ちました。

 丸みを帯びた蓋に暗い赤色と金色の装飾。

 こ、これは、まさか……。


「宝箱さんです!」

「や、やった! きっと、この中に秘薬があるんですよ!」

『とうとうここまで来たフェンね! さあ、さっそく開けるフェン!』

 

 この宝箱さんの中に“クリエーサの秘薬”が……。

 ドキドキしながら、私たちは手を伸ばしていきました。

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