第2話 屋敷の中へ

「ご、ごめんなさいっ! てっきり誰も住んでないと思って――」

「こんなところに女の子が1人で、危ないですよ。森の外まで送りましょうか?」

「……え、ええと、その」


(せっかく勇気を出してここまで来たのに、また日常に連れ戻されるなんて冗談じゃない。どうにかしてこの場を去らないと……)


 凛は必死で頭を働かせ、都合のいい言い訳を探す。が、うまく言葉が出てこない。そんな凛の様子を見ていた男は、ふと何かに気づいて表情を緩める。


「――ああ、失礼。お客様でしたか。人間のお客様は久しぶりで」

「え? いえ、あの」


 男は優しい笑みを浮かべ、私の答えを待たず門に手をかける。すると、先ほどまであんなにきつく絡まっていた蔦がみるみるうちにほどけ、門はあっさりと開いた。荒れ放題だった庭にも、いつの間にか屋敷までの道ができている。


「さあどうぞ。ようこそ地底カフェへ」

「ち、ちて――え?」

「おいしいドリンクをご馳走しますよ」


(どうしよう……)


 こんな怪しい男の家に招かれるなんて、普段なら即刻お断りして逃げ帰る事態だ。しかし今、凛は死ぬためにここにいる。だったらべつに恐れることもない――気もする。いっそ毒でも混ぜて殺してくれれば、自殺するより楽に死ねるかもしれない。そう思った。


「で、では、お邪魔します……」


 凛は迷ったが、この男についていくことにした。屋敷はかなり古く、半ば廃墟と化していた。西洋風の造りで、まるで中世のヨーロッパに迷い込んだかのような気分になる。ここが日本の樹海の中だということを忘れてしまいそうだ。


 そして男が扉を開けると、そこには更なる驚きの光景が広がっていた。屋敷の中は、廃墟同然の外観からは想像できないくらいに整然としていたのだ。大理石でできた床や階段はピカピカに磨かれ、淡いクリーム色をした壁や赤い絨毯もシミ1つ見当たらない。


「カフェはこちらですよ」


 男が玄関付近にあったひと際太い柱に触れると、柱に切り込みが入りスライド式の自動ドアのように開いた。どうやらエレベーターになっているらしい。男と凛が柱の内部へ収まると、自動でドアが閉まり、僅かな振動とともに動き始めた。


「ど、どこに行くんですか」

「地底カフェですからね、地下ですよ」

「な、なるほど……」


 人生に絶望して命を絶ちに来たというのに。気づけば見知らぬ男とカフェに行くことになっていた。


(いやいやいやいや。おかしでしょ絶対!?)


 凛は自分が置かれた状況に思わずツッコミを入れたくなったが。かといって、今さら帰るなんて言っても聞き入れてくれそうにない。そもそも今は柱(のエレベーター)の中にいて、地下深くへ進んでいる真っ最中だ。出られない。


「つきましたよ」

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