監獄の夢(2)

 およそ光は差し込まず、薄暗いのはこれまで通ってきた道と同じ。ただ、通路の両側には牢屋がずらりと並んでいる。


「……悪夢っぽくなってきたね」


 一番最後に扉をくぐった師階田が感想を漏らす。僕は頷いてから牢屋の中へ目を凝らす。

 監獄。

 監獄の悪夢と言われて普通に思いつくのは、囚われる夢だ。だとしたら、牢に繋がれている人間を見つけられれば、それがこの夢の持ち主に違いない。

 乙百か、鞘草か。どっちだろう。どちらにしても悪夢は排除しなきゃ。……そういえば、悪夢を取り除くための具体的な方法を聞いていないな。


「あの……。悪夢を取り払うって、具体的にはどうするんですか?」


 訊いてみると、師階田が答えてくれた。


「悪夢に巣食っている夢魔の中には、夢魔を作り出すことが出来る特殊な個体がいるの。私たちは『マザー』って呼んでるんだけど、その『マザー』を倒すことで悪夢を解消できる」


「『マザー』ですか。さっき倒した夢魔とは違うものがいるんですね」


「そう。多分そう遠くないところにいると思うけど……」


 師階田はそう言って監獄の通路の奥へ視線をやる。染石も同じくだ。彼女は日本刀に手をかけながら通路を進んだ。


「きい姉。突き当りに扉がある。あっちだよね」


「おそらく、ね」


 師階田も返事をし、染石に続く。僕も一番後ろにつく形で歩き始めた。

 僕は歩きながら横目で獄中を流し見ていく。誰か入っているかもしれないと思ったものの、人っ子一人いない。味気のない地面に布団らしき布が放られている。一番奥にあるのは便座か。随分と寂しい様子である。実際の牢がどんなものかは僕も知らないが、簡素すぎるような気がした。……まるで、作り込まれていないゲームの背景用マップのようだ。

 僕たち三人は徐々に突き当りの扉に近づいていく。大人が数人は並べるような広い通路に見合った大きな扉だ。両開きである。目の高さには白い光。発光しているわけではない。格子窓が頭の位置についている。外からの光だ。

 様子を伺うように、まずは染石、続いて師階田が慎重に格子窓から外を覗く。僕も追いかけて格子の隙間から外界を睨んだ。


「これ、は……」


 目に飛び込んできた光景に僕は息を呑んだ。

 両手両足じゃ足りないくらいの大勢の夢魔の兵士がひしめき合う。歓声に似たうねりのある声を出して、皆が背を向けている……いや、奥を見ているのか。見上げれば嘘くさい青空。下に目を向ければ地面は砂。

 何だこれは。この兵士たちは何を見ているんだ。

 僕は目を細めて、兵士たちが歓声を上げながら見ている『何か』を探す。案外簡単に見つかった。彼らが見ているのは木材で作られた簡素なステージのようなものであった。そして、そのステージの真ん中には舞台役者ではなくボロ布を着た人が跪いていた。

 そして、その人物がうつむいている顔を上げていく。見覚えのある顔に、僕は再度息を呑む。


「鞘草さんだ」


 ボロをまとっているのは鞘草だ。いつも以上に覇気の無い表情で、顔から感情が全て抜け落ちているかのようだ。後ろ手に縛られていて身動きが取れないのか、彼女はじっと手を背中にやった状態で膝立ちだ。

 ……この悪夢は鞘草のものだったのか。確かに彼女は最近眠れないような様子を見せていたようにも思える。それが普段通りのように受け取っていたから、全然、気づけなかった。

 そう考えていると、兵士たちの歓声が一際大きくなった。何事かと思って目を凝らすと、兵士の集団から一人が前へ出て、壇上へと登る。

 手には斧。ゆらゆらと歩き、鞘草の隣へ来る。


「まさか……」


 これは……処刑台だ! ステージや舞台なんかではない。

 僕は隣にいる染石に目をやった。彼女は僕を見ると小さく頷き、扉の取っ手を勢いよく回す。だが、扉が開かない。


「開かない! どうして!」


 焦る彼女の手元を見る。鍵穴があるわけでもなく、何かがつっかえているようにも見えない。すると師階田が一歩下がって空中に何かを描き始めた。


「壊すよ。九空埜くんもメイス出して」


 彼女はとんでもない速度で大きなハンマーを描きあげると、手にとって具現化していく。強行突破することにしたらしい。僕も腕時計からメイスを引き抜いた。


「りっちゃん、ちょっと下がって」


「わかった!」


 師階田の指示で染石が下がる。代わりに前に出た師階田。僕は彼女がハンマーを構えるのを見て、メイスを振りかぶった。


「せーの!」


 彼女の掛け声と同時にメイスを扉へ叩きつける。低い金属音が鳴り響き、両手に感じる衝撃と共に引いていく。


「……ぐ」


 痛い。両手が。扉がびくともしない。無理やり突破するのは難しいのか……!

 師階田の方を見ると、渋い顔をしている。再度試みないということは、壊すのは土台無理だと察したということか。

 どうすればいい……!

 僕は格子窓から外を見る。鞘草は抵抗せず、先程と寸分違わない姿勢でうつむいている。そして、その隣にいる兵士が斧を天高く構えている。腕が震えている。力が入っている。そして、勢いよく刃が落ちていく。


「うっ」


 咄嗟に目をつぶって顔を逸した。それから僕はゆっくりと目を開ける。いくら夢だと分かっていても血の気が引いてしまう。……でも、状況を把握しないと。

 僕はそっと格子窓へ視線を戻す。薄目でぼんやりとした視界。緩やかにピントが合っていき――。


「――あれ」


 鞘草は先程と変わらず、処刑台の上で跪いていた。まるで、斧なんて振り下ろされなかったかのように。


「いや」


 本当に『振り下ろされていない』。隣に居たはずの処刑人の兵士も居なくなっている。夢魔によって囃し立てる歓声が響いているのみだ。そして、しばらくするとまたふらついた足取りの兵士が斧を手に一人壇上へ。


「……繰り返してる」


 ボソリと呟いたのは、いつの間にか隣に並んでいた染石だった。


「……一晩中、こんなに殺され続けて平気でいられるはずない……」


 自らの身体を抱いている彼女は小さな声で言った。僕も頷く。まだ僕は夢の中で殺されたことはないけれど、良いことではないことはわかる。

 僕は目の前にある扉に手を触れた。


「この扉をどうにかしないと」


 これさえどうにかできれば鞘草を確保できる。そしたら、彼女を守りつつ夢魔を倒していけばいい。これだけの夢魔が集まっているということは、『マザー』も近くにいるのではないか。

 師階田がハンマーを地面に置いて、それから腕を組んだ。


「ここまで硬いと、『理(ことわり)』の側かもしれないね。だとしたら力押しじゃどうにもならない……。現実世界で夢の主に接触するしかないね」


「現実で、ですか?」


「そう。固有夢は本人の記憶や認識に複雑に絡み合ってるから、現実で夢の持ち主の認識や考えに影響を与えれば状況に変化が起きるかもしれない」


 この悪夢の元凶になっている鞘草の『何らか』を突き止めて、解決するまでは行けなくても何かしらの状況変化まで持っていくってことか。

 ……そんなこと、出来るだろうか。

 不安に思っていると、染石が僕の手首を掴んできた。


「九空埜」


 彼女はじっと僕の目を見る。揺らがない意志を感じる真っ直ぐで強い目だ。


「蓮ちゃんと話、したい。協力してくれる?」


 僕も彼女の目を見つめ返して首肯した。


「勿論です。鞘草さんを助けましょう」

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