レムポイント(1)

 高校へ行くための通学路だ。維目駅前のロータリーを抜けると正面に存在している商店街。普段なら人通りの多い通りである。ただし、今は通行人はいない。見上げてみればアーケードに覆われてしまって見えないが、その向こうにはきっと昼夜混じった奇妙な空が在るのだろう。

 僕の目の前数歩先にはお祭りで売られているようなちゃっちい玩具のお面をつけた鎧の兵士。手には一本の西洋剣。彼はその安い面の奥で僕を睨んでいるに違いない。僕はというと、やはり同じく構える西洋剣。春を過ぎて粘度の高くなった空気が身体にまとわりつくようで鬱陶しい。


 共有夢。もうこの世界に来るのは何度目だろう。

 夢魔。もうこの存在と戦うのは何度目だろう。


 六月のとある日の夜中。僕は夢の中で戦っていた。


「ふ……」


 僕は小さく細く、息を吐く。それだけで身体の震えは抑え込まれていく。抑え込めるようになるまで無理やり身体を慣らされただけ、なんだけど。それから僕は剣を振りかぶって兵士へと踏み込みながら袈裟に斬りかかる。兵士はというと剣を構えてしっかり防ぐ。

 響き渡る金属音。鈍い鉄と鈍い鉄がぶつかり合うときの無機質な音。

 通らないか……。はじめて出会ったお面の兵士はこれほど動きが早くはなかった。まだ共有夢に不慣れな頃の僕でも倒せたぐらいにゆっくりと動いてくれていたのに。

 僕は両手で持っていた西洋剣の柄から、右手を離す。そして、その手は僕の左手首にある腕時計へ。掴む感触。掴んだのは左手首でも無ければ腕時計でもない。『その中』だ。勢いよく引き抜くと、僕の右手には金属球が先端についた棒が一本。僕は左手も剣から離して、重みを感じるそのメイスを両腕で持って振りかぶる。


「喰らえ!」


 大した工夫もなく、力任せにバットのように振るう。お面の兵士の胴を捉えたメイスは金属音だけでなく、鉄板を曲げる手応えを僕の手に返す。兵士は言葉もなく、凹んだ胸部鎧を押さえながら衝撃に耐えるかのように二歩、三歩と後ずさった。

 耐久力も増えている。師階田にねだって出してもらったメイスの一撃にも耐えるような夢魔が現れてきた、ということだろうか。


「しつこいな……」


 僕はメイスを腕時計にしまい込み、地面に落としていた剣を拾ってから構えた。

 こんだけ強い兵士ではあるが、師階田も染石も恐ろしいことにほぼ一撃で屠るのだ。僕はこの目で実際にその様子を見たことがある。

 この世界は夢だ。個々人の認識の強さ一つで、薄っぺらな日本刀ですら分厚い鎧を切り刻める。それが出来ない僕には、まだその実力がないということなのだろう。

 僕は構えていた剣を順手から逆手に持ち替えた。そして、槍投げと同じ姿勢で振りかぶって、兵士に向かって投げつける。僕の手を離れた剣は兵士が振るった剣によって軽々と弾かれてしまう。わかっている。予想通りだ。この世界での飛び道具にはまともな威力はない。……僕の狙いは投げた剣で相手を傷つけることではない。


「うおおお!」


 僕は腕時計から槍を取り出して、直ぐ様突き出す。お面の兵士は僕がさっき投げた剣を弾くために剣を振るい、その胸元をがら空きにさせていた。その無防備な胸元へ……。メイスの一撃で凹んだ胸元へ、重ねるように突く。

 凹んだ鎧の耐久性の限界か、僕の槍が兵士を貫く。一拍遅れるようにして彼の全身が淡く、白く光りながら空気の中へ溶け出すように消えていった。


「……ふう」


 喜ばしい余韻もなく、僕は命を拾った安心感で息を吐いた。槍を腕時計にしまってから地面に転がっている剣を拾う。明かりに照らし、幾度の戦いで傷跡が残ってしまっている剣の表面を確認した僕はその剣もしまって、それから高校へと向かった。



 共有夢で師階田と染石にしごかれはじめてからどれくらいたったであろうか。

 毎日毎日眠るたびに武器を振るって、日中もうっかり授業中に舟を漕いではチャンバラ大会に巻き込まれる。夢くらい安穏としておきたいと思いサボろうとも考えたが、結局学校で染石に会ってしまうし、二人も別に悪意があってのことではない。あくまでも僕が夢の世界で生き抜いていくための力を身に着けさせてくれようとしているのだ。結局無下には出来なかった。

 それに、目の前の脅威として夢魔の成長もあった。

 最初に出会った兵士の夢魔と比べると、先程戦った夢魔なんて何レベル上の存在なんだろうとうんざりする。夢魔は、原因となっている悪夢が消えない限りどんどん強く成長していくみたいなのだ。師階田や染石が必死に原因を特定しようとしているみたいだけど、未だにさっきのような兵士の夢魔が出てくるということは、状況は芳しくないのだろう。

 淀みがどうだとかの話には乗らない僕だが、自分の命は惜しい。差し迫った脅威を払拭するための実力をつけるためならば、頑張ってチャンバラ大会にもついていこうというものだ。

 お陰で夢の中でも結構動けるようになってきた。もちろん、師階田や染石らのようには動けないが、それでも数週間前の僕と比べれば月とスッポンである。師階田にねだって武器もいくつか出してもらった。どうやら僕の腕時計はメモリ化する上での所謂『容量』が特別多いらしく、複数出してもらった武器はすべてこの中にしまってある。

 この腕時計は現実でも普段から肌見放さず身につけている品だ。それが大容量のメモリになってくれるというのは今の僕にとってとても都合のいいものだった。


「ん……?」


 通学路を進んできた僕は、学校の方から何やら物音が聞こえてくること気がつく。万が一の場合に気づかれてしまわないよう、足音を立てないように細心の注意を払って音をたどっていくと、校舎に面した通りで女の子が一人、チープなお面を身に着けた兵士と戦っているところだった。

 女の子は日本刀を手に、兵士向かって駆ける。その勢いのままに刀を振り抜く。防ごうと剣を構えていた兵士は、その剣と鎧ごと両断。白い光となって空気へと溶けていった。


「参ったな……キリがないや」


 刀を振り払い、独り言ちている少女。僕は戦闘が終わったのを見計らって彼女に声をかけた。


「染石さん」


 声に気づいた彼女、染石璃乃果は僕を振り向き、それから「あ、九空埜。今日も来たんだ」と手を振ってきた。

 僕は小さく頭を下げてから彼女に近づいていく。途中、空気に消えていく白い光を見ながら「この形の夢魔、多くなりましたよね」と呟いた。

 染石はその僕の発言には特段反応せず、日本刀を鞘に収めながら言う。


「今日、きい姉が九空埜に話あるって言ってた。いつも通り昇降口前で待ち合わせしようってさ」


 何だろう。彼女の言う『きい姉』……師階田からわざわざお話がある。これまでは無かったことだ。不可解に思いながらも、先を歩き始めた染石に続いて僕も学校の校門をくぐる。


「九空埜、怒られんじゃね?」


 唐突に一言。眉をひそめて見れば、染石が軽く振り返りながらいたずらっぽく笑っていた。


「いや……僕、怒られるようなこと何もしてないですよ」


「どーかなー。きい姉、怒ると結構怖いからねー。怒鳴るんじゃなくて空気がこう……凍る感じ? なんか口は笑ってるのに視線なんかも冷たくってさあ」


「そうなんですね。知りませんでした。……それだけ知っているということは、少なくとも染石さんは過去、怒らせてるんですね」


 言ってからハッとして口元を覆う。時すでに遅し。染石は足を止めて僕を振り返り、睨むような表情をしてきていた。


「九空埜のそういうとこ!」


 こんなことは前もあった気がする。いつだったか。僕がはじめて学校でお面の兵士と戦ったときだったか。隙を見せたほうが悪いのでは、と考えてしまうあたり、僕の『そういうとこ』は性格の悪さなんだろうなと省みてしまう。素直に謝っておこう。

 そして、殊勝にも僕が「ごめんなさい」と言いかけたところで、背後から足音。振り返るとセミショートのハネっ毛の女性が、その少しタレ気味の目を細めて僕らを見ていた。


「あれ。話、続けてくれても良いんだよ。ちょっとした痴話喧嘩くらいなら終わるまで待ってる」


「きい姉! 変な感じのこと言わないで!」


 染石が電光石火で否定した。否定された女性……師階田はほほえみながら腰と口元に手を当てる。


「君らもいずれ分かると思うが、二十歳(はたち)超えると、こういうのむず痒くて」


「染石も言ってましたが、そういうのじゃないです」


 念のため、僕からも否定しておく。「つまんないなー」と微笑いながら師階田は手を振ると、染石に向かって「りっちゃん、話があるってのは伝えてくれてる?」と尋ねた。染石は頷き、僕もそれに倣う。


「それで、話ってなんですか?」

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