第19話 淑女の秘密
案内されたのは、駅前にそびえ立つ小奇麗な高層マンション。その最上階。
「おぉ……こりゃまた随分と……」
こんな場所、俺にとっては未知の領域だ。思わず圧倒されてしまう。
高級というほどではないにせよ、ここがかなり上等なマンションであることは一目見ればわかる。
そんな場所に女子高生一人で住んでいるというのだ。格安アパートに家族で住んでいる俺とは、文字通り住む世界が違う。
「どうぞどうぞ。好きなようにくつろいでいってくださいね」
そう言われてもくつろぐどころか体が強張る。そもそも、俺は女子の家に上がるのが初めてなんだ。どうしたって緊張はする。
清潔に保たれた部屋、どこぞのブランドの家具、お洒落な小物、部屋の角に添えられた観葉植物、まさに小金持ちの部屋という感じだ。
「じゃ、じゃあ……」
とりあえず部屋の中央に君臨する高そうなソファーに腰を下ろした。
「おぉ……ふかふか」
新感覚! なんだこの感触は……! 曲げた鉄パイプに木の板貼り付けただけみたいな学校の椅子とは訳が違うな。これがソファーというものか。
「お休みになられるなら、お布団をご用意しましょうか?」
「い、いや、そこまでいいって」
「そうですか? ですが、ソファーで寝ると体に悪いですよ?」
「だ、大丈夫、気にしなくていい」
真殿は隙あらば世話を焼こうとしてくる。まるで自分が偉くなったと勘違いしてしまいそうになるが、忘れてはいけない。借りがあるのは俺の方なんだ。
「では何か食べますか? 私、料理にはちょっと自信があるんですよ?」
「知ってるよ。前に弁当をちょっとわけてもらったし。でも今日はいいよ。どっちかっていうと、俺が作って振舞うべき側だからな」
ただ、俺にできる料理なんてかなり限られている。料理もモテ男には必須スキルであるとはわかっているのだが、そこまで手が回っていないのが現状だ。
そもそものスペックが低い俺じゃ、全てのステータスを伸ばそうなんて到底無理な話。だったら、勉強や運動など、目立ちやすいところから伸ばそうと考えて、それ以外は後回しにしているんだ。最近はそのツケを払わされる機会も増えてきた。
「時谷君の料理……ですか。気になりますね。ですが今日は私に作らせてください。どうしても食べて欲しい料理があるんです」
「食べて欲しい料理?」
「はい。何でもしてもらえるんですよね? だったら、私の料理の味見役をしてください。それが私の願いです」
何でもすると言ったら、普通はもっと己の醜い欲望をぶちまけたような要求をしてくるものなんじゃないのか?
一体彼女はどこまで良い子なのだろう。良い子すぎて怖くなってくる。どこにも欠点のない完璧な美少女なんて実在するんだな。下手したらツチノコより珍しいんじゃないのか。
「そこまで言うなら……けど、これじゃ俺ばっかり得してるような……」
「いいえ、私も得していますから、お互いに得です。いいことじゃないですか。両方が得しているんですから、遠慮する必要なんてないんですよ」
流れるように丸め込まれ、俺は結局真殿にごちそうになることになった。改めて思うが、俺は本当に情けない男だ。
「それじゃ、ソファーに座って待っていてください。すぐに準備しますから」
真殿はそう言って、キッチンの方へと消えていった。間もなくして、トントンと包丁をまな板に打ち付ける音が壁の向こうから聞こえてくる。
昼飯を食べ損ねていたので、かなり空腹だ。これからあのぼそぼそパサパサのパンではなく、一級品の料理が食べられると思うとテンションが上がる。
「……っと、そういえば」
俺はポケットの中に入れていた物を取り出す。それは人型に切り取られ、片面にはなにやら呪文のようなものが筆で書かれた、白い紙だ。
「マキの言ってたお札って……ひょっとしてこれかなぁ」
これは牛見から逃げている最中、あの屋敷の中で偶然発見したものだ。人の家の物を勝手に持ち出したら紛れもない泥棒だが、あいつは紛れもない誘拐犯なので、そこら辺はお互い様ってことで大目に見てもらおう。
「これで試してみて、無理だったらもう一度聞いてみるしかないか」
今後、牛見との対面には細心の注意を払う必要があるな。二度とあの無限ループはごめんだ。
そうだ。ちょうど料理の完成まで時間もあるし、サッサと寝てしまおう。今この瞬間をセーブポイントにできれば、今後リセットされたとしても戻ってくるのは真殿との楽しい食事の一時だ。それならどんな苦難も乗り越えられそうな気がする。
「おっと……」
ひと眠りするべく、ポケットに戻そうとしたお札が手から滑り落ちた。そのままピカピカの床をカーリングのストーンみたいに滑って行き、扉の下にある隙間を通り抜け、奥の部屋に入ってしまった。
ここは何の部屋だろう。真殿の寝室だろうか。無断で女子の寝室に入るのは許されざる行為ではあるが、ちょっと扉を開けて落とし物を拾うだけなら問題あるまい。別に中をジロジロ見るわけじゃないんだ。
俺はドアノブを捻り、中へ一歩踏み込む。
────何も見るつもりはなかった。しかし、嫌でも目に入ってしまう。
「なんだ……これ……」
すぐに戻るつもりだったのに、俺はその場で硬直してしまった。
昼間だというのにカーテンが閉め切られ、不気味なほど薄暗いその部屋の壁には一切の隙間なく大量の写真が貼られていた。
部屋が暗いせいで、その写真に何が写っているかはよく見えない。よく見えないが俺にはハッキリわかった。
なにせそこに写っていたのは、この世で最も馴染みの深い人物。遠目だろうが、写りが悪かろうが、部屋が暗かろうが、シルエットだけでも判別できるくらいよく知っている人物。
そう、壁一面に貼られていたのは、時谷渉を写した写真────俺自身全く心当たりのない、俺の写真だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます